第二十三話 「出発の朝」
第二章完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
楽しんでいただけていたら幸いです。
第三章第一話は6/5(金)の深夜に投稿予定です。
変更があればご報告します。
次章では悠たちはいよいよ慣れ親しんだ土地を離れ新たな土地へと旅立ちます。
お楽しみいただければ嬉しく思います。
悠が目を覚ましたのは、太陽が昇る前のまだ暗い時間だった。外からは、かあかあとカラスの鳴く声が聞こえる。
最近まで、ただのカラスだと思っていたが、町の空を飛ぶ彼らは烏天狗だという。
よくよく聞いてみれば朝の挨拶をしているのがわかる。
お酒を飲んで寝たせいか、眠りが浅くなっていたらしい。
昨夜は久々の楽しい夜だった。市場で飲んでいると、宿を貸してくれているカッシオの酒飲み友達やローインでよく話す配達人たちも混ざってきて大騒ぎした。
「ふっ、くああ。」
悠が伸びをする。
それに応えるようにカッシオの唸る声がベッドの下からした。
「あ…たま痛え。」
悠は深く息を吐いて立ち上がり、水差しの水をカッシオの近くに置いて外へ出た。
夜明けを見たいと思ったからだ。
宿からは建物が邪魔で太陽が昇るのは見えないので、建物の少ない市場まで歩いて行く。市場では夜明け前から働く人たちが荷を運んだりしていて、思っているより賑わっていた。
邪魔にならないよう、建物の裏口の階段に腰掛けていると、太陽が昇ってくる。段々と働く人たちの足元が照らされ影が濃くなっていく。
この町に来てからこうして早朝に出歩くことをしてこなかった。いつでも見れたはずの光景も、旅立てば遠くなってしまう。
——ひと月だけやったけど、さびしいなあ。
——もっといろんなことしておけばよかったなあ。
「おや、ハルさん。おはようございます!」
ニコが悠を見かけて挨拶をしてくれる。彼は煙管を咥えて、開店準備をしていた。
「おはようございます、ニコ。朝から大変ですね。」
「いやあ、毎日のことです。…みなさん、今日発たれるんですか?」
ニコが商品を並べながら、尋ねる。
「そう、ですね。そのつもりです。」
「じゃ、しばらくお別れですな。わたしはもうしばらくはここで商売するつもりなので。」
「ニコはここの次はどこに行くとか予定は決めてるんですか?」
「追いかけるわけではないですが、アシファラをゆっくり横断していくつもりです。一、二年かけて!」
「僕らはとりあえずタニチェリ領を目指すつもりです。」
タニチェリ領は南下した先にある領地だ。冬だと船を使って海を渡らないといけないらしいが、夏は徒歩で行けると町で聞いた。
「僕らはしばらくは徒歩で行くことになるでしょうから、どこかで追いつかれるかもしれませんね。」
悠がニコの仕事を見守りながら雑談していると、市場に商人以外のお客さんが増え始め、賑わい始めた。
その賑わいの中に見慣れたもじゃもじゃ頭と、小さな影が見えた。
カッシオとアメノも起き出して、市場へ朝食を買いに来ていた。手にはサンドイッチを持っている。
「お、やっぱり悠もここにいたか。水あンがとな。ニコもおはよう。」
「おはよ、ハル早起きすぎない?昨日は、ふわあ、遅かったのに。」
アメノが眠そうに開ききっていない目をこする。
「アメノさん!来てくれましたね!」
ニコが大きな声で、アメノの名前を呼ぶ。
アメノがぎょっとして、カッシオの頭から転げ落ちそうになる。
ニコはアメノに花のように鮮やかなミサンガらしきものを渡す。昨日言っていた贈り物だ。
「すごく上手ですね…。これ売り物になるんじゃ?」
悠はその見事な出来栄えに感嘆の声を漏らす。
「実際売り物にしたりしますよ!見た目も綺麗だし、女性の方の目を引いて、他の商品も買ってもらうってことをよくやってますね!」
「アメノさんどうぞ!腰紐がわりにちょうど良さそうな長さにしたんですが…。」
「…うん、ちょうどいい。」
アメノも流石に口に出しはしなかったが「いらない」と顔に書いてある。
だから、ちょっと煽ててやることにした。
「すっごく似合ってますよ!良い物をもらいましたね!」
「ああ、すごくおしゃれだね。わたしも欲しくなってしまうよ。」
ヘイランがいつのまにか後ろに立っていた。しかし、もう誰も驚かなかった。
「おはよう、君たち。アメノ君のそれはニコ君が作ったのかい?すごく綺麗だね。」
「そ…そんなに良いか?へへっ、なんか気に入ってきたかもしんない。」
二人にのせられたアメノは嬉しそうに飛び回る。
「良かったな。ンじゃ、…そろそろ行くか?」
「そうですね。ニコ、また。」
「ええ、また。お会いできる日を楽しみにしてます!」
ニコに別れを告げて、市場を後にする。一度振り返ると、ニコはお客さんを早速捕まえて忙しそうに、そして楽しそうに商売をしていた。
———
「配達のローイン」に着くと今日も配達人が外で人だかりを作っている。
彼らは悠とカッシオを見ると、にやりと笑い肩を叩いてくる。
「よう、今日もお前たちに頼める仕事はない。…が、お前たちは自分たちで配達の依頼を受けられるわけだ。おめでとう!」
「こんな短期間で良くやったよ、ほんとに。」
「配達で困ったことがあれば言えよ?何かしらは手を貸してやれるだろうから。」
「あンがとな、みんな。世話ンなった。でも俺らは、さ——」
「——僕らタニチェリの方に向かいます。その後はロンダートまで。」
「なに?そんな遠くまで…。だから、か。それで配達人ってわけか。……何でかは聞かねえ。でも頑張れよ。また、帰っては来るんだろ?」
「ええ、必ず帰ってきます。」
「おう。……じゃあ新人も頑張ってることだし、俺らも行くかあ!」
「じゃあな、頑張れよ!」
「あなた方も!」
配達人の背中を見送りながら、ローインの扉をカッシオが開く。中に入るとハンドマンはいつもと変わらない様子でそこに座っていた。
「はようございます、ハンドマンさん。タニチェリの方への依頼なンかあります?」
ハンドマンは少しだけ眉を傾け、口を開く。
「…タニチェリへはありません。海辺の町へはあるから、それにしてはどうです?」
「海辺の町というと…。」
「カルムニタイの森へ行った時、西に見えた町だね。」
「あそこはノヴァナイの玄関口で、海産物が美味しいよ。」
「じゃあ、それを受けるぜ…受けます、ハンドマンさん。」
「この荷受け書を持って、西の倉庫で荷物の受け取りを。…お気をつけて。」
ハンドマンは少し目を細めてから、再び仕事に戻って行った。
ハンドマンの背中に会釈して、四人はローインを出た。
ローインを出ると大きな石畳の道を人と妖たちが埋め尽くしていた。今日もみんながどこかへ仕事に向かい、働く。
まだ朝だというのに夏の日差しが容赦なく全員を照りつける。
その眩しさに目を細めながら、四人は仕事に向かう人ごみの中に紛れた。




