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間話 中 「トリリシャの記憶」

4/20(月)の深夜に間話の下を投稿します。

よろしくお願いします。

 移住してきたニルスはトリリシャの家の裏の倉に住むことになった。トールはわざとらしく嫌な顔をしていたけれど、本心では息子ができたみたいだと喜んでいたようだった。

 毎朝、トリリシャが倉に仕事道具を取りに行くと、決まってニルスは花だったり、釣った魚を使って作った干物だったり、お茶を出したりしてくれた。

 最初は遠慮して断っていたけれど、気づけばそれが毎朝の楽しみになっていた。


 また、ニルスが住む倉には調理場みたいなものはなかった。だから、トールは渋々といった顔をしていたが、よく一緒に食卓を囲んだ。彼は魚料理が上手で釣ってきた魚を「漁師風の何某」といって、時折り振る舞ってくれた。


 そうして迎えた一年目の冬、雪が山を白く染め上げる頃、ニルスがトリリシャに想いを伝えた。


「はじめて出会ったあの日から、あの倉の中で君をひと目見た時から好きだった。どうか、俺と付き合ってほしい。」

 ニルスの下げた茶髪の頭には、白い雪がまばらについている。


「ええ?そんな、とつぜん…。」


「突然じゃないよ。優しく笑う君が好きなんだ。急に言いつけられた子どもたちの世話を嫌な顔せずにする君も、花壇に咲く花の手入れをする君も好きだ。雑草を抜くことにさえ心を痛めるそんな君が好きなんだ!」


「…えっと、そんなに褒めてくれて嬉しいけど、わたしあなたが言うような良い子じゃないわ…。」

「それに、わたしそういうのよくわからなくって、だから…。」


「じゃあ、これから考えてくれれば良い。きっと君が好きになってくれるよう俺頑張るから。」

 ニルスはにっこりと笑ってそう言った。


 それからのニルスは頻繁にトリリシャを誘って、春には花がたくさん咲く野原だったり、見晴らしの良い丘に連れて行ってくれた。


 一度だけ、一週間ほどかけて海まで連れて行ってくれたこともある。ちょうど今と同じくらいの、夏目前の季節だった。海を見るのはその時がはじめてだった。どこまでも、どこまでも続く一面の青は少し恐ろしくもあり、眩しくもあった。


「…世界って、広いのね。」


「うん。ここからは見えないけど、この海を超えた先には、でっかい町があるんだ。」


「ノヴァナイの城下町と同じくらい?」


「ううん。もっとでかい。トリリシャが見たらきっとびっくりするぜ。」


 海の先を見つめるニルスの横顔を見た時、どこかに行ってしまいそうで怖かった。「ずっとそばにいてほしい」とトリリシャは思った。

 後になって思えば、恋する気持ちに気づいたのがこの時だというだけで、もっと前から好きになっていたように思う。

 ちなみに、トールには黙って行ったので、あとですごく怒られた。


 それから季節は夏へと近づき、緑の匂いが濃くなった頃、トリリシャは「きちんと返事をしなきゃ」と思いニルスに言った。


「わたしもあなたのことが好き、だわ。ずっとわたしと一緒にいてくれる?」

 恋を知らなかった少女は、その返事を聞くのが怖くて、思わずうつむいた。


「もちろん!ずっと一緒にいよう!」


 見上げて見たニルスの顔は今まで見た中で一番にっこりと笑っていた。


———


 季節は春だった。リオーネの育てた花々が一番多く綺麗に咲きほこるその頃、トリリシャとニルスは結婚した。出会ってから三年目の、二人が十八歳の年のことだった。


 この山間の村では、結婚となると生者も死者も含めた村人全員が祝ってくれる。ほとんど家族みたいなものだから、おめでたいことがあれば自分のことのように喜んでくれる。

 トリリシャは、カルロスやボルドーが結婚する時、「自分のときは恥ずかしいから、家族だけで済ませられないかしら」と考えたりもした。しかし、実際に当事者になってみると、恥ずかしさよりも村人たちの温かい気持ちへの嬉しさが勝った。


「おめでと、トリリシャ。俺の大切な親友と幼馴染が結婚するってンだから、全く…。ぐすっ。」

 カッシオはゴードンから借りた着慣れない一張羅に鼻水と涙をつけながら喜んでくれた。


「おめでとう、トリリシャ。男ってのは結婚したらだらしなくなったりするからね。気をつけるんだよ。」

 ミランダがボルドーの肩を叩いて笑いながら言う。


 ボルドーはそれを聞いて苦笑しながら、祝いの言葉を口にする。

「悪かったな。気をつけるよ。——トリリシャおめでとう。」


 去年ようやく待ち望んだ子どもができたカルロスはお祝いにかこつけて、子ども自慢をする。

「トリリシャ、結婚おめでとう。子どもはいいぞお。何しろ可愛いからな。毎日家に帰るのがすごく楽しみなんだ。昨日なんてレネがな——」


 村人たちの笑顔を見て、トリリシャは「きっとこれから先も、こんな日が続くのだろう」と思った。


 トールはその日、嬉しいような悲しいような、腹立たしいようななんとも言えない顔でお酒をがぶがぶ飲んでいた。それを見たカッシオは「まあまあ親父、俺がいるじゃねえか」なんて言って、小突かれていた。

 そんな二人にニルスとトリリシャ、それにリオーネも混じって夜更かしした。初めて飲むお酒は苦くて美味しくなかったけれど、その日の夜は人生で一番幸せな思い出の一つとなった。


———


 結婚したその年の冬にアイネが生まれた。小さなおててが可愛い、少し茶色味がかった髪色がニルスに似た女の子だった。


「こんなにちっこいのに、ちゃんと生きてるんだよな。なんか感動したわ、俺。」

 ニルスがアイネの頬をふにふにと指で優しく触れる。


「はんっ!何を今さら言うとるか、初孫の前じゃなかったら、説教してやるところだ。」

 トールはニルスを押し除けて、アイネの前に陣取る。


 リオーネが調理場からトリリシャのために用意した食事を持って現れる。

「あなたもおんなじような事、トリリシャが生まれた時言ってましたよ。そこ、邪魔よ。あっちに行ってなさい。」


「ええ!そうだったかのお?忘れたわ。」

 トールはおどけてみせながら立ち上がり、ニルスと共に部屋を出て行った。


 二人を見送りながら、トリリシャがアイネの頬を優しく撫でると、小さな手が、きゅっとトリリシャの指を握った。


 その温もりを感じながら、トリリシャは思った。


——この幸せが、ずっと続きますように。

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