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第五話 「ささやかな対決」

第六話の投稿は5/2(土)の深夜に行います。

よろしくお願いします。

「乱闘騒ぎが始まるよ!”そこの”酔っ払いこけろ!——お前だよ、はげ!!」

 子どもの声が酒場の喧騒に割り込むように響き渡る。


「あ?なにをっ!——うおお!!」

 ふらふらと歩く一人の酔っ払いが声に気を取られたのか、座っていた別の男にぶつかる。


 ぶつかられた男はその時持っていたグラスの中身を目の前の男にぶちまける。ぶちまけられた男が慌てて立ち上がると長机の足が折れて倒れる。隣にいた別のグループの酔っ払いが注文したグラスも食べ物も一緒に落ちて駄目になる。


 子どもの声を契機に、連鎖的に小さい不運な出来事が起こり、酒場の中はあれよあれよという間に乱闘騒ぎに発展した。


「僕らは何を見せられているんでしょうか…。」


「さあ、な。入った店で乱闘騒ぎが起こるなンて…。」


 悠とカッシオは呆気に取られて立ち尽くしていた。


「あははははは、あひ、あひ、くふふふふふ。」

 先ほども聞こえた子どもの笑い声がどこからか聞こえる。


「カッシオ、この声って…!」

 悠がカッシオの肩を揺さぶる。


「ああ、ガキンチョだっ!」

 カッシオの顔がみるみる真っ赤になる。

「どこだッ!出てこい!悪ガキが!」


「あっ!あはは、穴に落ちた間抜けじゃないか。出ていく訳ないだろ?バカなんじゃねえの?あ、バカだった!あははは。」

「そら、酔っ払いのダメ人間ども、間抜けにちゅーもーく!こいつがお前らのたーいせつな酒をおじゃんにした犯人だぞう!」


「てめえか!ぶっとばす!」

「鼻から酒飲ましてやる!」

「とっつかまえて、耳の穴からパスタ食わせてやる!」


「なんで、口以外の穴から食べ物を摂取させたがるんでしょうか?そういう文化でもあるんですかね?」


「知らねぇよ!逃げンぞ!」

 カッシオが勢いよく入ってきた扉を再び開け放ち、外に飛び出る。


 悠はついて来られないように、勢いよく扉を閉める。


「待てこら!てめえのけつ——」


———


 悠とカッシオは酒場を出た後、誰かがついてくる様子は無かったものの、念のため少し遠回りをして宿に戻った。


「はあ、ふう、誰もついて来てはいないみたいですね。」

 悠は息を荒くしながら、後ろを確認する。


「ちくちょう!どうなってンだ!悪ガキの仕業なンだろうけど、どういうからくりであんな騒ぎが起きるンだ!」


「妖かなんかじゃないんですか?」


「いや、それは、…そうか、そうかもな。」

「だとしたらどういう理屈で、あんなことができるンだ?」


「さあ?僕は妖のことなんて分かりませんよ。身近にいませんでしたし。」


「何とか懲らしめてやンねえと気が済まねえよ。一っ言でもあいつからごめんなさいって聞かねえと、腹の虫がおさまらん!」


「そんなに怒らなくっても、と言いたいところですけど、荷物は壊れ、美味しいご飯にもありつけませんでしたからね。いっちょ、やりますか。」

「ちょっと試してみたいことがあるんです。もう一度酒場に戻りましょうか。」


「何か考えがあンのか?」


「どうでしょう。上手くいくかどうかはよくわかりませんが、まあ所詮は子どもですしね。」


———


 悠とカッシオは簡単に打ち合わせをしながら酒場まで小走りで戻ってくる。

 先程は外まで酔っ払い達が溢れ出ていなかったのに、少し離れた間に乱闘の場所は外に移っていたようだった。道に酒瓶などが散乱していて店員たちは疲れた顔でそれらを遠目で眺めていた。


「これは…、そろそろいたずらで済まされませんね。」

 悠が痛ましい表情をし、足元に転がってきた酒瓶を足で止める。


「だな。うしっ、話した通りでいいンだな?」

 カッシオは悠の顔を見て頷くのを確認すると大声で叫ぶ。


「おいっ!ガキンチョ!流石にこれはやりすぎだ!だから、俺らと勝負しろ!」


「はあ?何、勝負?嫌だよ。」

 どこからか、またあの子どもの声が聞こえてくる。


「まあ、そうでしょうね。君に得がありませんから。だから、君の欲しいものを何でも一つあげますよ。お金でもなんでも。」


「いらないよ、そんなもん。盗ってくりゃあいいんだから。」

「でも、……そうだなあ、あんたら配達人なんだろ?荷物全部よこしな。それなら、一回くらい勝負してやったっていいよ。」

 どこにいるかはわからないが子どもの顔は悪どい笑みに満ちているに違いない。


「…いいでしょう。」


「おい、ほんとに大丈夫かよ。」

 カッシオは初耳だというように驚いて、悠の顔を見る。


「勝てる勝負に尻込みして、機を逃しては本末転倒ですよ。大丈夫、です。」

 悠は唾を飲み込み答える。


「勝負の内容は簡単です。この村の中での追いかけっこです。僕らが君を捕まえる。君は逃げて隠れる。捕まえたら僕らの勝ち、逃げきれたら君の勝ちです。時間制限はそうですね、月が昇ってきたばかりですから、月が真上に来たらとしましょうか。」


「ふーん?いいよ。でも、条件があるよ。僕はお前らの邪魔をする。捕まらないために何だってするからね。あと、捕まえるといっても、指先が掠めた程度で捕まえたって言われても困るからね。僕の腕でも肩でも、とにかく体を三秒は触っていること。これが条件だよ、飲まなきゃ勝負はしない。」


「ッ!ガキンチョ、あンまり——」

 カッシオが苛立ちを隠さないで叫ぶ。


「いいでしょう。至極当然の要求です。では今から開始で良いですね。時間が勿体無いですから。」


「じゃあはじめ!お前ら落とし穴に落ちろ!」

 子どもが嬉しそうな声で開始の宣言と同時に仕掛けてくる。


 悠とカッシオの二人はその場を急いで離れようと試みるが、二人は仲良く呆気なく落とし穴に落ちた。

「来ると思ってはいましたけど、避けれるものではありませんね…。」


「あっはっは!そんなんで僕を捕まえられるの?あっはっは!」

 また、子どもの声が遠ざかっていく。


「おい、早くしねえと逃げられるぞ!このまま隠れられたら見つけらンねえぞ!」

 カッシオが慌てて土壁に取りつく。


「まあ、それは大丈夫でしょう。相手は僕らを舐め切っていますし、何より捕まらないためにあらゆる手段で僕らの邪魔をするらしいですから。」

「要は遊びたいんですよ。子どもですね。」


「そうか?まあ、いずれにせよ早く出るぞ。ほら、手ぇ出せよ。」

 カッシオはさっさとよじ登り、急かすように悠に手を伸ばす。


 悠が落とし穴を登りきるのを確認して、カッシオはあらためて周囲を見渡す。

「次はどうする?」


「そうですね、一旦場所を変えましょう。ここだと村の皆さんに迷惑がかかりますし。」


「あいつがどこに行ったかはわかンねえのに?」


「多分ついてくるから大丈夫です。僕らには見つけられないようなところに隠れて、眺めて笑っているはずです。」

 悠はそう言いながら、村のはずれにある風車を目指して小走りで走っていく。


「はあ、疲れる日だぜ。ほんと。」

 カッシオも悠の後ろを追いかけて走っていく。


———


 悠がカッシオに目配せをして、今だに姿を見せない声の主に向かって叫ぶ。

「——君!僕らを見ていますね!わかりますよ!そんなところに隠れていて大丈夫ですか!?」


「さすがに反応ねぇな。ガキ扱いし過ぎてるンじゃないか?」


「ですかね。なら、こうです。——あっはっは!必死ですね。僕らに捕まるのがそんなに怖いんですか?自信、ないんですか?あははぁ、君のそんな雑魚雑魚な力じゃあ、できてせいぜいがちょっとしたイタズラですもんねえ!恥ずかしいですねえ!一生懸命に隠れて息まで殺して、まんま雑魚じゃあないですか!」


「ちっ!調子に乗るなよ?そういう決まりだろうがっ!何で僕が雑魚扱いされなきゃなんだよ!」

「だいたい僕がどこにいるのか全くわかっていないだろ!?的外れな方向に走ったりしてバカじゃねえの?」

 子どもの声が再び聞こえてくる。


「いいえぇ?わざとですよ〜?村の人に迷惑だから君をこっちに誘導したんですう!」


「う、うざいやつだな!そんなに言うんなら、邪魔してやるよ。お前らはもう歩けない、草が絡みつくぞ!」


 子どもの声がすると同時に、二人の足元の草が絡みついてきて足を取られる。


「うおっと、…よかった〜。なんや足でも折られんのか思ったわ……。でも——」


 カッシオが小声で咎める。

「あんまり変なこと言うなよ。本気にされたらまずいだろ!」


「ですね。——うわあ!大変です、カッシオ!捕まっちゃったら、あのガキ捕まえらんないですよ!」

「あ!今気づいたんですけど、あのガキがもし僕ら”人間”に見えない奴だったらどうしましょう!」


「そ、そうだ!僕の姿はお前らに——」


「僕ら”人間”に?」


「お前ら人間には見えないんだ!」


「声しか聞こえないなら、声を頼りに捕まえるしかないなんて!」


「声だって聞こえなくできるぞ!そうなったらもうお前らに勝ちの目は無いぞ!一方的にぼこぼこにされるんだ!怖いか?怖いだろう!」


「僕の声はお前ら人間には聞こえないぞ!」

 子どもの声は勝ち誇ったように笑いながら宣言する。


 悠は足を捕まったままだが、顔を伏せて静かに笑う。

 いつの間にか高く昇った月は、悠の笑う顔を照らしていた。その顔は月の光のせいか、無機質さを感じさせるもので、カッシオは少しだけ不気味に感じた。

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