第七話 「馬車」
第八話の投稿は5/6(水)の深夜に行います。
よろしくお願いします。
悠が目を覚ますと日はすっかり昇り、宿の外からは働く人たちの喧騒が聞こえた。
隣の窓際のベッドを見るとカッシオはいまだに気持ちよさそうに夢の中に居た。
「まずいですよ、カッシオ!寝過ぎました!」
悠はカッシオの布団を剥ぎ取り、肩をべしべしと叩く。
「ふわあ?朝か?」
カッシオが欠伸をしながら、寝転んだまま伸びをする。
「朝じゃあないです!昼ですよ!」
「マジか!何でもっとはやく起こしてくンねぇんだよ!」
カッシオはようやく目が覚めて状況を理解したらしく、飛び起きる。
「何度も起こしたけど、起きなかったじゃあないですか!」
「そ、そうか、悪かったな。」
「全くもう!おかげで今日は走らないとですねえ。」
悠が怒ったふりをして、声を荒げる。
その時、窓の淵に座っていた小さな人影がカッシオの頭にふわりと着地する。
「そいつもついさっきまで寝てたぞ。アホ面でな。」
「ちょっとアメノ!嘘はいけませんよ!」
「おう、アメノ。なンか用か?」
「いや、壊した酒瓶の代わりは酒場のおやじがくれたけどさ。弁償が結局できてないから……。」
「ぁあ。まあ、でも別にもういいぞ。気にしなくて。」
「いたずらっ子の割に殊勝な心がけですね。」
「いやあ、昨日の晩ハルが伸びた鼻を折ってくれたおかげで、最近どうかしてたなって……。妙に気が大きくなって、変な力も手に入れて。惑わせるのは好きだけど、迷惑かけたら、さ。居場所がなくなるっていうか。」
アメノはぽりぽりと鼻をかく。
「うーん。でも、特別何かして欲しいこともないですし…。カッシオも気にしなくていいって言ってますしねえ。というか、僕ら急がなきゃなんで、これで失礼しますね。」
「あ、あの、その、ひ、秘密にして欲しいんだけど、それ、何とかしてやれると思うんだけど。」
「俺ら急いでるから、また今度で、な?」
カッシオが優しげな目を作るが、悠にはうっとうしそうな顔に見えた。
「いや、そうじゃなくて、僕ら天邪鬼だけが使ってる道があるんだけど、お前らがどこに行くか知らないけど、大抵の場所へはすぐに行けるんだ。」
「へえ、近道があるってことですか。」
「ただ、秘密だし、今回一回限りだぞ。よりによって人に教えたなんてバレたらまずいんだ。」
「どうします?カッシオ。使わせてもらいますか?」
「……いや、やめとこう。バレたらマズいんだろ?確かに助かりはするけど、アメノが困ったことになるんなら、な。」
「そうですね、自分たちの失敗の尻拭いは自分たちでしないと。」
「じゃ、じゃあ、お前らに着いていくのは?困ったことがあれば、僕が何か助けてやるとか…。」
「別にいい。」
「結構です。」
「なんで!く、くそお。もう知らん!勝手にしろよ!」
アメノは捨て台詞とともに窓からふわふわと飛んで行ってしまった。
「怒って行っちゃいましたね。僕らも行きましょうか。」
「おン。まあ、仕方ないだろ。一緒に行ったって、あいつの面倒まで見てやれないし。子どもではないって言ったって、なあ。」
カッシオは窓の外を眺めながら小さく息を吐く。
そんなやりとりの後、二人は宿の、主人はいなかったので奥さんに宿代を渡して、不足していた食料や水も補充させてもらった。すぐに風車の村を出発したが、結局昼前になってしまった。
風車の村はとても広く、人が住む場所の外にもずっと麦畑が続いていて、村の人たちの仕事をする様子が見えた。
———
ノヴァナイ領の城下町は、遠くにそびえる山脈の麓にあるとのことだった。ずっと平野が続いていて、その城下町のあるあたりも見えてはいるが、その町の姿はそれとわかるほどには見えない。
時折、二人が背負子を背負って歩いていると、後ろから馬車が走り抜けていく。追い越される時、ふわりと、草の青臭く瑞々しいにおいの風が頬を撫でる。
歩いている人は自分たちだけで、大抵は馬車に乗って城下町に向かうようだった。
「僕らも馬車に乗れば良かったですかね。」
「うーん、あれに乗るとなると結構金がかかるンだよなあ。最初にトールマン、さんから受け取った金がごっそり無くなっちまう。」
「あぁ、採算が合わないってことですか。」
「そーいうこった。貧乏人は歩くしかねえ。時期が良けりゃあ、乗り合いで安く乗れたりするみたいだけどな。」
あえて口にすることはないが、背負子に慣れていない二人の肩は赤く腫れて、歩く度に擦れるその痛みは無視できないところまで来ていた。
時々二人がする他愛のない会話は、その痛みを忘れるのにちょうど良かった。
悠は肩の痛みを頭の隅に追いやり、歩きながら昼ご飯代わりのビスケットをむしゃむしゃやっていると、前を歩くカッシオのもじゃもじゃ頭の隙間から、煙が見えた。
「カッシオ、なんか煙が…。」
「おン。野営でもしてンのかな?ちょっと、どころでもなく早いけど、日も暮れるだろうしな。」
カッシオが太陽の位置を確認して怪訝な顔を浮かべ、首をかしげる。
「何か、あったんじゃないですか?」
「事故か、故障か、その辺か?」
二人が好き勝手に推理をしながら歩いて近づいていくと、馬車が止まっているのが見えた。
遠くから立ち上って見えた煙はやはり野営の準備のようだった。
一見すると事故でも故障でもなさそうに見えたのだが、馬車の車輪の軸が折れてしまっているようだった。
「こんにちは!大丈夫…ですか?」
悠が元気に声をかける。
悠の挨拶を聞いた、焚き火の前で折り畳みの椅子に座る青年が顔をあげ、煙管を口から離す。困っていたのだろう、悠の姿を見つけ笑顔を作る。
青年が口を開くと、元気にハキハキと捲し立てるように話し始めた。
「どうも、どうも、これは気をつかっていただいて。ええ、困ってるんですよ。手伝ってはもらえないでしょうか?見ての通り、車軸が折れちまってね?よりによって一人のときに難儀だなあ、なんて。」
「それは困りましたね——」
悠が青年が呼吸のために一瞬止まった隙に、相槌を打とうとする。
「助けてくださる!ありがとうございます!ああ、もちろんお礼はしますよ?どうせ行き先は城下町でしょ?乗せてって差し上げます!」
別に異論はないし、聞けばありがたい話なので断る事はないのだが——。
「ああそれなら俺らも助かるよ、ありが——」
「いえいえ!相身互い、ですから!」
「まずは、荷物を一度下ろすのを手伝ってもらっても?」
「ああ、ちょっと——」
「すみませんね、中身は穀物とかなのでちょっと重たいですけど!」
「ンああい!人の話を聞かないやつだな!手伝うのは構わンが、一息くらい入れさせてくれ!こっちもずっと歩いてきてンだ!」
カッシオが弾丸のように喋りまくる男性の話を断ち切るように両手を振り下ろす。
「それはそれは!もちろんです!安物ですがお茶をお出しましょう!わたしお茶がね、好きなんですよー!」
男性はにこーっと嬉しそうに笑う。人をもてなすのが好きなのだろうか。
男性はニコ〜と名乗った。悠もカッシオもよく聞き取れなかったので、ニコと呼んでくれとのことだった。
ニコは焚火の上に丁寧に手入れされた鉄びんをぶら下げ、これまたやけに凝った装飾で繊細さを伺わせる陶器の茶器を持ち出してくる。
ニコはお茶の準備をしている最中も、ずっと話をしていた。彼の話は興味深く、どうも北国の、さらに向こうの方から馬車で行商の旅を続けてきたらしい。どこから来てどこへ行くつもりだとか、最近は何が人気でよく売れるなんて話もした。
今は売り切れてしまって持っていないが、手紙の代わりに、声を録音できるというレコードらしきものを送りあうという話に悠はとても興味が惹かれた。
「さてさて、お茶が入りましたよ、どうぞ召し上がってください!”安物”と言いましたが、決して粗末なものじゃありませんよ!農家の方が自分の家で飲むだけ、売り物にしていないだけで、品質は上の上!」
「いただきます!」
ニコにつられて悠の声が大きくなる。
お茶は品のいい、まるで上品な貴婦人を思い起こさせるような花の香りがして、口に含むとお茶の葉の甘み、旨みが広がる。
散々歩いてきて少し体が火照っていたところに熱いお茶か、と悠は内心少し過ぎっていたがそんな懸念は余計だった。疲れた体に染み渡るとはこの事かと思わされる素晴らしいお茶だった。
「本当なら、お茶菓子もあれば尚良いのですが、今日はお出しできるものの用意が無いんです、残念!」
ニコは笑顔を初めて崩して、悔しそうに唇を噛んだ。
「いやいや、すげえ美味いよ、このお茶。酒ばっかり飲んでたけど、お茶にもハマりそうだ。」
カッシオは本当に美味しかったらしく、温かいお茶にも関わらずあっという間に飲み干してしまったようだ。
「ええ、ええ、ぜひハマってください!茶飲み友だちが増えるのは喜ばしいですから!夜ご飯の後にもまた別のおすすめを振る舞わせてもらいましょう!」
「美味しいお茶をありがとうございます。とても美味しかったです。…では、そろそろ始めます、か?」
悠がおずおずと休憩の終わりを提案する。
「だな。俺ら明日には城下町に行かないとだから。」
「…おや、そうなのですか。では急がないとですね!」
馬車の荷台の荷物は数量でいえば多くはないのだが、一つひとつは重量があった。ずっしりとしていて下手な持ち方をすれば腰を壊しそうだと悠は思った。
荷物を下ろした後、車体の下の車軸の応急処置をどうするのかと悠が見ていると、ニコが荷台から、荷物の下敷きに使っていたらしい鉄板やら何やらを持ち出してきて、上手く車体を持ち上げていた。
カッシオはニコが作業する様子を興味深そうに眺めていた。器用なカッシオなら、少し練習すれば馬車の修理くらいは訳ないだろうと悠は思った。
小一時間ほど経ち、日も少しずつ傾いてきた頃、静かに集中していたニコが口を開く。
「これは、ちょっと困りましたね。車軸が折れただけなら上手く補強してやれば良かったのですが…、車輪の方の、回転を支える金具も曲がってしまっていますねえ。」
「それは、直せないということ…ですか?」
作業を遠目から見守っていた悠が尋ねる。
「見てた感じ、金属疲労を起こしてンな。取り替えないと厳しそうだ。」
ニコの手元について作業をしていたカッシオがわかったような顔で言う。
「ふふ、まあそんな感じです!」
ニコは疲れた顔で少しだけ笑う。
「まあ、今の状態でも走れはします。城下町までは慎重にゆっくり進めば良いでしょう!お急ぎのところということなので、お礼ができないのが心苦しいのですが…。」
ニコはカッシオと悠を順に見て、申し訳ないと頭を下げた。
二人にとって結果だけで言えば、時間だけ過ぎてしまった形だが日が暮れるまでしばらくはあるし、今晩についていえば、しばらくは進むつもりでいた。到着は遅れるかもしれないが、明日の昼すぎには着けるだろうから大した問題はない。
後ろ髪引かれる思いだが、ニコを置いて進もうかと悠とカッシオが顔を見合わせていると、風車の村の方角から、からからと荷車が走ってくるのが見えた。
荷車は人の手で引いて歩ける、ちょっとした荷物を乗せるためのものに見える。しかし、肝心の動力たる人の姿が見えない。
その荷車は、夕暮れ前で日が陰り、赤く染まる地面の上に黒々とした影を作りながら、からから、からからと音を立てて迫ってくる。
まさに怪奇現象といった様相だった。




