第二十一話 「雨上がり」
本日は第二十一話と第二十二話の二話連続の投稿とします。
悠とカッシオ、そしてトリリシャは明け方に山を下りた。山を下りる道は登る時よりも静かだった。
村の入り口に着くと、すぐにボルドーが気付いてくれた。
「終わったのか?爺さま方はどうした?」
ボルドーは期待するような、しかしつとめて無表情を装った顔をして、カッシオの肩を掴む。
「終わった。龍の代わりにじいさんたちは旅立ったよ。」
カッシオが呟くように報告する。
「……そう、か。ひとまず休むがいい。俺がみんなに話す。また後で詳しく聞かせてくれ。」
ボルドーは少し眉をしかめるが、話を切り上げた。
悠とカッシオはボルドーに導かれ、土砂崩れを免れた、広場に建てられた簡易な小屋に向かう。
その時、背後で子どもたちの声がする。
振り返って見ると、リオーネを引っ張るようにしてテオが走ってくる。
「お母さん!おかえり!!」
「あれ?おじいちゃんは?」
テオがトリリシャに尋ねる。
「おじいちゃんは、ね。おじいちゃんは——」
トリリシャの震えて上ずる声を聞いて、悠は居た堪れず、気づかなかったように、あるいはボルドーを言い訳にするようにその場を後にした。
カッシオも何も返さないでそのまま歩いて行く。その膝は震えていた。
———
「そうか……。何はともあれご苦労だった。」
ボルドーは大きく息を吐く。
悠たちは一眠りしてから、簡単な食事をとっていた。食べながら、ボルドーや他の村の人たちに詳しく報告をした。
「何と言えば良いのか……。爺さま方が決めたことだからな、納得するしかあるまいが。」
村人たちは神妙な顔をしていたが、険がとれて柔らかい表情だった。
旅立った老人たちの家族に気を遣ったためだった。しかし、その家族たちも残念に思いながらも、死別の悲しみにくれているわけではないようだった。
悠はずっと村人たちに責められると思っていた。龍を殺しに行ったのに、結局そうはしなかったことを。彼らの隣人であった幽霊たちを犠牲にしてしまったことを。
——そうか、価値観が違うんや。死生観か?
——悲しみはある。死ぬのも嫌なことに変わりはない。でも、もうすでに死者である幽霊が旅立つのは当たり前でそれが今日やったという感じなんやろう。ドライ、とは違うんやろうけど…。
「——サラビたちはどうなったんだ?もう危険は無いと思ってもいいのだろうか?」
ボルドーにしてみれば、今後の動き方に関わることだ。確かめるように二人に視線を送り尋ねる。
「すぐに今の状態が治るわけではないらしい。でもこっちから手を出さなければ大丈夫だってよ。いずれ治るってさ。」
「なら…とりあえず安心、だな?レネのこともあるし、村もこの状態だ。みんなで山を下りよう。レネたちだけでも、先に下りられる程度に山道を整え、川下の村で人を手配して復興作業の手伝いに来てもらおう。」
ボルドーが今後の動きを村人たちに伝える。
ボルドーは、すでにある程度のことは決めていて、村人たちにも話してあったようで、特に反対意見もなく話し合いは終わった。
———
「昨日までの激しい日々が嘘みたいですね。」
悠が碧い空を見上げながらカッシオに話しかける。
「ああ。そうだな。」
「…僕は何もできませんでした。みんなは責めたりしませんが、トールさんたちを犠牲にしてしまった。」
「…誰も犠牲にしないなンて、夢物語だろ。」
「でも、……そう、ですね。」
悠は言葉を飲み込み、不味そうに顔をしかめる。
「おにいちゃんたち、なにを話してるのー?」
悠たちの後ろからテオの大きな声がする。
振り返って見ると、テオは農具を載せた小さな荷車を数人の子どもたちと引いていた。テオの顔は思っていたより曇ってはいなかった。
「ちょっとね。…その、本当にごめんなさい。おじいちゃんのこと。」
悠はテオに頭を下げて謝る。
「お兄ちゃんが悪いわけではないでしょう?なんであやまるの?」
「だって、一緒に行って、見送る時も一緒だった。そんなことにならないようにできたかもしれないのに。だから——」
「やっぱり悪いことしてないじゃん。一緒に行って、最後におじいちゃんにさよならってしたんでしょう?なにをあやまるのさ。」
——ああ、自分は自惚れてたかもしれへん。
——上から目線に、この世界の人たちより、自分の方がどっか優れてて、助けてやれるとか考えてもうてたんかもしれへん。ほんま俺はクズや。
「やっぱり、ごめんなさい。」
悠は悔しさと幼い子どもに諭される愚かさ加減に、再び謝罪の言葉を口にしていた。
「…変なの。」
「じいさんがいなくなって寂しくないか?大丈夫か?」
カッシオがテオに尋ねる。
「さびしいし…悲しいよ。」
テオは顔を曇らせる。さっきまで泣いていたのかもしれない。よく見れば目の周りが赤くなっている。
「けど、死んじゃったあとにね?おじいちゃんが言ってたんだ。」
「ぜんぶうまくいったら、ちゃちゃっとむこうに行くって。ぼくらがおじいちゃんになって、むこうに行ったとき、どんな人生だったか、聞かせてくれって。」
「だから、さびしいけどだいじょうぶ!いっぱい楽しいことしておいしいもの食べて、おじいちゃんに教えてあげるんだ!」
テオは元気な声で、明るい未来をその目に映して笑う。
「そっか…。そうだな。いっぱい楽しく生きねぇとな。」
「うン……テオ。俺らも手伝うよ、それ運ぶの。なぁ悠。」
カッシオは辛さを押して、少しだけ笑って言う。悠も同じように少しだけ笑って頷いた。
しかし、テオは少し困ったように作業する大人たちの方をちらりと見る。
「でも、お兄ちゃんたちはつかれてるから、休ませてやれって…。」
「あっ!そういえばお母さんがちょっと手伝ってほしいって呼んでたよ!」
「おお?そうか。じゃあすぐに行くよ。」
「ありがとう、テオ。すぐに行きます。」
テオと子どもたちの背を見送ってから歩き出す。テオに、トリリシャが彼ら家族の家にいると聞いて、そこへ向かうと彼女は少し呆けたように庭先の荒れた花壇を眺めて座っていた。
「来たぜ。待たせちまったか?」
「…ッ、いいえ。来てくれてありがとうね。お父さんが言っていた手紙を探したくってね。」
トリリシャは少しぼんやりとして見えたが、普段の調子で話す。
「あぁ、ニルスさんの。トリリシャさんの旦那さんですよね?出稼ぎに行ったという。」
「そう。でもね?ずっと前に、テオがちっちゃい頃に便りが無くなったから、もう……。」
「って思っていたんだけれどね。お父さんたらひどいわ。手紙を隠しているなんて。」
「何か、事情があったンだろう。」
「…そうね、少し見るのが怖いの。だから、誰にも言えてなくて、一緒に見てもらえるかしら?」
「僕らで良ければ構いませんが…、見ても良いんですか?」
悠がトリリシャの顔を伺うように見ると、目が合う。
「……わたしじゃ手紙を開くこともできないから…。」
トリリシャの目には決意が見えた。巻き込まなければならないことに申し訳なさを感じつつも、それ以上に優先しなければならないことのための決意が。
「それでニルスの手紙があるっていうのは…?」
カッシオがトリリシャに尋ねる。
「こっちよ。ハルの使っている倉小屋の一階の床板を外してもらえるかしら?そこにあるはず。」
トリリシャに導かれて倉小屋に向かう。幸いにも、水や泥に塗れてはいたが外のように大きな瓦礫などに侵食されてはいなかった。
そして、トールが酒を隠していたのであろう床板は少し浮き上がりずれていた。
「これか。おっ、あのじいさんめちゃくちゃ良い酒隠してるじゃねぇか。これなンか、今手に入れようと思ったらちょっとまとまった金がいるンじゃないか?」
カッシオが少し興奮気味にお酒を手に取る。
「ほしけりゃ、あげるわよ。お父さんしかうちでは飲まないもの。」
「いや、悪りぃよ。売ったほうがいい。何だったら近いうちに売ってきてやるよ。」
「もう。いいですか?カッシオ。そんなの放っておいて、手紙でしょう?」
悠がお酒の瓶を一つずつ取り出していき、底板が見える。
「そうだったな。悪い。これ外したらいいンだな。」
カッシオが底板を持ち上げて外すと、木彫りの宝箱のような形の箱が中にあった。
「これ、ですね。手紙は…。——あぁ良かった。濡れてませんね。」
悠が手紙の束を上から手に取り確かめる。
手紙は何通もあり、時折り送られて来ていたことがわかる。
箱の底の方にある手紙は比較的綺麗だったが、上にあるものは少しくたびれて見えた。
「日付は…、上にあるものの方が新しい?」
悠はささやかな違和感を覚えた。
悠はそのせいですぐに手紙を開く気になれなかった。
「どうしましょう」と尋ねるつもりでトリリシャを見ると、緊張している様子で怯えが少しその目に見えた。




