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第十六話 「帰らずの森」

第十七話の投稿は5/22(金)の深夜に行います。

どうぞよろしくお願いします。

 寝心地は最悪だった。痛みと共に目が覚めた。首が張るように痛み、喉もいがいがする。足の痛みは、少しはマシになったかと勘違いしそうになったが、動かせば昨日より酷く痛んだ。

 身を捩ると落ち葉がごそりと落ちる。湿気った落ち葉は悠の体温をすっかり奪っていた。


「お前、ひどい顔だな。痛みはマシになったか?」

 アメノの声がどこからか聞こえてくる。


「…いや、ごほ、ごほん、だいじょーぶです。」

 悠はアメノの答えに返答しようとしたが、鼻声になる。


「お前、まさか…、病気にかかってないだろうな。」

「ちぇっ!人間てほんとに…!」


「心配ご無用です。ずびっ。あふ、歩くのはできますから。」

「それよりなんだか暗いですね。天気が悪いんでしょーか。ずっ。」

 悠が空を見上げると、アメノがふわりと下りてくるのが見えた。


「う〜ん。何か太陽が見当たらないんだよな。雲も多いけど。まあ、変に明るいより薄暗い方が都合がいいだろ。」

「起きたんなら、行こうぜ。」


「すません、水だけ……。」

 寝起きの不味くなった口に含んだ水は冷たく、喉のいがいがの熱も少し持っていってくれた。

「お待たせしました。」


 木のうろから這い出て、また小川に向かう。小川の側のごつごつとした岩の上を歩いていく。岩の上には何かの種が落ちていた。

「そーいえば、生き物見ませんよね。鳥とかはいないんでしょーか。」


「どうでもいいだろ。そんなこと。それよりさっき木の上まで行って見てきたけど、この森やっぱすげえでかいよ。僕らが来た山側んとこが一番森の外に近かったんだ。」


「そーなんですね。まあ森が大きいんならそりゃ入ってきたとこが一番森の外に近いでしょーね。」


「何ぶつぶつ言ってんだ?」


「いえ、なんでも。」


 小川の側をひたすらに歩いていくが、一向に景色は変わらない。その達成感のなさのせいで足の痛みから意識が離れない。「まだもう少し先に」と思いながらも、休憩を取りたくて仕方がなかった。

 そんなことを考えていると、また岩場が見えてくる。


——ああ、まーた岩場や。硬くて歩きやすいけど、足を踏み込んだ時響くから痛いんよな。あれ?


「あ、あのさー、アメノ?なんかさっきからおんなじようなとこ、ずっと歩いてないですか?」


「は?川沿いを歩くって決めたんだから仕方ないだろ。」


「あいや、そーじゃなくって、さっきも同じような岩場歩いたなーって思ったんです。」


「ええ?ま、まさかあ。」

 アメノがふわりと飛び上がりあたりを見まわす。

「う〜ん。同じと言えば同じ?かも。」


「じゃあ、僕らループしてるってことですね。うへっうへへ。」

 悠は自分で話していて、なんだか込み上げてくる笑いを抑えられなかった。


「何が面白いんだよ。ていうか、るーぷ?って何?」


「えっと、それと気づかないで、同じところをぐるぐる回ってるってことです。」


「そのにやにやするのやめてくれよ。じゃあ川沿い行くのやめて、森ん中行くか?」


「どっちでも良いですよ。どうせ帰り道なんてわかんないんですから。あははは。」


 アメノが森の中に進路を変え、慎重にあたりに視線を送りながら飛んでいく。悠はその後をふらふらと追いかける。


——なんで、こんなに笑ってまうんやろ。疲れてんのかな?

——つかれーたー。エスカレーター。あ、カレー食べたい。


 アメノが時折、悠の方へと振り返る。その度に心配そうな顔を、いや嫌悪感に溢れたような顔をする。

 それがなんだか無性に腹立たしい。あの羽根をむしり取って痛い目に合わせてやろうか。手を伸ばして、後ろからがっと掴んで、こうやって羽根をぷちっと。


「おい!止まれ!」

 急にアメノが視線を先に送ったまま制止する。


「なん、な、なんですかあ?」

 悠がアメノに尋ねるが、悠の方に手を向けてバタバタさせる。


「しーっ!あほな声出すな!あのクソッタレ女がいる!」


「ひっ!か、か、隠れないと!」

 悠は慌てて後退りし、木の根に足を引っ掛ける。


ずしゃっ!


「いたた…。」


「こいつっ!音をたて——」


「ふぅ、来たね。」

「随分と逃げ回ったね。疲れたでしょう?」

 木の陰から土を踏みしめる音がする。

 優しげな女性の声が二人を気づかう。


 ヘイランが慌てる二人の前に姿を現した。

「ありゃ、ハル君怪我をしているじゃないか。痛くない?もしかして、風邪もひいてる?」

 ヘイランが出会った時と変わらない様子で話しかけてくる。まるで昨日のことなんて、無かったかのように。


「うるさいぞババア!人殺しのくせに!カッシオをぶっ殺しておいて白々しいぞ!」

 アメノがヘイランを威嚇する。


「ババア、か。今は甘んじて君の罵倒を受け入れよう。普段ならお姉さん、絶対に許さないんだぜ?」

 おどけた様子で笑うヘイランが悠にはとてもまともな人間には思えなかった。「まるで化け物だ」と思った。


「なんで…、なんでカッシオを殺したんですか!し、信じていたのに!」

 悠はヘイランが恐ろしい。その恐ろしい化け物にひ弱な自分がしてやれること。それは、彼女に少しでも人間の心があるなら、罪悪感に苛まれるように仕向けてやることだった。


「君は…、はあ。君は心がすごく強いんだね。上手に狂って楽になることもできないなんて。……わたしにそっくりだ。」

「もういいかな?早く終わらせよう。くだらない茶番だ。」

 ヘイランが長剣を抜く。


 今度はずっと見ていたのでわかった。ヘイランがどこに長剣を持っているのか。抜く動作をした時に彼女の手のひらに淡い光が集まり、それが長剣の形を作る。まるで関係ない物なのに、それは山間の村で見た幽霊たちの光に似ていた。


「アメノ!」


「わかってるよ!落とし穴に落ちろ!!」

 アメノが十八番を発動させるべく叫ぶ。


——今の、発動せんのちゃうん!?

 悠の内心で焦るが、必死に表情に出さないように努める。


 ヘイランはその叫びを聞いて確かめるように歩調を緩める。

「…力はあんまり使わないでって言ったのに、忘れてしまったのかな?羽虫くん。」

 ヘイランがアメノに見え見えの挑発をする。しかし、アメノは冷静に努めた。


「ちっ!くそババア!覚えておけ、僕は、いや俺は!俺は俺を虚仮にするやつを絶対に許さない!死んでもつきまとって後悔させてやる!!」

「逃げるぞ、ハル!」

 アメノは捨て台詞を残して、悠とともに急いでその場を立ち去る。


 二人の背後から、ヘイランの静かなつぶやきが聞こえてくる。

「どこに逃げるというのか…。」

「まあいい。後回しにするのはもうやめだ。」


 振り返るとヘイランがゆっくりと歩いて追いかけてくるのが見えた。太陽もないのに長剣だけが鈍く光って見えた。

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