第十九話 「悪夢が残したもの」
第二十話は5/28(木)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
お香の香りが鼻をくすぐる。祖母がお香好きでよく焚いていたのでなんだか懐かしい。それに頭の下がなんだか柔らかい。ぷにぷにしていて触っているのが楽しい。
「おや、目が覚めたかい?ハル君。」
「あまり太ももを揉みしだかれると照れてしまうね。」
悠が目を開けるとヘイランの顔が目に入る。悠はヘイランに膝枕をされていた。ヘイランは手に持っていた湯呑み茶碗を横に置き、悠の額を撫でた。
「な、あ!?ごめんなさい!すぐに起きます!」
悠は慌てて転がるようにして、膝から下りて起き上がる。ヘイランはいつもの柔和な表情を浮かべているのに、なぜかそれを見ると動悸が激しくなる。
——せや、僕らは……あ?
「よお、目ぇ覚めたか。茶、いるか?」
少し離れたところでカッシオが焚き火をして、彼の茶器セットを広げていた。
「カッシオ、生きてる……?」
「はあ?死んでねえからなあ。そりゃ生きてるだろうよ。」
「悪い夢ってやつを見てたわけだ。」
「悪い夢、ですか?」
「まだ、寝ぼけているみたいだね。カッシオ君、お茶をハル君に。」
「おン、もう入るよ。」
周囲を見渡すと、見覚えのない場所に——壁は朽ち果て、柱と屋根があるだけの廃屋みたいな場所にいた。
思い出した。森に入ってしばらく歩いていると、小川のそばに立つこの廃屋みたいな場所にたどり着いたことを。
ヘイランはこの廃屋らしき建物が今回の依頼者だと言っていた。空の木箱を届けて終わりかと思ったら、一晩寝ていくまでが仕事だとも言われた。
アメノがぶつくさ文句を言っていたのも思い出した。「今日中に配達を終わらせて、久しぶりに肉が食べたかったのに」と言っていた。
「そうだ、アメノは?」
「ん?あの子なら屋敷に許可をもらってうさぎを追いかけて行ったよ。『お腹空いた!』ってさ。」
「みんな生きてる、のか……。よ、良かったあ。」
悠の胸の中で冷たく張り詰めていたものが吐く息と共に薄らいでいく。
「すごくうなされていたものね。」
「とりあえず、これで依頼完了ですか?」
「うん、もう十分だそうだよ。屋敷も満足したみたいだ。」
「結局よお、荷物ってなんだったンだ?ほんとに空の木箱が欲しいってんじゃねえンだろ?」
カッシオが湯呑み茶碗を悠にぐいっと渡して座る。
「ああ…それは、人間の恐怖心だね。いつもはもっと幸せだとか、楽しいだとかの感情なんだけど…。」
「悪夢を見る羽目になるとは、ね。」
「ふうン?恐怖心ねえ、なんでそンなもんが欲しいのやら。妖はよくわからンな。」
アメノがにこにこしながら、絶命したうさぎを引きずって現れる。
「おい!うさぎ!」
「焼いて食おうぜ!」
そのうさぎを見たとき、悠は頭の中にカッシオの首が転がる光景とアメノの頭が潰れる光景、ヘイランが内臓をこぼしながら宙を舞う光景が浮かんだ。
「うえっ。…みんなはどんな悪夢を見たんですか?」
「覚えてねぇ、ていうかすぐに目ぇ覚めた。」
カッシオがアメノからうさぎを受け取り、捌いていく。
「忘れた!んなことより肉!」
「ヘイランさんは?」
「…夢は夢だよ。目が覚めたら忘れるくらいで丁度良いものさ。」
「僕は、最悪でした。頭がおかしくなりそうでした。」
「ハルの頭がおかしいのなんて今に始まったことじゃないだろ。」
アメノが随分な言い方をするが、天邪鬼の言うことだと思えばむしろ微笑ましい。悠はにっこりと笑みをこぼす。
「ほら、それだよ!それ!怖いんだって!」
「たま〜にその邪悪な笑い方するよな。本人は気づいていないのがまた恐ろしい。」
「失礼しちゃいますね。…うさぎを分けてくれたら許してあげましょーか。」
「やるよ、やるやる。」
焼けたうさぎの肉を口に頬張ったとき、また嫌な記憶が頭をよぎったが、肉の美味さの前では所詮ただの夢と割り切る方が理に適っていた。
———
少し重ための朝食だったが、色々な意味で元気になれた。これから、城下町まで歩いて戻らないといけない。
依頼主だという屋敷に——どこに向かって声をかければいいのか分からないので適当な柱に、挨拶をして帰路に着いた。挨拶をしているとき、柱を蹴飛ばしてやろうかと思った。だが、何の意味もなさそうなのでやめた。
カルムニタイの森から出る時、また何かの視線を感じて、悠はうなじを何気なく押さえる。いつから自分は視線なんて察知できるようになったのだろうか。うなじに残る違和感を振り払うように首を回す。
ヘイランは悠を横目で見て、確かめるように尋ねた。
「…背後がそんなに気になるかい?」
「へ?…いや、そうそう忘れ物とかしてなかったかなって思っただけです。」
悠は大した内容でもないので、適当にはぐらかした。
夢の内容は既にうろ覚えになりつつあるし、現実のヘイランに関係のない話だとは思う。だが、素直に打ち明ける気にはなれなかった。
カルムニタイの森に入るときに通った近道は帰りにはなかった。ただ、緑で彩られたなだらかな斜面が続いていた。崖さえなければ城下町まではすぐの距離に見える。
「行きもここ通れば、崖なンざ登らなくても済んだのに…。」
カッシオの不満げな顔を見てヘイランがくすりと笑う。
「森からの配慮ってやつだよ。行きに通った場所が”近道”なのは間違いないよ。」
「帰らずの森から帰るわけですけど、なんで”帰らず”なんですかね?」
「人が入れば危ないのは間違いないでしょうけど…。あ、妖にとっては住みやすいから、出たくなくなるみたいな?」
「…妖というのは訳がわからないのばかりだよ、ねえアメノ君。」
「僕からすればお前だってよくわかんないよ。」
今、考えても分からないことは分からない。森のことも視線のことも脇に置いて、「城下町に着いたら、市場で豪遊しよう」とそう思うことにした。




