第二十二話 「手紙」
第二十三話は4/14(火)に投稿します。
第一章は次話で完結となります。
その後に間話を三話挟み、第二章へ続きます。
よろしくお願いします。
「悪いんだけれど、日付の古いものから順に並べて置いてもらえるかしら?」
手紙に触れられないトリリシャが悠とカッシオの二人に頼む。
「わかりました。」
悠とカッシオが丁寧に手紙を広げて、机に並べていく。トリリシャの様子を横目で見るとその目は怯えよりも懐かしさの色が濃かった。
「なンか書いてあったか?」
「カッシオ、そう急かしちゃだめです。デリカシーって知ってます?」
「うぇ、知らねぇはずの言葉の意味がわかるってやだなぁ。頭がぞわぞわする。」
「ふっ、最初の頃は全然何も言わなかったのに、おかしなことを言いますね。——あっち行ってましょう。」
「おン。——あンときゃあ、雰囲気で会話してた感じなンだよ——」
トリリシャを置いて、二人は倉の外に出る。
悠はトリリシャがさっきまでいた花壇の前にしゃがみ込む。見ると花は折れて萎れ始めている。綺麗に咲きそうだったのに。
「ニルスさんってカッシオは知ってるんですよね?」
「あぁ、友だちだな。元々外から来たやつなンだけど、トリリシャに一目惚れしたンだ。」
「さん付けするほど上等なやつじゃねぇぞ。海で漁師をしてたらしいけど、家業を捨てて放浪してたンだと。」
カッシオは悪様に言うがその顔は友だちを懐かしんでいた。
しばらくすると、トリリシャが倉から顔を出して、手招きをする。
「お父さんが隠していたのは何でか、わかったわ。あの人が頼んだみたい。」
「気を遣わせてごめんなさいね。…二人、にも……。」
トリリシャは箱から目を逸らし、唇を噛むように一度だけ伏せた。
その指先は、何かを掴みかけて、結局空を切った。
「——いいえ、少し…考えさせて欲しいわ。」
「…とりあえずよお、置いておくのもなンだから、箱に戻して預かっておくよ。」
カッシオが管理を申し出る。
しかし、トリリシャは目を伏して、少し躊躇うような様子のままで、すぐに答えなかった。
「勝手に見てしまいそうなカッシオじゃなくて、リオーネさんに渡しておきますよ。」
悠がトリリシャの様子を伺うようにして、彼女に声をかける。
「おいッ、見ねぇって!!」
しかし、トリリシャは心ここに在らずと言った様子で呟くように答えた。
「そうね…、お願いするわ。」
それだけ口にして、ふらりと倉を出るとまた庭先の荒れた花壇を眺めながら座り込んでしまった。
トリリシャが出て行った後、二人は広げた手紙を読まないように目を逸らして片付け始める。
「何か不穏なことでも書いてあったんでしょうか?」
カッシオは不安を隠すように戯けて軽口を言う。
「さぁな。まあ生きてはいるっぽいしよ。他所で女でも作ってたか、なンかじゃないか?」
「…いない人をそうやって揶揄するのは嫌いです。」
「すまん、俺も嫌いだった。」
「話してくれるまで待ちましょうよ。とりあえず僕らも山道の復旧を手伝いに行きますか。」
「だな。なんかやってねぇと、つい自己嫌悪しちまう。」
家族の家を離れた後、悠とカッシオは手紙を収めた箱をリオーネに渡した。リオーネは何も言わずに大事そうに受け取った。どうやら、手紙が届いていたこと自体は勘づいていたようだった。
———
山道の復旧のための工事は夜まで行われた。その日は工事といっても、土砂を運び出す猫車を走らせるための木板の準備や、運び出した土砂を置いておく場所の確保などを行っていた。そのため、実工事は明日からとなった。
悠とカッシオは村の女性たちや子どもたちに混じって、炊き出しをしていた。
「本当にあんたたちや爺様方のおかげだね。」
ボルドーの妻ミランダは言う。本当に嬉しそうににこやか笑う。他の奥様方も続いて口々に喜びと感謝を口にした。
「僕らは結局なにもできてませんよ。」
悠は鍋で煮える野菜を柄杓で弄りながら言う。温かい食事を見ると、かつて囲んだ食卓を思い出してしまう。
「あのねぇ、そんな卑下するもんじゃないさ。村のオヤジどもは龍に会いに行って来すらしてないんだよ?あんたらは立派にできることをしたのさ。胸を張りなよ。」
ミランダは笑いながら悠の腰をばしんっと叩く。
「いてっ!」
悠は思いの外強く叩かれて驚く。
トールを失い、未亡人となったのにリオーネも悠を励ます。
「ハル、後ろ向きになりたい気持ちはわかるけどね。言葉にするのはやめといた方がいいわよ。それに、あの人はこれっぽっちも気にしちゃいないわよ。」
「ごめんなさい、リオーネさん。」
「もうっ、ハルに謝ってもらいたいなんて全然思ってないんだから。みんな傷ついて悲しい気持ちになったけど、それはハルに責任なんて無いんだからね。」
「テオにも同じように言われてたな。」
カッシオがにやりと笑って言う。
「賢い子だよ。あの子は。幼いようで色々見てるんだわ。」
リオーネが嬉しそうに微笑む。
「——食事の用意はできただろうか?」
ボルドーが外からのそりと小屋に入ってきて、大きな声で、女性たちに尋ねる。
「ああ、あとは取り分けるだけだよ。」
ミランダが答える。
「そうか、助かる。」
「今日はここまでにしよう!!」
外で働いていた男たちに声をかける。
「「よっしゃぁあ。」」
男たちの嬉しそうな声が響く。
久々の村の穏やかな日常の空気を思い出して、悠は少しだけ泣きそうになった。
———
食後、みんなが一息ついている時、レネの両親とボルドーが食事の席から少し離れた場所で話し込んでいた。
「明後日には山を下りられる見込みだそうだが…、一人か二人ならもう少し早くならないか?」
カルロスは真剣な顔でボルドーに話す。レネはまだ意識が戻っていなかった。
「もう三日になる。怪我をして意識が戻らなくなってから。婆さんが手を尽くしてくれているが、血を流しすぎたらしい。あの子を医者に診せたいんだ。」
カルロスの声は焦っていた。
悠はカルロスとボルドーの会話を離れた場所で聞いていた。
「…レネ、心配ですね。その川下の村にお医者さんはいるんですか?」
「一応な。ただ、いつもは山を下りてからその村まで、川を船で下るンだが、この土砂崩れでどうなってるかわからンからな。山を下りてからも時間がかかるかもしれん。」
カッシオは苦い顔で答える。
「頭をぶつけたりしていたら、命に関わるんじゃ…。急がないとですね。」
悠たちの言葉が聞こえていたらしいカルロスが遠くから答える。
「幸いというのも何だが、頭に怪我はしなかったみたいだ。お前たちも疲れているだろうに悪いんだが、明日あたりにでも何とかしたいんだ。協力してくれるか。」
カルロスが頭を下げた。
「レネのためです。任せてください。普段も仕事を手伝ってくれたりしたんです。恩に報いないと。」
悠が励ますように笑う。
「ありがとう。」
カルロスは申し訳なさそうに少し笑った。
悠は頷きながら、ふとこの村でまた誰かが目を覚まさない朝を迎える可能性を思ってしまい、その考えを慌てて振り払った。
「急がないとですね。」
悠は手に持っていた水の入ったコップを握りしめた。




