第十七話 「悪夢」
第十八話は5/24(日)の深夜に行います。
どうぞよろしくお願いします。
悠とアメノは日の光が届かない森の中を、——色の抜け落ちたその中をひたすらに走っていた。
悠は自分の背後にずっと視線を感じて、落ち着かなかった。何度振り返ってもヘイランの姿は見えなかったのに。
上手く動かない足を必死に動かして走るが、全く言うことを聞かない。足が自分の意思に反抗しているかのようだった。
——動け!
——動け、動けや!
——くそが!
喉が痛い。ただでさえ、いがいがする喉が息切れのせいでますます酷くなっている。
足が痛い。腫れ上がった足が酷くなるのを覚悟して走るしかない。
だが、どれだけ走っても景色が変わらない。
——無理や。
「…迎えうって、殺す、しか……。」
口にしたことを後悔した。今の「殺す」は軽口ではない。現実として、「人の命を奪う」と言ってしまった。
「や、やるか?どうせ人殺しババアなんか、殺されて当然だろ。」
アメノが悠のつぶやきにのってくる。
「……。」
「仇討ちだろ!カッシオが殺されたんだ!…お前がやりたくないって言うんなら、俺がやる!」
アメノには、躊躇う理由など無かった。
「ぼ、僕は、…僕もやります。やらなきゃやられるんですよね。」
決意の言葉を口にしても、心がついていかない。
ついていかないから、「殺す」ということが現実感を失っていく。
——なんか、やれそうな気がしてきた?
「じゃあハルが作戦考えてくれよ!僕は、僕は…頭悪いから、はじめて会ったときみたいに…。あのクソッタレババアを殺してやれ!」
「そう、ですね。……殺す、殺してやる!」
難しく考える必要などない。人殺しの悪いやつを一人殺すだけ。世のため人のために、殺すだけ。
むしろ正しいことをしているのに、何で自分が気に病んで苦しまないといけないのか。
——でも、どうやって殺す?
——あの女は人の心が読めてるんちゃうかって思ったっけ。
——落とし穴なんかには引っかかりそうにもない。
——直接殴り殺すとかは論外やし。
——間接的に殺す、しか。
——そうか。これやったら——
「アメノ、カッシオの荷物取りに行きましょうか。」
———
ループしているとは言ったものの、もう一度小川の側の荷物を置いてきてしまったところに戻れるかは賭けだった。なんとなく、ぐるぐる同じところを回っていると思ったに過ぎず確証がなかったから。
しかし、やはり悠とカッシオの荷物は小川から離れた木影で見つけられた。
「よし!どうせカッシオのことだから”アレ”を持ってるはず…。」
悠がカッシオの背嚢を漁ると目当てのものがあった。それは釣り糸だった。
後ろから覗き込むアメノが尋ねる。
「糸なんかどうするんだよ。」
「これを使って迎えうちます。アメノには二つやってもらいたいことがあります。」
「それは——」
「——僕が合図したら頼みます。」
「わかった、任せろ。あのババアを後悔させてやろうぜ。」
———
「逃げないで待ち受けているとは、驚いたね。」
「ようやく諦めがついたかな?」
ヘイランは口では驚いたというが、驚きは見せなかった。
「そーですね。もう限界です。早く殺してください。」
悠はぼろぼろの体を木に預け、座っていた。
「…演技が下手だね、君は。」
「アメノ君はどうした?君が後ろ手に持っているものは?」
「…悪いけど罠にはかかってあげられないよ。その前に君の首を切る。」
ヘイランが長剣を抜き放ち、悠の首に迫る。
——今!
悠は手に持っていた釣り糸をヘイランに目掛けて投げつける。
ヘイランは事もなげにそれを剣を使って捌く。だが、切れない。
「な、切れない!?」
「アメノ!!」
ヘイランに糸が絡みつくのを見届けた悠が叫ぶ。
「おう!そこ落し穴があるぞ!!」
ヘイランが絡みついた糸を後回しに飛び退る。だが、それは悪手だった。
ずざざざざっ!
びいいん!
ヘイランの剣と体に絡みついた糸に急速に張力がかかる。その糸の両端は小川の側にあった岩に括り付けられ、そしてその下の地面は無くなっていた。
「ぶふっ、舐めてかかったつもりは…無かったんだが……。」
華奢なヘイランの腹数十センチに岩の質量数トンが瞬時にかかり、体が宙に舞い上がった。
悠の目の前で、ヘイランの腹の皮が裂け、内臓が千切れ飛ぶ。鮮血を撒き散らしながら、落とし穴の近くで止まった。糸が長すぎたみたいだ。体が半分に切断されるかと思ったのに、そうならなくて残念だ。
——腹ん中は、真っ赤かと思えば、黒とちょっとの白か。
——腹黒女め!
アメノが小川の側の茂みから飛び上がり、ヘイランに近づいていく。
「お?お?死んだか?クソ女!思い知ったか!僕の勝ちだ!ぼくっ——」
びゅんという音と共に、悠の視界からアメノが消える。
ぱきゃあ———ん。
生卵が割れたときのような音がした。
顔に生温かい何かが飛んでくる。思わず拭ったそれは鉄臭く、ぶよぶよしたものが混じっている。
「ちっ、なんやねん!きったないなあ!!鳥のフンか?」
苛立ちを抑えきれない。言葉が荒くなる。
「何が——」
悠の顔のすぐ横の木の幹に石がめり込んでいる。その石には足が生えていて、びくびくと痙攣している。
「ああ、駄目…ぷふっ、だったか……。一投で終わらせたかったのに。」
——まさか、アメノ、か?…これが。この足は。
「……もう力が足りない。はあ、げほっ。」
——また死んでもうた。死なせてもうた。
「あ、あああ…」
「ハル君…!ちゃんと——」
——もう、いやや。なんで?なんでなん?みんな死んでいく。
「もういややあああああああ!」
「——っ、て、ぶふっ、死ぬんだよ?先に…行くね。」
地面に伏した死に損ないの女が何かをごちゃごちゃ言っている。早く死んでくれ。もう勘弁してほしい。
剣を逆手に持ったかと思うと、そのまま地面に押し付けるのが見えた。首がごろりと転がり、もう話すことはなかった。
悠は一人になった。




