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第十二話 「妖力式」

第十三話は5/14(木)の深夜に投稿します。

よろしくお願いします。

 朝が来た。ようやく配達人らしい仕事ができるから、うきうきとした気分だ、なんて言えば嘘になる。結局、昨夜は不安が勝ってよく寝付けなかった。


 隣のベッドで眠るカッシオの方へと視線を向けると、カッシオは目を開けたまま仰向けに寝転がっていた。

 昨夜、カッシオの方からすうすうと寝息が聞こえてきたので、負けじと寝息を立てたりしてみて睡眠を試みたのだが、彼の寝息も偽物だったらしい。


「行きますか。」


「…うン、行こう。飯は行きがけに買ってこうぜ。」


 ちなみにアメノは、ぐっすりといつも通りに眠っていて、寝床をカッシオの頭に変えただけで、まだ眠ろうとしていた。


———


 三人がローインの店の前に着くと、ヘイランはまだいなかった。配達人たちがいつものように人だかりを作り、「今日はどこへ行くから、なにがしを昼飯に食べる」だとか話している。


 彼らの一人が悠とカッシオの姿を見つけ、断り文句を言いにくる。

「おう、今日もご苦労さん。俺は今日のところは間に合ってるから。ああでも、何人か遠出してたやつが帰ってきてるぞ。聞いてみたらどうだ?」


 悠が挨拶を返す。

「おはようございます。いえ、今日は——」


「ああ、君たち、ちゃんと来てくれたね。良かったよ。おはよう、よく眠れたかな?」

 ヘイランはたった今まで姿が見えなかったというのに、いつの間にか側に立っていた。振り向けば、通りの向かいの店の扉が閉まる音がする。そこで朝食を取っていたらしい。

 ヘイランは良い朝だと言うように朗らかに笑っている。


 ヘイランの姿を確認した男の顔がひきつった。

「あ?お前ら、まさか…。や、やめておいた方が——」


「なんで誰も彼も、わたしと仕事をするのを嫌がるかね。報酬も良いはずだし、仕事だって簡単なものばかりなのに…。」


「かんたん?か、かんたん?かんたんて、簡単て意味か?」

 配達人の男が首を振る。


「…な、なンだよ、教えてくれよ。やっぱまずいのか?」

 カッシオが配達人の男の肩を掴もうとするが、男は一息先に後ずさる。


「ま、まあ、頑張れよ!報酬は良いんだ、報酬は!」

 男は逃げるように足早にその場を去った。


 ヘイランはやや不服そうに彼の背中を見送り、三人へ向き直る。

「ふん、軟弱者め、気にしないでいいよ。」

「本当に無理難題を押し付けたりなんてことは無いんだ。ただ木箱を持って、わたしが言うことを素直に聞いてくれればいいんだよ。誇張でもなく、幼子が木箱を運べるなら彼らだってできるような仕事だよ?」


「ま、まあ、もうやると言いましたから、今さら断ったりはしません、よ?」

 悠は思い出していた。人生で何度か味わった「この選択は失敗だったかもしれない」という感覚を。


 しかし、ヘイランの嬉しそうに笑う顔を、歪ませるような一言を口にする勇気は悠にもカッシオにも無かった。


「それは良かった、ああ、背負子も持ってきてくれたんだね。…ふむ、それはあれかい?何か馴染みでもあるのかな?」

 ヘイランが二人の背中に目を向けて、考えるようにして尋ねた。


「いや、まあ、そうだな。この仕事を始めようってなった時に、川下の村で借りたンだ。馴染みってほどじゃないが、使い慣れてきてる、か?」


「ああ、いや、思い入れでもあるのかな?と思ったのさ。」


「いえ、借り物ですから、近いうちに返したいと思ってます。大切にはしていますけど、思い出の品とかでは——」


「そう。それなら、言わせて貰おうか。体に合っていないだろう、それ。間に合わせには良いけれど、ずっと使うものじゃないよ。わたしの持ち物から貸してあげるから、ここで置いていくと良い。」


「え、でも悪いですよ。私物ということですよね?」


「なに、構わないよ。それにわたしが受けた依頼を手伝ってもらうんだ。装備の支給なんて、ある意味当然だろう?」


「それも、そうか?じゃあありがたく使わせてもらうか。」


 カッシオの言葉を聞いて、我が意を得たりと言わんばかりにヘイランが笑う。

「うん、じゃあこれを渡しておくよ。背負えば勝手に体に合うように調整されるから。」


 ヘイランの足元にはいつの間にか背負子が用意されている。

 それはハーネスに荷物固定用の金具が取り付けられているような見た目をしていた。

 悠はそれのあまりに現代的な見た目に少し違和感を覚えた。しかし、同時に荷物を体に負担のない形で背負うことを追求すればこの形になるのは当然かもしれないとも思った。


 カッシオは背負っていた背負子と荷物を下し、ついでにアメノも荷物の上におく。

 アメノはすごい寝かされ方をしているのに、まだ起きない。

 カッシオは早速手に取り体にその帯を回しかけると、吸い付くように丁度いい長さに締め付けられる。

「うお、おお!す、すげえな、これ。」

 

「な、何か蛇が体に巻きつくみたいな感じですね。」

「これは一体何なんですか?」


「妖力機構というやつだよ。知らない?ああ妖力式という方が通りが良いんだったか。」


「あ、もしかしてこれもそうですか?」

 悠は胸ポケットに大事にしまっていた、ミズタから貰った仕掛けを取り出す。


「おや、面白いものを持っているね。そうだよ、それが妖力式だ。最近の流行りだぞ?若者〜。」

 ヘイランは二人の若者が流行にのれていないことをからかうように笑う。


「へえ、面白いですね。僕ら山奥に住んでいたので、知りませんでした。その”ようりょくしき”というのは……。」

 悠は大げさに感情表現するヘイランに苦笑しつつ、尋ねる。


「すごく簡単に言えば、妖の力を閉じ込めた道具の総称だね。妖力機構は妖力で作動する仕組みを持つものを言って、妖力式は我々が日常で使うような道具のことを言うことが多いね。」

「よく見るもので言えば、たとえば…。今はないけど、夜この辺に浮かぶ灯り、火玉灯も妖力式だよ。」

 ヘイランは嬉しそうに詳しく説明を始める。


 しかし、悠とカッシオのついていけないという顔を見て、説明を切り上げる。

「興味があるのなら、この配達の中で色々、お姉さんが持っているものを見せてあげよう!」

「木箱は持ったね?じゃあ、行こうか!」

 ヘイランが西の街道に向かって歩き出す。足取りは軽やかで楽しそうに見えた。


 “配達日和”というのに相応しい晴れやかな朝だった。風も夏が間近だという割に涼やかで気持ちが良かった。

 昨夜までは不安を募らせていたが、ヘイランの嬉しそうな様子を見ていれば不安よりも楽しむ方が正解のように悠は思えた。


———


 城下町を出て街道を歩き始めてしばらく経った頃、ようやくアメノが目を覚ました。


「ふわあ、よく寝た。あ、もう出発してんだね。お腹空いたんだけど、なんかある?」

 アメノがあくびをしながら伸びをする。


 カッシオは視線を前に向けたまま答えた。

「俺の背嚢ン中に干し葡萄が入ってるから食っていいぞ。」


「お。やった、わかってんね〜。僕あれ大好き。」

 アメノが飛び上がり、背嚢の口を開こうとする。そして、背後を見渡し驚きの声を出した。

「て、あれ?僕の荷車は!?持ってくって言ってただろ!?」

 アメノは自分の荷車が見当たらないので、首をきょろきょろとまわして探す。


「ああ、そう言えば置いてきちゃいましたね。しばらく空けるけどまた戻るとは伝えてるから大丈夫ですよ。」

「そういえばあれは妖力式になるんでしょうか?」


「うん?アメノ君も何か持っているのかい?」

「天邪鬼の妖力式か、興味あるねえ。でも、君たちはあまり妖力の強い妖じゃなかったと思うんだが…。」

 先頭を歩いているヘイランが悠の言葉を聞いて、アメノの隣に来る。


「ぼ、僕の荷車…。——なに?ようりょくしきって…。」


「アメノの荷車のことが聞きたいんですって。」


「なんだ?気になるのか?勝手に動く荷車だよ!」

「僕の力を使えば、馬なんかで引っ張らなくっていいんだ、すごいだろ!」

「それなのにこの馬鹿ども、置いてきやがって!」


「へえ、それはすごいね。興味深いよ。ぜひ今度見せてもらいたいね。ところで天邪鬼の力ってどんなもんなんだい?」


「嘘を本当にできるんだよ!最近までできなかったのに、なんかちょっと前からできるようになったんだ。」


「嘘を本当に…。なるほど、荷車が勝手に動くなんて嘘みたいな話だものね、なるほど。」

「言葉の力で操るみたいな感じかな?」

 ヘイランがぶつぶつと考え始めてしまった。


 アメノは荷車を忘れられたこと、少し自慢したりなかったことから鬱憤を晴らすべく、少し意地の悪い顔をした。

「見てみたいか?見てみたいだろう僕の力!くらえ!お前の足元に落とし穴があるぞ!」

 返答など待たないと早口で捲し立てる。


 しかし、ヘイランは一切注意を払うことなく何気なく足を置く位置を変えただけで落とし穴を避けてしまった。


「あ、あれ?」


「穴、ありますよね?カッシオ。」

「ンっと、あった。ちょっと小さめだな。でも危ねえから穴、土で埋め戻しとくか。」


「よ、避けるなよ!な、なんで避けれるんだ?」

 アメノが飛び上がって、ヘイランの結い上げた白髪に取りつこうとする。


 そのアメノをヘイランは緩慢に見える動きでつまみ上げる。

「足元って君が言ったんだろう?」

「うーむ、天邪鬼になんでそんなに妖力があるのか…。落とし穴というのも、妖力をかなり消費しそうなのに…。」


「く、くそ!人をそんな虫みたいにつまみ上げるな!クツジョクなんだよ!」


 アメノが暴れるのでヘイランはぱっと指を離して、尋ねる。

「アメノ君、君は元々そんなによく寝ていたのかい?」


「寝て?なんで?別にいいだろ!お前になんか迷惑かけたかよ!」


「いや、あくまで推測なんだけどね。」

「妖力っていうのは、妖にとっての血液みたいなものと考えられているからね。君の種族でその使い方を続けると……あまり良くない気がするな。」


「あー、なるほど。無くなっても大丈夫な量を超えて使っているかもってことですかね。」

 悠がヘイランの話を噛み砕く。


「そうそう、多少なら自然回復できるだろうが、回復しきれないままにどんどん使うと相当体に負担がかかるはずだよ。」

 ヘイランのいつもの飄々とした表情に真剣味がおびる。

「しばらく、そうだね…ひと月程は使わないで回復に勤める方が良いよ。」


「他の妖は気軽に力を使ってんのに?僕は使っちゃだめって、そ、そんな…。せっかく——」

 アメノは落ち込んだ様子で項垂れる。


 最近まで出来なかったらしいので、新しく手に入れたおもちゃを奪われたような気分なのかもしれない。


「ヘイランさんは、人間ですよね?なんでそんなに詳しいんですか?」


「うん?…昔、ちょっとね。妖力機構について調べていたことがあったんだ。…いずれ、話してあげようか。」


「おーい!穴も埋め終わったから行こうぜ。」

 カッシオはいつの間にか、少し先の道に立っていた。そして、苛立ち気味に先を促す。途中で悠が話に混ざりに行ってしまったので、一人で穴を埋める羽目になっていたからだった。


 カッシオに任せて離れてしまったことに気づいた悠は少し申し訳なく思ったのと同時に、「このチームのリーダーはカッシオなのかもしれない」と思い、少し笑ってしまった。


 配達先の「帰らずの森」はまだ遠く、その影も見えない。

 前を歩くカッシオの影が馬車の車輪の轍の上でかくかくと揺れる。

 配達物である木箱は、背負って歩いてみると本当に空箱としか思えない。依頼主は一体なぜ高額の依頼料を払ってまで木箱が欲しいのだろうか。妖がらみらしいが…。

 悠が背中の木箱を軽く叩くと、こぉんと空洞音が鳴る。

 その答えもまた、山脈の向こう遠く、遠くにあった。

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