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間話 上 「トリリシャの記憶」

夫ニルスの手紙を読んだトリリシャによる過去回想です。

時系列としてはニルスと出会ったとき、十年と少し前となります。


次の投稿は4/18(土)に行います。


いつもありがとうございます。

 いつもなら綺麗な花が咲く花壇だった。母リオーネが花好きで、季節ごとにいろいろな花が咲くように手塩にかけて育てている。


——アイネが小さい頃、そこの花を摘んでわたしにくれたこともあったわね。


——その頃はまだニルスも居て。


 これから夏だから、何事もなければ紫薫草の花が咲いたというのに。トールが川下の村で花の種を買って帰ってきて、リオーネが嬉しそうな顔をする日々はもう戻らない。


 ニルスの手紙は、最初の四年間はトリリシャも見ていた。しかし、一昨年から手紙が途絶えてしまった。ニルスの頼みでトールが隠していたから。


 隠されていた手紙は汚れがひどく、無事に届いたのが奇跡のようだった。

 

 一昨年の手紙にはこう書かれていた。

「義父さんへ トリリシャ、アイネ、テオ、それに義母さんは元気だろうか?義父さんはどうせ元気だろうから聞かない。俺は今ロンダートにいる。けっこう遠くてびっくりしたか?ここは治安が悪い。住んでる連中はいい奴なんだが、海の向こうのシュエラ…何とかって帝国がちょっかいかけてくるらしい。もうそろそろ戦争が起きるってやつもいる。だから傭兵をやろうと思ってる。稼ぎがいいしな。いつ死ぬかわからんし、人殺しだ。だからトリリシャには黙っててくれ。帰れたら自分で話す。金はいつもの通り。」


 そして去年の手紙は。

「毎日大量の人が死ぬ。昨日は常連だった酒場の親父が死んだ。もう帰れそうにない。みんなを頼む。俺はもう帰らないと思ってくれていい。金はいつもの通り。」


 トリリシャはひどい話だと思った。トールには伝えて、自分には伝えないのはニルスらしいと思った。しかし、彼自身の命が危うい時に、わたしたちが何も知らされないままなんて。彼を想って泣くことも許してくれないなんて。


——そういえば、ニルスと出会った日も紫薫草が綺麗に咲いていたわね。



 むせかえるような土の匂いと、紫薫草の爽やかな甘い匂いのする夏の日。真上から差し込む太陽の光、山の木々に似た鮮やかな碧い空。

 トリリシャはリオーネの手伝いで花壇の雑草をむしっていた。雑草だっていうけれど、可愛い小さな花を咲かせるものもあるのに。


「よお、トリリシャ。リオーネさんにまた手伝わされてンだな。」

 向かいの家に一人で住む幼馴染のカッシオだ。ゴードンの家に住んでいたのに、「一人立ちだ」と言って去年から川沿いの釣り小屋を家にして住みついた。


「うん。今日も暑いわね。あら、釣りは休み?」


「うん、まあ…休みか。おやじ…、ゴードンさんがよ、今日からニルスって奴が村に住むってんで、世話してやれってさ。」


「ふうん、そのニルスさんは若い人?」


「おン。俺らと同い年だって。ちょっと行ってくるわ。」

 カッシオは少し嬉しそうな足取りで村の坂を歩いていく。きっと同年代の男性が増えるのが嬉しいのだろう。川下の村にはミズタがいるけれど、年に二、三度会う程度だから。


———


 その日の夜。

 トールとリオーネ、トリリシャの三人で囲む夕食。リオーネは少し料理が下手で、いつも少し失敗をする。その日は野菜が生煮えだった。


「かあさんの料理はやっぱり良いなあ。今日も美味いよ。」

 トールが野菜を頬張りながら言う。


「嘘、今日はちょっと野菜が硬いじゃない。なんでなのかしら?たくさん煮たつもりなのに…。」


「ええ!?野菜が硬いのは顎にいいからだろう?」

 トールは大袈裟に驚いてみせる。


「お母さん、野菜は硬いけど味はとっても美味しいわ。」

「そういえば、お父さん。村にニルスって子が増えたんだって?」


「おお?おお、そうそう。今日少し話したが、受け答えはしっかりしたもんだ。だが、悪ガキだなあれは。あの歳で放浪者だったと言うんだから、まったく。」


「ふうん?カッシオは嬉しそうだったけど。」


「あいつも歳の近い男の友だちがおらんかったからなあ。まあ仲良くやるだろう。」

「あ!念のために言うがお前の相手はわしが見つけてきてやるからな。あんなくそガキどもに可愛い娘は渡さん!」


「ふふっ、期待しておくわ。」

 トリリシャはトールの口ぶりを聞いてくすりと笑う。彼女は知っていた。トールが大袈裟に言う時は本心を隠したい時だということを。


 夕食を終えた後、トリリシャは自室に戻って日課の日記をつけていた。そうすると、窓からカッシオと知らない男の子の楽しげな声が聞こえてきた。きっとカッシオが歓迎会だとか言ってどこからか調達してきたお酒をニルスという子と飲んでいるに違いない。

 夜も更けてくるとトールが一度怒鳴りに行って、静かになった。しかし、少しすると今度は囁くような声で話すのが聞こえてきた。

 トリリシャは、何を言っているかまではわからないその楽しそうな声を子守唄に、その日は眠った。


———


 翌朝。トールとリオーネは村内の打ち合わせがあるとかで早くに家を出た。トリリシャは頼まれた畑の整備をしようと家の裏の倉に道具を取りに来ていた。


 そうすると、表の道から声がした。

「こんちはー!」


「きゃっ、は、はーい!ああっ、だめ!」


がしゃ、がしゃ、がしゃん!


 ぼんやりと考え事をしていたトリリシャはその声に

びくりと驚いて、立てかけられていた農具を倒してしまった。


「お、おい!大丈夫すか!?入りますよ!」


 トリリシャが「やってしまった」と呆然と立ち尽くすところに少年から青年になろうという年頃の男の子が駆け込んできた。


「大丈夫?君、怪我とかしてない?」

 彼がニルスだった。


 そのあと、ニルスがトリリシャの怪我の有無を確認して、カッシオに手当を頼みに声をかけに行った。そして、「自分でやるから」とトリリシャは言ったのに、倉の中の片付けを彼が代わりにしてくれた。


 そのあと、十分ほどで帰ってきたトールはニルスを泥棒だと言って、飛びかかっていってしまった。トリリシャが止めるのも聞かなかったのできっとわざとだったのだろう。


「こら!貴様、来たばかりのくせにさっそく泥棒とはなんて奴だ!」

 トールが怒りの表情を作って、飛びかかっていく。


 しかし、ニルスは慌てた声を出しながら、トールの腕を取り上げて、後ろ手に捻り上げてしまう。

「ち、ちがうって、おっさん!誤解だって!」


 二人の騒ぎを見たトリリシャは思わず吹き出した。

 「おもしろい人だな」というのがトリリシャがニルスに抱いた最初の印象だった。

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