第三話 「荷を背負う者」
第四話の投稿は4/28(火)の深夜に行います。
よろしくお願いします。
悠たちがカラの家まで戻ってくると人の気配がした。炊事場のあたりから漏れ出てくる湯気、外まで漂ってくる魚を焼く香ばしい匂いがなんとも懐かしく、そして空腹を思い出させた。
「ただいまー!」
カラが家の扉を開け、中にいる家族に向かって帰宅を告げる。
「こんばんわ!」
「お邪魔しますー!」
悠とカッシオもカラに続いて、家事をしているであろうカラの家族に挨拶をする。
炊事場の入り口から顔を出したのは恰幅のいい女性だった。年齢は40から50くらいだろうか。
「…おか、えり。あら!カッシオじゃないの!炊事場がなんか散らかってたからカラが友だちでも呼んだのかと思ってたら、あんただったの!」
「ミズタ!あんた、カッシオが来てるわよ!」
「久しぶりねぇ!そうだ、村が大変だったんでしょ?大丈夫だった?あたしすっごく心配したんだから!トリリシャは大丈夫?トールさん残念だったわねぇ。」
「母ちゃん!カッシオだけじゃなくって、ハルって子も来てんだよ!」
「あらー、男前が増えちまったねえ!ご飯たくさん作んなきゃね!」
「どうも初めまして!悠と言います!ハルって呼ばれてます!」
「こりゃあ、ご丁寧にどうも。あたしはミラだよ。旦那は海まで行っちまってるからね、今日はいないんだけど、エータって名前だよ。」
ミラはにこにこと優しげな顔で笑いながら、悠の手をとって握手をする。誰も止めなければハグでもしそうな勢いだった。
「おばちゃん、そンぐらいにしてやってくれ。おっちゃんがいねえのは残念だわ。すまねえけど今晩泊めてもらってもいいか?お金はちゃんと払うからよ。」
カッシオは久しぶりに会った懐かしい顔に再び顔を綻ばせながら、ミラの止まらないコミュニケーションに終止符を打つ。
「いらないわよ、って言いたいけど、まああんたももう大人か。貰っておくわ!今晩は気合い入れて晩御飯作んないとだねえ!」
ミラが嬉しそうに腕まくりする。なんだか食べきれないほどにご飯を作ってくれそうな予感がする。
そうしていると奥の部屋からゆっくりと癖っ毛の青みのある短髪の青年が歩いてくる。
「母ちゃんが騒いでるから何かと思えば、カッシオじゃねえか。」
「おう、ミズタ。久しぶり。去年言ってた例の魚の仕掛けは完成したのか?入れ食いになる予定のやつ。」
カッシオは久しぶりに会った友人を見て、にやりと笑う。
「いやあ、ありゃだめだ。仕掛けに誘い込んだはいいが、問題は後だな。片付けが大変すぎるのと、手入れが、な。結局普通に取る方がましになっちまう。」
ミズタは思い出して苦笑いをする。
「というか、そっちのやつは?紹介してくれよ。」
「おお、そうだ。こいつは悠。」
カッシオが後ろでそわそわしている悠の肩を捕まえて、紹介する。
「どうも、悠です。ハルってみんなに呼ばれてるのでそう呼んでください。」
「そうか、ハル、よろしくな。俺はミズタだ。みんなにはミズタって呼ばれてるから、そう呼んでくれ。そうだ、魚の仕掛けとか興味あるか?俺そういうの作るのが好きでさ。」
ミズタは少し照れたように笑う。
「興味あります!単純そうに見えて、なるほどって思わされるので。作っているところ見てみたいです!」
「ふふっ、うちは母ちゃん手伝ってるからさ。ハルとカッシオ兄に兄ちゃんの自慢してたやつ見せてやったら?後で呼んだげるからさ!」
カラは男たちの友情を育まれる様子を見て微笑み、炊事場へと入っていった。
悠とカッシオはミズタについて奥の部屋へ向かう。ミズタの部屋は川の上だった。床の一部に綺麗に穴が空いており、川が見える。
棚や壁には釣り竿や仕掛けなどがたくさん並んでおり、床に敷かれた作業スペースは工具らしきものが散らかっていた。
「これが一番出来がよかった仕掛けなんだ。何がすごいかっていうとな、ただの石に見えるだろ?でも、魚は食いつくんだ。前日とかに水に放り込んでおいて、こっちのこれ、この石が対になってて、少しずつ引き寄せられるんだよ。だから石持って待ってたら魚が寄ってくるから捕まえ放題って寸法さ!」
「それはすごいですね!どういう仕組みなんですか?」
「俺ら村の者はさ、水が少し操れるんだけど、それでめっちゃくちゃに水と餌と泥を一緒にして固めるんだ。そうやって固めて作った石を二つに割ると一つになろうと微妙に動くんだよ。微妙に動くからだろうなあ、魚も気づかないで動かされちまうみたいなんだ。」
「へえ、水を…。」
悠が感心すると同時に水を操れる事実にどちらに驚いていいかわからなくなる。
驚いている悠と、自慢げなミズタの様子を見て、カッシオが茶々を入れる。
「すげえだろ?でも、一回使ったら泥に戻っちまうのと、それ作るのがめっちゃ大変なのが欠点なンだよな?」
カッシオの茶々を、茶々とおもわずミズタは流してしまう。
「そうなんだよなあ、だから誰も使ってくれないんだよ。」
「それは悲しいですね。そういえばミズタさんは——」
「ミズタでいいよ。」
ミズタは視線をちらりと悠に向けて言う。
「ミズタは何で仕掛けを作るんですか?この村の人は素潜りで捕まえると聞きましたよ?」
「ああ、元気な大人はな。大人でも体を壊したもの、年寄りもだな、そういう人は仕事がなくなっちまうんだよ。」
「といっても、地上で細々と畑やったりしてるんだけどさ。あんまりここらの土が良くねえのかな、作物が売れるほどには育たないんだよ。ちょっとやらかしただけで、貧乏生活なんて辛いだろ?」
「なるほど、えらいんですね、ミズタは。」
「ふはっ、最初に言ったけど、好きだからってのが一番の理由だけどな!」
照れたミズタは顔を赤くしながら、棚に向かって別の仕掛けの説明を始める。
「結構いいやつだろ?」
カッシオが自慢げに笑って、悠に耳打ちをする。
「ええ、いい人です。」
その後、十数分ほどミズタが作った仕掛けのことや、山の村でのこと、村の女の子のことを男同士で楽しく話していると、カラがご飯に呼びに来てくれた。
ご飯は悠には馴染みのない味付けばかりだったが、味はどれもよく、見た目も華やかで歓迎されていることが伝わってくるものだった。
食後、ミズタが地図を持ってきてくれた。
このノヴァナイ領の地図で村の位置関係が簡単に記されている。
今いる川下の村から海までは比較的近いようだ。山からこの村までより少し遠いくらいの南側のところに「海」と書かれている。
城下町へは西へ向かって進んでいくようだ。
地図を確認した後は、ミラとカラも交えて、取り止めのない話を眠りにつくまでたくさん話した。
———
「じゃあ、行ってくるよ。」
カッシオはあくびをしながら、いつもの調子でこともなげに言う。
「ご飯ありがとうございました。また帰ってきた時に会いに来ますね。」
悠も微笑みながら、カラたち家族に別れを告げる。
「ずいぶんと遠くまで行くわけだし気をつけてね。どこの領地でも平和ってわけじゃあないからさ。」
カラは心配そうにカッシオの手を取りその感触を確かめ、それから悠を見て少し寂しそうな顔をする。
「そうだ、ハル。これ持ってけよ。昨日見せた石の仕掛け。食いもんに困ることがあれば、使うといい。腹減って動けなくても、川の近くならなんとかなるだろ?」
思い出したかのようにミズタは言うが、懐から出すのを見て、悠はあらかじめ用意してくれていたことに気づき嬉しく思う。
「ありがとうございます、上手く使いますね。…では、いってきます!」
「「いってらっしゃい!」」
悠とカッシオはカラたち家族に手を振る。カラも、ミズタも、ミラも二人が見えなくなるまで、家の前で見送ってくれていた。朝の忙しい時間だろうに、自分たちのために時間を割いてくれて、申し訳なくもあるが、嬉しかった。
———
集荷場へ着くと、大きな扉の方が開いており、昨日受付に座っていたトールマンが中で荷物の準備をしていた。
「おう、来たな。…やはり持ってきては無いか。」
トールマンが二人の姿を見てそう言う。
「えっと?」
「旅をするだけなら、今の持ち物だけでも良いかもしれんがな。背負子はあった方がいい。配達人連中が予備だと言って置いていったものがいくらかあるから使わせてもらうと良い。」
「他にも靴とかも予備に持っていた方が良いが、流石にそれは自分たちで用意してくれ。」
「お手間をとらせてしまってすみません。ありがとうございます。」
悠が頭を下げる。
「助かっ——、たすかりました。ありがとうございます。」
続いてカッシオも頭を下げる。
それを見て、トールマンは本当に何でもないというような顔をする。そして、感謝などされるいわれはないと言わんばかりに手を払うように振る。
「よしてくれ、俺は俺の荷物をしっかり送り届けてほしいだけだ。頼むぞ。」
「中には北国伝来の酒とかもあるからな。つまり割れ物だ。気をつけてくれよ。あとは子ども向けのおもちゃとかだ。こっちは濡れたりすると良くないから気をつけろよ。」
「着いたら、とりあえずはローインに向かえ。そこで細かい住所も確認できるから。」
「荷物ってのはいつだって大切なもんだからな。ただし、荷物と命どちらかを危険に晒すくらいなら、必ず命を取れよ。何度言っても危ないことする奴がいやがるから、困ったもんだよ。」
トールマンが指で悠とカッシオを一人ずつ指差しながら注意をする。
「ええ、ご丁寧にありがとうございます。絶対に送り届けますから。」
その悠の様子を見て、トールマンはため息混じりに話を続ける。
「ふぅ、まあ城下町までに危険な場所を通ることも無かろう。ただな、本当に旅人を狙う奴よりも配達人を狙うやつは多いからな。めったには起こらないが襲われる確率は高いということを良く覚えておけよ。」
「信頼してもらえるようにせいぜい頑張るよ、ます。」
カッシオはトールマンの用意してくれた荷物を背負子に載せて歩き出す。
「では、預かりました。」
悠も軽く会釈をして集荷場を後にした。
———
集荷場を離れると、川沿いの道はすぐに静けさを取り戻した。
人の気配は薄れ、風に揺れる草の音と、遠くで水が流れる音だけが二人の耳に残る。
背中の荷は、思った以上に重かった。
ただの荷物だ。酒と玩具と、誰かの祝いのための品。
それでも、背負った瞬間から、それは「責任」という形に変わっていた。
「……配達人、か。」
悠がぽつりと呟く。
「まあ、そう呼ばれるようになるのかもな。」
カッシオは前を向いたまま答える。
村で交わした笑い声も、温かな食卓も、
今はもう背後にある。
これから先は、道と、荷と、そして二人きりだ。
悠は胸元に忍ばせた石の仕掛けに、そっと指を触れた。
「ちゃんと、届けましょう。」
悠は自分に言い聞かせるように言った。
「ああ。」
短く答えたカッシオの声には、いつもより少しだけ重みがあった。
川を流れる水の音も次第に遠くに離れ、道はずっと西へと続いている。
その先にある城下町も、二人を待つ仕事も、まだ、どんな顔をしているのかは分からない。
ただ一つ確かなのは、二人はもう、ただの旅人ではないということだけだった。




