第四話 「仕事ではない何か」
第五話は6/13(土)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
玄関の戸が押し開かれ、ぎしぎしと廊下を歩く音がする。宿の管理人らに声かけなどもない。まさか押入り強盗かと緊張していると、食堂の扉が開いた。
先頭には背の高い老爺がいた。白髪に黒の混じった頭で頭頂部は禿げている。下腹部がぽっこりと膨れていて、バランスの悪い体型をしている。
老爺の後ろには、にこにこと笑顔を浮かべたバンキがいて、もう一人俯いた少女が付き従っていた。服はお下がりのようでくたびれていて、所々黄ばみができている。歳はアイネより少し上、レネと同じくらいだろうか。
「……。」
悠たち四人は呆気に取られて食事の手を止め、バンキたちに注視したまま固まる。
沈黙の時間が数十秒続いたあと、バンキが口を開く。
「挨拶を!」
突然の大声にびくりと体を震わせながらも、カッシオが最初に口を開いた。
「あ、あの、こンばんは?」
「はぁ、最近の若者ってのはこういう奴ばかりだな。仕事が欲しいんだろう?挨拶くらい自分からしないと駄目だろうが。」
老爺は開口一番ため息をついた。
「はあ……すみません。カッシオです。配達人です。」
「僕はハルです。同じく配達人です。」
「わたしもだ。名はヘイランという。」
「僕——」
「ああ、いらんいらん。女と虫けらの名前など。どうせ覚えられんからな。」
「だが、女の方は顔は中々なものだな。俺が抱いた女の中では上から十番目くらいじゃないか?」
老爺はアメノの方は一切視線は送らない。ただ、ヘイランを値踏みするように視線を上下させる。
「クソジ——」
アメノが怒って飛び上がるが、ヘイランに捕まえられ黙らせられる。
「お眼鏡にかなって光栄だね。それで…あなたの名前はなんという?」
「俺はゴウキだ。後で俺の部屋に来なさい。可愛がってやろう。」
「そうなると先に仕事を終わらせんとな、おい!」
「はぁい、”これ”が荷物ですぅ。」
バンキが少女の腕を引っ張り悠たちの前に立たせる。
「いや、“これ”って……。まあ、良いです。”彼女”は?どこへ運べば良いのでしょうか?」
悠は怒りを抑えつつ、ゴウキに尋ねる。
「これをタニチェリとの境の峠に居座る羅刹鬼のところに運べ、報酬は帰ってきたら払ってやる。1クンもあれば十分だろう?」
「羅刹鬼、って妖か?なンでまたそんなところにこの子を運ぶンです?」
「平たくいえば、生け贄だな。妖のババアが生娘をよこせと言うんだ。——全く腹立たしい。女をなんだと思ってるんだ!」
「生け贄って…。つまり、殺されるんじゃないですか、この子は!」
「余所者は口を出すな!俺だって好き好んで生け贄をくれてやってるわけじゃあない!」
ゴウキが悠たちの背後、天井の隅を忌々しそうな顔を浮かべて睨みつける。
「…なン、ふぅ、何か事情があるってことですね。はっきり言いますがね、俺たちはごめんですね。そンな仕事はよ。」
カッシオは努めて冷静にゴウキの目を見据える。
「はんっ、臆病者どもめ。それとも、金か?金が欲しいんなら、今の倍額出してやる。」
「金じゃねえ!!村長のくせに村人の命を守らねえなンてッ…!何なんだお前はあ!!」
カッシオが机に握り拳を叩きつける。
「恐怖を隠すのに必死だな。俺を言い訳に使うか。まあいい。村人の命を守るために女を一人使ったまでだ。」
ゴウキはカッシオを嘲笑する。
ちょうどそのとき、いつの間にかいなくなっていたバンキが扉から戻ってきてゴウキに耳打ちする。
それを確認したゴウキが笑みを堪えきれずに口の端を歪ませる。
「残念だが、もう断わらせんぞ。この仕事を完了させん限りお前らの荷物は返さん。中身は——ほう、薬か。いいのか?どこぞへ持っていかねば困るんじゃないか?」
「なんてことを!!恥知らずか、お前は!村人もお前も……クソしかいないのか、この村は!!」
悠は怒って椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。
荷物に配達期限は明確に指定はされなかった。しかし、それは配達人が無理をしないようにだと言われた。できるなら、今すぐにだって必要なはずだ。
——それを人質ならぬ”物”質にするやと?品性下劣、悪鬼羅刹はお前やないか!!
「なんとでも言え。俺は俺の責務を果たしたまでだ。」
「あー、そうだな。念のため、お前らの慰み者も置いていけ。生け贄を配達しないままに逃げられてはかなわんしな。」
ゴウキはヘイランを顎で指し、薄ら笑いを浮かべる。
ゴウキはもう話は終わったと飄々として、帰り支度を始める。
「代わりにその女を好きにすればいい。生娘と言われてはいるが、な。どうせあの鬼婆にはわかるまい。」
「ふざけるな!!ヘイランは玩具じゃないしッ…それにこの子はまだ、子どもじゃないか!!何考えてんだ!!」
悠が飛びかかろうとするが、バンキに阻まれる。
「はっはっは、聞こえんなあ。まあ、無事に配達を終えたら荷物は返してやる。金も、そうだな。……腹が立つ連中だが、働いたなら1シュくらいは恵んでやろう。」
「女も無事……かどうかはお前らがどれだけ早く終わらせられるか次第だな。」
ゴウキは入ってきた扉を開け放ち、行きとは逆に大声で笑いながら宿を出て行った。
バンキはそれを見届けてから、ようやく悠を放した。そして、代わりにヘイランの腕を乱暴に掴む。目は血走り、下腹部では男が主張していた。
「慌てん坊だな、坊や。後でいじめてやるから、先に外へ出ていたまえ。」
ヘイランは気怠げにバンキの手を払うが、その声は今までに聞いたことが無いほど冷たく鋭かった。
「か、必ず、来てくださいねぇ?荷物!荷物がどうにかなるかもしれませんよぉ!」
バンキは貼り付けた笑顔が醜悪な下卑た笑顔に変わっているのも気づかないで、飛び出して行った。
宿の食堂には、俯いたまま口を開かない少女と、四人だけが残された。しばらく誰も声を発せずにいた。
静寂を打ち破る、ばちばちと打ち付けるような音がする。
アメノがヘイランに捕まったままで、羽根をばたつかせていた。もがくアメノをヘイランが解放すると、ふらふらと机に下り立つ。
「……く…くッ、そ……ジジイ…ッ!」
アメノが喉の奥から搾り出すように呟く。
食器のフォークを杖のように握りしめて立つ。ぎりり、と歯を食いしばる音が響いた。




