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第十四話 「カルムニタイの森」

第十五話の投稿は5/18(月)の深夜に行います。

よろしくお願いします。

「まずは目隠しをしてもらおうか。」

 ヘイランから渡されたのは柔らかく、きめ細やかな絹の布だった。手渡されたその布からは、少しお香のような香りがした。


「一人ずつ教えるからね。どっちから挑戦する?」


 まさか、目隠しをして崖登りをさせられるのだろうか。悠とカッシオの二人は困惑してまごついてしまう。


 空を飛べるアメノは興味なさそうにそれを見ていた。

「飛べない人間は不便だね。先に行ってるから、早くしてよ。」

 それだけ言い残して、早々に行ってしまった。


 アメノを見送ったヘイランが二人を急かす。

「ほら、早く早く。心配ない、心配ない。」


「じ、じゃあ俺から…。」


「いいねえ。じゃあ目隠しをして…。これから指示をするから、わたしの指示通りに動くこと。まあ、失敗しても、わたしがいるから安心してね。」


 その後の光景は異様だった。ヘイランが先行するのだが、崖をスキップでもするかのように手も使わないで登っていく。

 そして、彼女は少し登ると振り返ってカッシオに「右足で跳んで…、そうそうそして次は左足で跳んだ後すぐに右足で跳ぶ!」などと言う。

 明らかに崖でしてはいけない動きだというのに、カッシオはなぜか登れていた。


「あと少しだね。最後は左足の左側に重心を持ってきて、崩れるかもしれないからね。…で、今!跳んで!」

 先行したヘイランが崖の上から出したその指示でカッシオは登り切ってしまった。


 目隠しを外したカッシオの顔は良く見えないが、目を丸くしていたに違いない。何やら興奮して叫んでいた。下から見ていても訳がわからないのに、登った本人はもっと訳がわからないだろう。


 そして、頭上からまだ早すぎる、死刑宣告にも似たひと言が降ってきた。

「次はハル君の番だよ!」


——先行った方が良かったかもしれへん。


 躊躇っていても仕方がないのはわかっていても、目隠しをする勇気が出ないでいると、ヘイランがいつの間にか下まで降りてきていた。

「さあさあ、怖がらないで。仕方ないなあ、手を握って一緒に登ろうか?」


「い、いや…。じ、自分で——」


「そう?目隠しをするのだけ手伝ってあげる。」


 目隠しをすると不思議と覚悟が決まる。見えないからこそ、自分の耳や足に集中できる。ただ、やはり目で見て得た情報がないのは想像以上に怖い。怖くなって少しだけ目を開けてみる。白い布だから光が透けて、かすかに足元が見えた。


 そして、ヘイランの声がした。

「じゃあ、まずは左足で跳ぼうか。」


 その後のヘイランからの指示は本当に的確だった。まるでこちらの心を読むかのようだった。跳ぶのに躊躇う気持ちが出ている時は、跳び方も小さくなってしまうと思うが、それも見込んだ指示をしてくるのだ。

 だから、悠は次第にやけくそになっていた。少し見えているからこそ、自分が段々と崖を登っていることがわかる。目隠しを仮に外したら動けなくなる自信があるし、崖を安全に降りられる気もしない。ヘイランを信じて跳ぶしかないなら、振り切った方が楽だった。


 ただ、ヘイランは悠が少し目を開けていることも気づいているようだった。「目線の先に少し飛び出ている石があるだろう?」と言われた時は、崖よりむしろヘイランが怖かった。


 体感では、一時間以上は崖を跳び続けていた気がした。そして、ようやくヘイランから「目隠しを取っていい」と言われて取ると悠は崖の上にいた。


——自分はこの世界に来てなにやってるんやろ。

——ああ、でも綺麗な世界や。


 崖の上から見回すと東の方角に城下町が少し見えた。南へと目を向ければ青い海が、その少し西には町とそこからさらに南へと伸びる細い、細い陸地が見える。

 崖の上を吹く風は少し海の匂いがした。


 そして最後に北西に目を向ける。

 そこにカルムニタイの森——通称、帰らずの森が広がっていた。


 カルムニタイの森は、普通の森とは全く違っていた。「森と言えば?」と誰かに問われたなら、「緑で、自然があって〜」と返すだろう。頭の中には「緑が鮮やかな」綺麗な森を思い浮かべるに違いない。

 カルムニタイの森はまさにそれで、だからこそおかしかったのだ。悠の知る現実の森は決して緑ではない。緑を基本に赤や、茶色、黄色なども混ざった、なんなら黒いようにすら思える色をしている。


「なあ、姐ちゃん。俺たちの配達先ってどこかわかってるのか?」

 カッシオはその想像以上に鬱蒼とした緑の森を見ながら尋ねる。


「さあね。でも大丈夫。用があるのは向こうだからね。歩いていれば向こうから来るよ。」

「もう少し休憩するかい?」

 ヘイランが悠に尋ねる。


「いえ、もう十分です。行けます。」


 ヘイランを先頭に森へと続くなだらかな斜面を歩いていく。

 足元の緑が濃すぎる雑草群へ踏み入った時、音が消えた。木々の葉が風で擦れる音も、鳥の声も、自分の足音も何もかもが聞こえなくなった。音が急に遠くなり、足を止めてしまった。


———


 どれくらいの間だろうか。ほんの一瞬だったようにも、とても長い時間だったようにも思える。


 ふたたび耳に音が戻ってきた時、悠はヘイランの後ろに続いて、森の中を歩いていた。後ろを振り返って見ると、山の斜面は木々で隠れてほとんど見えなかった。


「なんか…、耳がおかしくなりました。」

「ちょっと待って貰えますか?」

 悠が鼻を指で摘み、耳抜きをする。


「おお、大丈夫か?ほら、水。」

 カッシオが悠に水筒を差し出す。


 アメノはそんなやりとりを見て「これだから人間は」とでも言うようなにやけ顔をしていた。


 ただヘイランは悠の様子を眺めながら、考え事をしている様子だった。普段の様子から言えば、「この飴でも舐めるが良いよ」などと言って飴を渡してきそうなものなのに、何か困ったことでも起きたのだろうか。


「僕ならもう大丈夫ですけど、何かありました?」


「いや……。もう少し、進んで見ようか。」


 先行して歩くヘイランは時折道を確かめ、木の幹に触れ、しゃがんで土に手を置く。


 ヘイランは配達先の妖がこちらに気づいてくれるというようなことを言っていたが、まだ気づいてもらえていないのかもしれない。


 妖がらみの仕事はこれが初めてで、特別何もできることは無さそうだと割り切り、悠は森を観察しながら歩いていた。

 カルムニタイの森は悠が目覚めた山に少し似ていた。葉の縁が薄く透けて、まるでステンドグラスのような影を地面に作っている。ただ山の方は広葉樹らしき木々で背はそこまで高くはなかったが、この森は針葉樹らしき木が何本も高く生えていて、足元には鮮やかな緑の苔が茂っている。


 しばらく歩いていくと、小川が見えた。ヘイランはそこで足を止めて「小休憩しようか」と言った。

 水筒の水も残り少なくなっていたので小川でヘイランを除く三人は水を汲んでいた。


「なんか、大丈夫なんですかね?地図とかはやっぱり無いんでしょうけど…。」


「まあ、任せるしかないンじゃないか?また、茶でも淹れるか。」


「どうせ、あのババア、道に迷ったんだよ。あーあ、今日配達終わったら、うさぎでも狩って肉食べたいって思ってたのに。」


「この辺って、狩りとかしても大丈夫なんですか?」


「は?なんで?別に良いだろ。」


「いや、妖とかに怒られたりしないですかね?」


「知るもんか、嫌なら狩られないように家ん中で育てれば良いじゃないか!」


「悠、面倒ごとに巻き込まれたくなきゃってだけだよ。アメノみたいに勝手するやつは一定数いるさ。」


 三人がそんな雑談をしているとヘイランが難しい顔をして歩いてきた。

「お話中ごめんね。」

「えっと…向こうからの接触はあったんだけどねえ。」


 どうも問題が起きたらしい様子でヘイランは言いにくそうに続けた。

「どうやら……素直に会う気はないみたいなんだよ。」

「ちょっと面倒なことになったかもしれない。」

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