第十一話 「熟練者と未熟練者」
第十二話の投稿は5/12(火)に行います。
よろしくお願いします。
城下町で初めて配達の仕事を請け負った日から一週間ほど経過していた。既にニコは城下町を発ち、東海へ向かった。
その日も朝から、悠とカッシオ、おまけでアメノは配達人たちに自分を売り込みに行っていた。しかし、大体がこの近辺への、ほとんど定期的な配達ばかりで、人手が欲しいという者はいなかった。
「すまないが今日も別に困ってないから、他を、と言ってもいないのだろうが、当たってくれ。」
「最初はそうやって俺も苦労したなぁ。まあくじけず頑張れ。半年から一年くらいで、俺は実績十分と認められたから、しばらくの辛抱さ。」
こんな感じで、断られたり、気にかけてはくれる者がいる一方、無視されたり、邪魔だと怒鳴られることもままあった。
内心、悠はそろそろ諦めて別の仕事をするか、当初考えていたように行く先々で日雇いの仕事を探す方が良いのではないかと考え始めていた。
そもそも、金銭面の問題もある。今はカッシオが作った酒飲み友達のおじさんに低価格で寝床を提供してもらっているが、そのお金だって貯金を食い潰して支払っている状況だった。
——別にこの仕事にこだわる必要も無いし、期限付きじゃない言うても、ちんたらしてんのもちゃうやろうし。
「なんか、また考え込んでんね。」
「だな。まあここしばらく上手くいってねえから仕方ないンだけどな。」
「悠、そンな顔してねえで行こうぜ。」
「…カッシオ、僕思ったんですが、——営業所で他の配達人に雇ってもらうのは厳しいじゃないですか。だから、その、…そう、とりあえず次の町に移動するなりして、そっちで同じように雇ってもらえないか探すとかにしませんか?」
「それはだめだ。」
「なんでです?」
「あー、ほら、あれだよ。それで上手くいくのかとか、なんかまあ、〜とにかく色々だ!俺は行かない!」
カッシオは上手く説明できない様子で、諦めて拒否だけした。
「——なんッ。はあ、はい、わかりました。やめておきますか。」
悠は少し苛立ちそうになるが、背後のハンドマンの視線を感じた気がして、気持ちを落ち着けた。
「なにイライラしてんだよ。思春期か?なんで思い通りにならないんだーって?あはは、あはあは、はははっ!」
アメノはそんな悠の様子を見逃さないで挑発する。
しかし、悠はアメノの様子を見て、なおのこと冷静になった。
「ふっ、ですね。今日の分の配達、行きましょっか。」
「あーあ、つまんないの。ほんと挑発しがいがないよな。」
「アメノ、ああいうのは溜め込ンで爆発するやつなンだよ。あんまりそういう挑発しすぎない方がいいぞ。」
そのような会話をした後、三人はいつものように城下町を東から西へと書類を持って歩く。普段と変わらない様子を装っているが、悠もカッシオも内心は焦り始めていた。
———
二人は配達を終えた帰り道に、もう一度「配達のローイン」に寄ってみることにした。焦る気持ちがそうさせたのか、特に意識はしていなかったが足がそちらの方面に向いていて、「ついでだから」となったのだ。
「そう言えば最初に来た時は昼でしたね。誰も配達人はいなくて、ハンドマンさんと職員の方しかいませんでしたけど。」
「ダメ元だけど、な。」
「どうせ、むだだよ、むだ。早く市場に行こうよ。」
店の前まで来るとやはり配達人はいなかった。早朝であれば通りで配達人が人だかりを作っているのに、今は白髪の長い髪を結い上げた長身の女性が一人しかいない。
悠はその女性をいつごろかを覚えてはいないが見た覚えがあった。
何となく女性を見ながら、店に入ろうとした時、掲示板が目に入った。
「あっ、掲示板…。」
悠がぽつりとつぶやく。
悠の言葉を聞いた女性は視線を掲示板から外し、悠を見る。
「すまない。邪魔だったな。」
「掲示板なんてあったんですね。気付きませんでした。」
「あ、この募集というチラシは…。」
「それはわたしが出したものだ。君らは、…配達人、か?」
「そっちの羽虫も?」
女性が二人の足から頭までを眺めて、最後にカッシオの頭の上のアメノを見て尋ねる。
「誰が羽虫だ!この!ぶっ飛ばすぞ!」
「ああ、いや、見習い?だ。配達人として実績稼ぎしてるところなンだ。」
「ほう?そうか。ふむ、そうだな。仕方がない、か。」
「君らさえ良ければ、雇われてみないか?」
悠は突然の申し出に、理解するのに時間がかかった。
「えっと——」
「もちろん、迷惑なら断ってくれて構わない。君らには君らの予定などもあるだろうからな。」
「いえ!こちらこそ、僕らなんかで良ければぜひ働かせてください!」
「ああ、ぜひ頼むよ!ありがとう、よろしくな!姐ちゃん!」
悠とカッシオは嬉しさのあまり、飛び上がって手を叩き合う。アメノは羽虫と呼ばれて、臍を曲げたままだったが。
「僕は悠です。ハルと呼んでください!」
「俺はカッシオだ。頭に乗ってンのはアメノ。妖で天邪鬼らしい。ふ、ふはは、羽虫ではないからよろしく。」
「ちっ!羽虫ってなんだ、羽虫って。」
「そう、か、すまないな。蝶のようにひらひらと綺麗だったから、つい、な。」
ヘイランは本当に悪気は無かったようで、申し訳なさそうな顔をして謝る。
そして、三人の顔を順に眺め、少し微笑んで名乗った。
「わたしは、——ふ、ヘイランだ。よろしく。」
ヘイランと名乗った女性は、見た目は儚げな美人なのに、どこか岩あるいは大木のように力強い印象を悠は覚えた。
「内容の説明は、そうだな。近くに美味しいお茶を出す店があるんだ。そっちで話そう。ハンドマンに挨拶だけしてくるから少し待っててくれ。」
ヘイランはいつの間にか募集のチラシを外して手に持っており、扉を開けて店に入っていく。
十数秒後に、ヘイランが上機嫌そうな足取りで出てくる。後ろにはハンドマンがついてきていた。
ハンドマンはいつもの事務的な態度を崩して、三人の顔を見て話す。
「…やはり、お前たちか。この人は、その、熟練者だ。だから、難しい要求もされるかもしれないが、無理だけはしてはいけない。」
ヘイランはハンドマンの言葉に少し迷惑そうな顔をする。
「ハンドマン…。人を何だと思っている?ひよっこにそんな可哀想なことをするはずないじゃないの。」
「——心配しなくて良いよ、君たち。お姉さんに任せておけ。」
ハンドマンの言葉に不安そうな顔を浮かべる三人を見て、ヘイランはにこりと笑顔を作り胸を張る。
「ヘイランさんも配達人なんですね、商人の方かと思いました…。——おっしゃる通りに僕らは見習いのひよっこです。勉強させてもらいます!」
「うんうん。元気なのは良いことだ。では行こうか。ハンドマン、またな。」
ヘイランは満足そうに頷き、歩き出す。
悠とカッシオはその後ろについて歩いて行く。ハンドマンは彼らの背中を見て、憂慮した。
——止める資格など無いが、彼らのことを思えば止めるべきだっただろうか?
——彼女が大丈夫と言うなら、身の危険はないだろうが、心は別だ。どうか彼らの心が折れませんように…。
———
「——報酬は一人10クンだ。以上で説明を終えるが、何か質問はあるかな?」
ヘイランは一通りを説明を終えて、少し冷めて湯気が少なくなったお茶を一口、口に含む。
彼女の所作は気品に溢れていて、お茶の香りを、旨味を堪能していることが目に見えて分かる。
配達の内容は、中身のわからない木箱を、名前もわからない人の屋敷に運ぶというもので、期限は特に決められていないらしい。
「えっと……、まず木箱の中身はわからないってことだけど、重いのか?」
カッシオは、依頼の内容を何一つとして分からないという顔をしていたが、とりあえず思いついたことを聞いた。
「いいや、重くない。むしろ、あれは空なんじゃなかろうか?」
おずおずと手を挙げて悠もカッシオに続く。
「あの、僕も、良いですか?お一人で運ぶのが難しいのかと思っていたのですが、僕らは、何で必要なのでしょうか?」
「ふふっ、一人では運べないのだよ。なんとかしてやれなくもないが、そんな手間を取るのも愚かだろう?君らの力を貸してほしいのさ。」
「何言ってんのかよくわかんない時は、大体妖がらみだよ。わけわかんない習性のやつなんてうじゃうじゃいるんだから。」
アメノが二人がよくわからないという顔をしているのを見て、口を出す。
「よくわかっているじゃないか。アメノ君。」
「君の言う通り、妖がらみだ。すまないね、君たちの反応があまりにも可愛らしいから、からかってしまった。一人では運べないというのは、一人で行くと指定の条件が達成できないのと、そもそも目的の屋敷に辿り着けないのだよ。」
「危険は、無いのでしょうか?あのハンドマンさんが僕らが依頼を受けるのを渋る態度だったのは、もしかして——」
「それは大丈夫。わたしが一緒だから万が一にも君たちに危険は無いよ。」
「他に、質問はあるかな?——無さそう、だね。明日には出発したい。配達先はこの山脈の裏手のカルムニタイの森、通称帰らずの森だよ。しばらくは帰れないからそのつもりで来てくれ。」
ヘイランが不穏な言葉を言い残して、立ち去ろうとする。悠はぎょっとして、眉がぴくりと動く。
——帰らずの森?大丈夫か、ほんまに。
「ふふふ、本当にからかいがいのある子たちだな、君たちは。通称、というだけさ。事実わたしは何度もあの森に立ち入って、五体満足で帰っている。心配いらないよ。」
「では、明日の朝にローインに集合してくれ。君たちが受けてくれて本当に良かったよ——」
ヘイランは席を立ち、喫茶店を出て行った。
「あ、お会計は…。」
悠がぽつりと呟く。
「既にヘイラン様にお支払いいただいております。」
いつの間にか近くにいた店員が答える。
「それと、『夕食はこれからだろう?ヤマサキタコと跳ね魚の香草焼きが絶品だから、ぜひ食べていってくれ。他にも食べたいのがあったら好きに食べて構わないよ。』とのことです。」
「いつ、そんな話を……。」
「どうする?ありがたく奢ってもらうか?」
カッシオが困惑した表情のまま、悠に判断を投げる。
「いや、お茶はともかく、夕食までは——」
「はんっ、あのババア、舐めやがって、目ん玉飛び出るくらい食べてやれば良いんだよ!」
アメノは食べる気満々の様子で、お品書きを店員からひったくる。その小さな体ではどれほど食べたところで、大人一食分に届かないというのに……。
アメノの様子を見て、二人はありがたく夕食を食べて帰ることにした。ヘイランが勧めるだけあり、食事はどれも美味しく、満足のいくものだった。
ただ、夜に寝床についた時に悠は気づいた。
——ああ、あれはいわば人質か。ご飯を奢られておいて逃げるなよっていう……。
——わからんけど、アメノが遠慮なく食べ始めることも見越してたんかも。
——いや、それは流石にないか、ないよな?




