第三話 「シュゴオ村」
第四話は6/11(木)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
バンキの住むシュゴオ村は高い山脈の間、谷の両側に広がるようにしてあった。タニチェリ側の山は見上げないと山頂が視界に入らない。
村に着いて最初に目に入ったのは赤く塗られた立派な橋だった。まるで昨日塗られたばかりかのようで、なんとなく無機質さを感じる。そして、北から村に進入した時の右側——西側の家々とそれらを避けるように生える剣山を思わせる針葉樹が特徴的だった。緑というより灰色に近い色の葉に、陽光が透けてぎらついている。
村の中にいる人は昼過ぎであることもあってか、まばらだった。ただ、若い女性が少ないように感じる。山奥なので当然といえば当然かもしれないが。
「どぉです?良いところでしょ?温泉は橋のそばを下りた先、あの囲いのところにありまぁす。」
バンキがにこやかに笑いながら指差した先には、木で作られた小屋が二つあり、川に向かって柵が伸びていて外からは見えにくくなっていた。
このバンキという男の住む村だから、ひょっとすれば混浴で「みんなで一緒に入りまぁす」とか言い出すのではと警戒していた。だが、杞憂だったとわかり悠はほっと胸を撫で下ろした。
悠の様子を見ていたヘイランがそっと耳打ちをする。
「混浴でなくて、残念だね。」
「…からかわないでくださいよ。今は笑えないです。」
「ふむ…これは冗談にならない、か。」
「ただ、こういう孤立した村っていうのは独特の文化があったり、変なやつもいるものさ。そう警戒していては疲れてしまうよ。」
「です、かね…。」
先頭を歩いていたバンキは赤い橋の少し奥、東側の民宿のような木造の建物の前で、振り返って立ち止まる。
「今晩は、こちらにお泊りくださいぃ。温泉のすぐそばだから、便利でしょお?」
バンキは悠たちの配達荷物を玄関先に置く。
「あ、や、泊まりまでは考えてねぇンだけど——」
「今晩!運んでいただきたい荷物について、村長から、お話ししますねぇ!」
バンキはカッシオの言葉を遮ってしまう。
「ではぁ、ごゆっくり。」
にこやかな笑顔をこちらに向けたまま、バンキは深くお辞儀をして、わずかに足早に立ち去っていく。カッシオが二の句をつぐ前に早々と退散しなければという意思を感じた。
「ちっ、どうするよ。」
カッシオは苛立ちを隠せず舌打ちをする。
「そうだね……わたしは君たちの意見に従うよ。」
「うぇ?あ、そうですか?ええと、じゃあ帰りましょうか。」
「うっそだろ!?帰んの?温泉目の前にして?布団で寝たいよ、僕。」
アメノが悠の言葉を聞いて、カッシオの頭の上で羽根をばたつかせる。
「悠の冗談もこの際ありに思えるンだよなあ。」
「せめて、温泉!温泉だけでも入ってこうよ!潮のべたべただけ落とさせてもらおうよ!」
「…ぅなんですよねえ。気持ち悪いのだけでも落として考えますか。依頼だって聞くだけ聞いて、どうするか決めても良いですし。」
「まあ、それが妥当か。村の連中だってバンキみてえな野郎ばっかりでもないだろ。」
その後、部屋に荷物を置いて一晩だけは様子を見るということに悠たちは決めた。
ただ、バンキの怪しさは無視できない。なぜ、朝方にタイミング良く一行の前に現れたのか。なぜ荷物の説明をしたがらないのか。荷物の説明が村長からされるなんて厄介ごとの臭いしかしない。
ただ、考えたところで答えは夜までわからない。ひとまずは温泉に浸からせてもらい、髪や肌に残るベタつきを落としてさっぱりすることにした。
———
温泉は川沿いの岩場に湧いていた。岩で囲われた中に熱いお湯が沸いていて、桶で川の水を汲みうめて入る様式だった。
こういう温泉は初めてだったらしいカッシオは片足を突っ込んで、「あっちい!」と叫んだ。悠はそれを見て、つい笑ってしまい、眉をずっと顰めていたことに気がついた。
「川の水でうめないといけないみたいですね。川風呂って言うんですか、初めて入りますね。」
「…あれ?そういえばアメノは?」
「姐ちゃんとこだろ。女風呂じゃねえの?」
「アメノって女の子だったんですか!?」
「さあ?知らねえ。妖ってそもそも男女とかあンのか?」
「…あ、後で聞いてみますか。」
「どっちでもよくないか?ガキンチョの性別なンてあってないようなもンだろ。」
「カッシオ、それはいけませんよ!いくら小さくたってそれは乱暴です!不潔です!」
アメノ本人のいない所で好き勝手に二人で話していると、なんだか山間の村にいた頃を思い出す。まだそれほど時間は経っていないのに、遥か昔のことのように思えた。
そんなふうに過ごした後の温泉上がりは流石に気分が良く、久しぶりにリラックスできた。体の汚れを落としてさっぱりしたことで、自分たちが何か考え過ぎていたような気すらしてくる。
ちょっと変態な男に連れられて、山奥に連れ込まれただけではないか。荷物はどうやら妖がらみらしいが、ヘイランもいるのだ。無理をしなければ大丈夫だろう。
そう楽観的な思考になってしまっていることに気がつくが、それが間違いには思えなかった。
———
温泉に入った後、一行はぶらぶらと村の中を散策することにした。夜までの時間潰しだ。
川沿いは温泉が湧くくらいだからか、あまり草花は生えていない。ごろごろと小さな岩が転がりこれはこれで風情がある。
今日泊まることになる宿の周りも見て回ると、何を売っているのかはっきりしない商店などがある。妙な匂いのするお香や、怪しげな薬、モチーフのわからない気持ちの悪い彫刻が置いてある。一応は村への来訪者向けのつもりらしい。
赤い橋を渡って西側の剣山のような木を見に行こうとした時、橋の向こう側から走ってくる老爺がいた。
「こらあ!!余所者が橋を渡っちゃあいかん!!」
老爺は手に持った杖をためらいもなく悠たちの頭に向かって振り下ろしてくる。
「な、なンだよ!いてっ!ててっ、悪かったって!渡んねえから勘弁してくれ!」
「あっ、いてっ!ちょ…ちょ!何で渡っちゃあいけないんです!?」
「余所者だからだ!渡るな!橋を!渡るな!」
「だから、それが何でなんです?って聞いて、いたあ!!」
「あは、あははは!なにそんなじじいの攻撃に当たってんだよ!」
びゅん!
老爺がアメノに目掛けて杖を振り下ろす。
「わ!危な!じじい〜ッ!ぼこぼこにしてやる!」
アメノが仕返しに力を使おうとして、少し考える素振りを見せる。
しかし、ヘイランがアメノを掬い上げて東側に向かって投げたので、老爺がぼこぼこにされるようなことにはならなかった。
「村の決まりか何かを破ってしまったようだね。ご老人、申し訳ない。以後こんなことはないようにするから、見逃してくれないかな?」
「早く戻れ!橋を渡っちゃあ、いかん!」
結局、悠たちが何を言っても老人は聞く耳を持たず、暴れるばかりだった。埒があかないので、一行は大人しく引き返すことにした。
「ちっ!おいっババア!僕をものみたいに投げるなよ!」
アメノが怒って飛んで戻ってきたが、ヘイランの禁句を言ってしまったのでもう一度投げ飛ばされていた。
老爺の出現で興がそがれ、この村はやはり好きになれないと一行は再確認した。その後は宿に戻るが、とても夜まで何かをする気にはなれなかった。
日が少し傾き始めた頃にはすっかり辺りは真っ暗になっていた。この村には妖力式の火玉灯は普及していないようだ。
村長を待ちながら宿の一階で夕食を取っていると、にわかに外が騒がしくなった。
何人かのざしざしと歩く音がする。それなのに、声が一つも聞こえてこない。しばらくすると玄関の戸ががたがたと開けられる音がした。




