第二話 「笑顔の奥に」
6/9(火)の深夜に第三話を投稿します。
よろしくお願いします。
夏の朝は早い。浜辺にいることもあり、夜明けの太陽が早くも海面を白く照らし始めていた。
良く眠れなかった上に、海水でべたつく肌にごわごわと逆立つ髪の毛のせいで、不快感の多い目覚めになった。
一行が朝の支度を済ませながら、雑談をしていると山から人が下りてくるのが見える。朝方に下山してくるなら、山に村があるのだろうと悠は思った。
「人がいますね。漁師さんでしょうか?」
「どこ?…あれ?…漁師ねえ。昨日もう少し頑張ったら布団で寝れたってことかよ。ちぇっ。」
アメノが手に焼き魚を抱えたまま舌打ちする。
「あそこを下りてくるなら、タニチェリではなくシウォク領の村人かな。この辺に村なんかあったかな…。」
ヘイランの訝しむ声をだす。
「あまり見過ぎたら失礼ですよ。お仕事か何か事情があるんでしょうよ。」
悠たちの思いとは裏腹に、その男は一行の方に向かってくる。
——まさか、自分らに用がある?いや、流石にそんなわけ…。
「こんにちは〜!みなさんノヴァナイからいらした方ですか〜?」
悠たちより少し年上に見える男が大きな声で呼びかけてくる。顔はにこやかに笑っていて、爽やかな印象を受ける。
しかし、悠はその笑顔に不快感を覚えた。声の端にすら嫌悪感を覚える。
——なんかきしょいわぁ。自分は無害やて演出してるみたいや。
「おン…いや、はいそうです。この辺の人ですか?」
「はい、わたしはシュゴオ村のバンキと言いまぁす。」
バンキは見た目は芸能人と見紛う美形だった。彼が悠たちに舐めるような視線を送ってくる。ただ、悠は彼がヘイランの胸や足に向かって何度も視線を滑らせるのを見逃さなかった。
——ヘイランは美人やけど、視線があまりにも品がない。
——なんやねん、こいつ。どついたろか!
悠が額に青筋を浮かべていると、アメノが口を開く。
「気持ち悪いやつだな、お前。僕らになんか用?ていうか帰れ。」
悠は天邪鬼であるアメノの口の悪さを今日ほど、嬉しく思ったことはない。
——あとでお菓子をたらふく食べさせてあげよう。
「まあまあ、アメノ君。初対面の人に失礼だよ。でも、そう不躾な視線を送られるのはいい気はしないけどね。」
「あはぁ、これは失礼しました。用というか、わたしらの村にご招待したいと思いましてぇ。」
バンキはまるで意にも介さず、にこやかな笑顔を崩さない。
そして、徐に悠たちの荷物に手をかける。
「おい、勝手に触ンな!」
普段怒らないカッシオが思わず声を荒げる。荷物といってもただの物品ではなく医薬品だ。人の命に関わるそれを不躾に触られるのは許せない。
「いえいえぇ、お気になさらず。わたしがお運びしますからぁ。」
「いや、触ンなって——」
「こんな所で一晩過ごしてお疲れでしょう?村には温泉がありますから、是非疲れを取っていってくださいぃ。」
バンキが荷物を持って歩き出す。
「……僕らはお金なんてろくに持ってないですよ?何が目的です?」
「お金なんてそんな…。ただちょっと運んでほしい”もの”があるんですよぅ。」
「仕事の依頼か。そンならまあ、わかったよ。何を運ぶンだ?」
「それはぁ、村に着いてからお話しします。」
バンキはそれ以上話すことはないと、口を閉ざしてしまう。
バンキの口車に乗せられることに、悠たちはあまり気乗りしなかった。しかし、まだ何をされたわけでもない上に、仕事の依頼だというなら、ひとまず様子見に着いて行くことにした。
———
バンキと自己紹介ついでに話してみると、やはり彼の村はシウォク領にあるという話だった。悠たちの目的地タニチェリ領の西隣の領地で、目の前の山脈を越えて半日ほどの所に位置する。
目の前の山脈は道のりの険しさを感じさせる。しかし、げんなりしたのも束の間で、実際には山間の谷に沿って道があり登山をすることはなかった。
バンキがいるものの、ヘイランがまた崖登りとか滝登りを教えるなどと言い出すかもしれないと悠たちは考えていたが杞憂で済んだ。
先頭を歩くバンキが時折り振り返り、「山のどこそこに何某がある」「あそこは妖の住処で入ってはいけない」などと言って教えてくれる。まるで観光客にツアーガイドをするかのようだった。
「みなさん、そろそろ催しませんか?わたしぃ…少ぉし…。」
バンキが言いにくそうな顔を作る。
「ンあぁ、そう、だな。俺も済ませとくよ。」
「ああ、じゃあ僕も。」
「わたしも済ませておこうかな。君たちが先に行ってくれて構わないよ。」
ヘイランはアメノと一緒に道に残る。
三人が道のそばの茂みに入っていき、用を済ませているとバンキがにやにやとした表情を浮かべながら話しかけてくる。
「お連れさん、美人ですねぇ。…あぁああ、羨ましい。わたしにも味見させてもらえません?あぁ、もちろんお金は支払いますよぉ?」
悠は一瞬バンキが何を言ったのかが理解できなかった。
「あじみ?あじ…は?てめぇ、何を!!姐ちゃんはそういうんじゃねえ!!」
悠より早く理解したカッシオが怒鳴る。
「あら?そうなんです?てっきりお二人が買った娼婦かと…。これは失礼しましたぁ。」
バンキは泣きそうな表情を浮かべて謝罪をしてくる。
その顔を見ていたたまれなくなり、腹は立つものの悠は怒るに怒れなくなる。
「ヘイランさんは僕らの旅仲間です。あまり変な目で見るのはやめてください。次何かそういうこと言ったら、僕らは帰りますからね!」
「はいぃ、気をつけますぅ。」
バンキは涙と鼻水で端正な顔を汚しながら、許しの言葉に笑顔を浮かべた。
——やっぱりこのキッショい男に着いてくるんは、失敗やったかもしれんへんなあ。
悠はうなじを掻きながら、少し後悔をした。
ただ、嫌な人だからと言って客を選ぶのも違う気がして、もやもやした黒いものが胸の中で渦巻くのを感じた。
今からでも断って帰ってやりたいが、意見を変えるにはまだ何も起きていなさすぎた。




