第十三話 「森の手前の丘陵で」
第十四話は5/16(土) に投稿します。
よろしくお願いします。
城下町を出たその日の夜、四人は山脈の終わりの丘陵地帯で野営していた。
丘陵には岩場が多く、山の方を見上げれば崖のように切り立ち、岩肌が剥き出しになっている。丸一日歩いたが、森まではまだもう少し距離がありそうだった。
夕暮れにアメノが「お腹が空いた」とぼやき始めたとき、ヘイランは「今晩はわたしが夕食の準備をしよう」と言ってくれた。
二人はいつものように干した果物やビスケットを適当に食べて済ませるつもりだったので、一度は断った。しかし、ヘイランが「食事は大切だよ」というので任せることにして、近くに焚き火用の枝を拾いに出ていた。
それなりに拾い集め戻ると、すでにヘイランが妖力式の道具に火をつけて、調理を始めていた。アメノは昼間の力の制限問題を受けてまだ落ち込んでいるようで、ヘイランの手元をぼんやりと眺めている。
戻ってきた二人の姿に気づいたヘイランが顔をぱっと上げて微笑む。
「ああ、助かるよ。何人かで動くとこういう時良いよね。」
「…僕ら、焚き火のために枯れ木を集めていたと思ったんですが…。」
悠が既に付いている火を見ながら、疑問半分、抗議半分の気持ちでヘイランに尋ねる。
「いやいや、必要だよ?妖力式の動力だって無限じゃないからね。点火した後は燃料用の枝に火を移す方がかしこいんだよ。」
ヘイランは二人から集めた枯れ枝を受け取り、妖力式から火を移す。
「それは、なんて名前なンだ?」
カッシオが何気なく尋ねる。
「これかい?これは火玉かまどだよ。火玉灯と同じような商品だね。ちょっと改造したけど…。」
カッシオが火玉かまどの赤紫の火を眺めながら尋ねる。
「ふーん。いくらぐらいするンだ?俺たちもいずれはあった方がいいかもだし。」
「そうだねえ、模造品とかだったら安いんだけど、危ないからなあ。ちゃんと、正規品を買ったら3クンくらいはするんじゃないかな。でも、時々妖力を補充しないとだから、あまりお勧めはしないね。」
「それだとちょっと買えないですね。」
「ちなみに九十九神憑きなら、時々米か、麦をあげれば妖力はいらないらしいよ。ま、そもそもそういう珍しいのは売ってないんだけどね。」
「さあ、出来たよ。ちょっと簡素だけど、あったかい汁物があった方が良いだろう?」
スープには刻んだ野菜が少し入っているだけで、確かに素朴だった。
「ほら、アメノ君。君のは湯呑みで良いかな。」
「ハル君とカッシオ君もどうぞ。」
「ありがとうございます。いただきますね。」
悠が一口スープを口にすると、おかしな事が起きた。体中に火がついたように暑くなったのだ。体がぽかぽかするなどといった可愛いものではない。
焼けつくような熱が体をかけめぐる。痛みに似た強い刺激で目を回していると、それは次第に収まる。
「な、な、なんやこれ!しぬ!」
悠は気づくと地べたに転がり、もがいていたらしく服が草と土で少し汚れていた。
隣にはカッシオも転がっていて、アメノはカッシオの水筒に頭を突っ込もうとしてもがいていた。
ヘイランはその三人の様子を見て、声も出せないほどに笑っていた。
「ふ、ふ、ふ、ふ。君ら不健康なんだねえ。あはは、笑わせてもらったよ。」
「ハル君、ちょっと立って体を確かめてごらん。」
「な、なんですか!これは、ど、ど——」
「毒じゃあないよ。むしろその逆、薬膳だね。」
「カルムニタイの森が近いからか、この辺の薬草は効能が段違いなのさ。」
「それより、ほら。立って立って。」
悠が促されるままに立つと、体の調子が異様に良かった。
いつからかあったらしい、気にもとめていなかった肩を回した時の引っかかるような感じは失せて、滑らかに回る。手首の強張りも、首から腰にかけての骨や筋肉も、気づいてもいなかった不調が完全に消えてなくなっている。
「アメノ君も正気に戻ったね。君のために作ったんだけど、どうだい?多少は体の調子戻ったんじゃないかな?」
アメノは全身を水でびちゃびちゃにしながら、我にかえる。
「な!何を飲ま——」
アメノが自分と同じ問答をしそうになっていたので、食い気味に悠が答える。
「なんか、薬らしいですよ。」
悠は体調が良くなったのは確かだが、まるで長風呂をした後のような気だるさを感じて、座り込んだ。
「は?…す、すごい!軽い、軽いぞ!羽根も滑らかに動く!」
「それは良かった。アメノ君はもう一杯どうぞ。二人は…もういらないね。」
「おン、いらない…。何か内臓がきりきりするっていうか、すっきりしたっていうか…。気持ち悪い。」
カッシオは腹を抑えて呻くようにつぶやいた。
ヘイランの作る食事は味について言えば、美味しかった。確かに元気にはなり、明日への活力とかなんとかは湧いたのかもしれない。
ただ、口にはしなかったものの、「限度ってものがあるだろう」と悠は思わずにはいられなかった。
———
就寝前、悠は女性であるヘイランは野営をどうするのかと考えていた。男所帯に女性一人なので余計に気になったのだった。
悠のそんな落ち着かない様子にヘイランが気づいた。
「ハル君、そんなに心配しなくていいよ。この辺りは野生動物もうさぎくらいしかいないし、妖だって森に入らなければ人を襲うようなのはいないから。」
「…ああ、それともお姉さんが女だから、気にしているのかな?女扱いしてくれるのは嬉しいが、心配ご無用だよ。それに君たちはそんな事、しないだろう?」
自分たちにそんな気があるとかないとかの問題ではないと思うが、何かそういう女性ならではの旅の対策があるのだろうと思うことにして、その日は眠った。
———
翌朝は冷え込んだ。体がかじかみ、震える感覚の中で目が覚める。悠は、いつも野営の時に敷いている布に包まるようにして寝ていた。夏が近いとはいえ、丘陵地帯は朝は気温が下がるようだ。
先に目を覚ましていたらしい、カッシオに声をかける。
「おはようございます。流石に冷えますね。」
カッシオは、火を焚いて鍋で水を沸かしていた。
「おはよう。もう一枚、なンか上着用意すれば良かったな。」
「茶、飲むだろ。」
カッシオは以前、ニコにお茶をご馳走されてから、すっかり気に入ったようで、毎朝お茶を淹れて飲んでいる。今回の配達にもしっかり持ってきていた。
「いただきます。ヘイランさんは?」
「なンか、向こうで座り込んでるぞ。祈ってる?みたいだった。茶いるか聞いてきてくれるか?」
「あ、はい。わかりました。」
悠は敷いていた布を簡単にたたみ、背嚢の横に置いて立ち上がる。
ヘイランは石の上に座り、瞑想をしているような様子で目を閉じていた。まるで石のように動かないので、座っていなければ寝ているのかとも感じる。
「ヘイランさん、カッシオがお茶を淹れたんですがいかがです?」
悠の呼びかけにヘイランがゆっくりと目を開く。
「いただくよ。」
「……何をしていたのか、聞いても?」
「日課だね。詳しくは言えない。わたし式、健康術かなんかだと思ってくれればいいよ。」
ヘイランが立ち上がる。
悠はヘイランの後ろをついて歩きながら思いつきで尋ねた。
「一晩中あの姿勢で辛くないんですか?」
「君が……?見ていたの?気づかなかったよ。ハル君は気配を消すのが上手いんだね。」
ヘイランと出会ってから、初めて驚いた顔をするのを悠は見た。
「すみません、かまをかけました。ヘイランさんならもしかしてって思って。」
悠は平謝りに謝った。
「これは一本取られたね。あっはっは。なるほど昨夜の意趣返しってわけかな?」
アメノも今日は早く起き出してきていた。ヘイランの薬膳スープが早速効いたのだろうか。
「何を話してんのさ?朝ご飯だよ。早くしてよ。」
朝ご飯は、カッシオが淹れてくれたお茶と、乾燥してきたビスケット、少しの乾煎りした豆だった。
ヘイランがこの質素な朝食にどんな感想を漏らすかと不安だった。しかし、彼女は湯気の立つ茶碗を両手で包み、香りを楽しむように目を細めていた。
「さて、ご馳走様。カッシオ君はなかなかに器用みたいだね。お茶の初心者に見えたが、なかなかどうして上手く淹れるじゃない。」
「今日は近道して、カルムニタイの森に入るよ。ここから先はお姉さんの指示に素直に従うこと。いいね?」
「でもよぉ、近道ってどこを行くンだ?道はこの一本しか無いと思ってたンだが。」
カッシオがお茶の器を茶器入れにしまいながら尋ねる。
「あっちだよ。」
ヘイランが指さした先には切り立つ崖があった。
「実は、道があるとかは——」
「流石にこんなに整備された道はないかな。なに、ちょっと崖になってるだけだよ。」
ヘイランがいつものようにふわりと微笑む。
「怖くないよ、歩き方さえ知っていればね。それを教えてあげるから、心配いらないさ!」
———
野営地を出発してから、数十分後には見えていた崖に着いた。遠くから見てもとても登れそうに見えなかったが、近づいてみてあらためて登れる気がしなかった。
ごつごつとした岩場を超えていくと、岩肌が露出している。上に行くほど岩肌は張り出し、まるで壁がこちらに覆いかぶさるようだった。
「これ、どう考えても登れないと思うんですが…。」
世の中には、試すまでもなくできないと悟れるものがある。例えば、「手作業で固い地面を5m掘りましょう、制限時間は10分です」などだ。時間をかければ、あるいは重機を使えれば話は違うかもしれない。
ヘイランが求めていることは、その類いのことに思えた。
「山羊は知っているかな?彼らはもっと壁みたいな場所で生活しているけど、落ちることなんて稀なんだ。なぜだと思う?歩き方を知っているからだよ。」
「人は山羊じゃないんですが。そもそも足の形からして違いますし……。」
「まあまあ、わたしなりに教え方があるからね。まずは目隠しをしてもらおうか。」




