第二十一話 「新たな同行者」
第二十二話は6/1(月)の深夜に投稿します。
どうぞよろしくお願いします。
例の配達を終えて、そしてローインに契約書とその他書類を提出してから一週間が経った。
悠はカッシオに言い訳をしながら、営業に行くのをさぼり続けていた。「どうせ仕事は見つからない」という気持ちもある。だが、契約についての返事を待っている時間は落ち着かなくて何をするにも手につかなかった。
だから今日も市場を彷徨いて気を紛らわせられる目新しい物を探す。
——みんな働いてえらいなあ。そろそろ契約できるかできへんかもわかるし、しっかりせなあかんなあ…。
そのとき、知り合いの声が聞こえてくる。
「さあさあ、みなさん!今日は珍しいものが入ってますよ!光楼玉です!」
顔を向けた先にはニコがいた。やる気と元気に溢れる彼の姿を見ると、さぼっている自分を見られたくなくて、そそくさとその場を離れようとした。
しかし、目ざといニコは見逃してくれなかった。
「ちょっとちょっとハルさん!どこへ行こうってんです!?珍しいもん見ないで帰るなんて損ですよ!買わないでも見てってください!」
「見つかっちゃいましたね。」
悠は気まずそうな顔をする。
事情を知らないニコにしてみれば、元気のなさそうな友人に声をかけないわけにもいかなかっただろう。
光楼玉は確かに珍しかった。透明のガラスのような質感の玉の中に、真珠らしき虹色に輝く白い玉が浮かんでいる。ニコの説明によれば自然物らしい。
「確かに、…これは面白いですね!」
なんとなく笑みが溢れる。なるほどこれは見ないと損だ。
中はどうなっているのだろうか。ふと、割って見てみたいと思った。
ニコは悠に説明するのはあくまでついでというように、周囲のお客さんに目を配る。
「わたしも詳しくはないんですがね、海の中には妖たちの城があってそこの職人が作ってるとか何とかもいわれていますね!」
「まあ、これは光楼が浜に近づくときに船で乗り込んで取ってきたもんですけど!」
「へえ。海の中の城ですか。本当にあるんですかね?さしづめ竜宮城ってことですか…。」
訳のわからない世界だが、流石に海の中に文明があるというのは想像がつかない。
「あるよ。——君、その玉一ついくらかな?買うよ。」
ヘイランが悠の後ろにいつのまにか立っていた。
「64クンです!」
「はい、これで足りるはずだ、確かめてくれ。」
流石にそろそろヘイランの神出鬼没さに慣れてきた悠は慌てずに尋ねる。
「…ヘイランさんは行ったことが?」
「もう、驚いてくれなくなったか。寂しいような気もするし、親しくなれたようで嬉しくもあるね。」
「うん、あるよ。かなり前だけど、一度ね。綺麗なところだったよ。」
ニコから光楼玉が納められた箱をヘイランが受け取る。
「そういえば、そろそろじゃないのかい?例の——」
「はい、今日の午後に二人とローインを訪ねるつもりです。」
「そう、良い返事だといいね。」
ヘイランは買ったばかりの光楼玉を、取り出して目を細めて眺める。
「あの、ヘイランさん。」
「…なんだい?」
「僕らの先生をしてもらえないでしょうか?」
「唐突だね。それはどうして?」
「…まず、僕らはロンダートまで行くつもりです。そこは戦争中らしいですが、探したい人がそこにいるんです。」
「でも、今回の配達で妖が絡んだ時の恐ろしさを知りました。向こうに敵意がなかったにも関わらず、です。敵意を持って人の命を狙う戦場に向かうには僕らは未熟すぎると思うんです。」
「…そう。まず返事だが、断る。わたしは人の人生に、社会に干渉しないように生きている。”先生”はその人の人生に関わりすぎてしまうからね。」
「そう、…ですよね。無理を言いました。では、これで失礼します——」
「ちょっとちょっと、結論を急ぐのは早いし、もう少し食い下がらないか!」
「おほん!先生はできないが、勝手についていってあれこれ口を出すのはしても良いかなって思ってるよ。」
「……ロンダートまで?ヘイランさんのお家は…?ご家族とか、大丈夫ですか?」
「心配ご無用だよ。わたしは普段から旅人で、ここにもゆっくり滞在していたに過ぎない。重い腰を上げるには良い機会じゃないか?」
「そういうことなら是非!と言いたいですが、…カッシオたちには何も言ってないので話だけ、先にしないとですけど…。」
「なんと!熱烈な告白をされて承諾したのに、わたしは振られるかもしれないのかい?」
「ハルさんはすけこましですか!?」
ニコはお客さんの味方だった。
———
昼前になり、そろそろ出店の食べ物の匂いが気になり出したころ、ニコの商売の邪魔にならないよう、悠とヘイランは市場の座れるところまで移動してきた。昼食を食べていると、カッシオたちも現れた。
「おす、姐ちゃんも一緒だったか。知ってたか?ニコ帰ってきてるぜ。」
カッシオが自分の椅子を調達してきて座る。アメノは棒付きの飴を抱えており、昼食はお菓子にするらしい。
「ええ、さっき会って挨拶しました。」
「その、ちょっと相談なんですが——僕らロンダートに向かうわけじゃないですか。だから、経験豊富なヘイランさんに一緒に来てもらいませんか?」
「はあ、そりゃ助かるが、姐ちゃんは構わないのか?あそこは今危ないらしいぜ?」
「問題ないよ。わたしを殺せる者なんてそうそういないから。」
悠がカッシオとヘイランの会話を見守っていると、彼女と目が合う。
「ふぅン…なら俺は異論はねえよ。」
「ただ、妖がらみはできるだけ避けるからな。あンまり時間をかける余裕のある旅でもないからな。」
ヘイランが好奇心に任せて面倒な依頼を持ってくることを予感したらしい。しっかりと釘を刺すカッシオ。
今更だが、悠はそれは避けられないような気がしていた。
「おい、僕にも聞けよ!僕は反対だぞ!」
アメノが苛立ちを隠さないで机の上で仁王立ちする。
「お前は勝手についてきてるだけだろ。帰って良いぞ。」
カッシオがにやりと笑って答える。
「なんだと!邪魔者扱いしやがって!」
「ハル!言ってやれよ、僕と協力して戦った時のこと!」
「ん?…いつ戦ったっけ?」
「ま、今回の契約が無事に締結となったらの話だけどな。無理ならもうしばらく実績稼ぎだ。」
カッシオは手早く昼食を終えて立ち上がる。どうやったら喋りながらその早さで、ものを食べられるのだろうか。
「うしっ、ローイン行く、くぁあ〜…。」
伸びをしながらカッシオが昼食の終わりを告げる。
「では、僕らは行きますけど…。」
「うん。行っておいで。無事に配達人として契約できたなら、お祝いに何か贈るよ。夜にまたここで落ち合おうか。」
ヘイランに会釈だけして、三人はその場を後にする。何気なく振り返ってみると、ヘイランはその場でお茶を飲みながら、光楼玉を眺めていた。何も言わなければ、瀟洒な美人だった。
——誘っておいてなんやけど、先の不安が減ったと同時に増えもしたな。
そう思ってももう引き返すつもりはない。
悠の頭の中のヘイランが「こんな美人を旅に連れて行けるんだから、素直に喜びたまえよ」と言っていた。




