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深淵からのぞいていたのは、あくまでも神でしたか?  作者: Yuzuki
第一章 「死者と共に暮らす村」
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第十八話 「決断」

第十九話は4/8(水)に投稿します。

よろしくお願いします。

 雨は、音を立てて降り始めた。


 雨が木々の葉を叩くさらさらとした音は、あっという間に屋根を叩く轟音に変わる。屋根を打つ水の重みが、蔵の梁を震わせ、地面の奥から湿った匂いを引きずり出していた。


 蔵で過ごした一晩の閉塞感から逃れるように外へ出ていた村人たちは、急いで屋内に戻っていた。


「こんな時だってのに、ばかみてぇに降りやがる。」

「今日ばっかりはサラビも来ないかもしれないね。」

「だと良いんだがな。恵みの雨か、滅びの雨か……。」

「変なこと言わないでよ!子どもらが怯えるだろ?」

 村人たちのそんな会話は雷雨に溶けるように次第になくなり、少し早めの夜が訪れようとしていた。

 

「親父、どうする?」

 ボルドーはゴードンに短く、指示を求めた。


 しかし、ゴードンの答えはすでに決まっていた。

「お前が決めていい。」


「そ…うか。わかった。」

 ボルドーは少し驚いたが、ゴードンの答えを飲み込んだ。


「みんなも言っていたが、サラビたちも今日は動けん可能性がある。川も増水し始めているだろう。誰も外に出ず、この雨による災害に備える方が優先だな。」


「うむ、それでいいだろう。だが、サラビはただの動物ではない。備えはしっかりしておけ。」


「わかっている。今日は少し屋内にとどまる人数も増えるが、蔵とうちに分かれてはどうだろう。」


「そうだな。怪我をしたレネを蔵で寝かせておくのは可哀想だ。綺麗な部屋をあてがってやるとよかろう。」


 彼らの会話をすぐそばで聞いていた、カルロスが腰をさすりながらゆっくりと立ち上がる。

「すまん、助かる。俺と妻も一緒に居てやりたいんだが、良いか?」


 ボルドーは申し訳なさそうな顔を浮かべる。

「そんなに畏まらないでくれ。俺の失策のせいであの子を怪我させてしまったんだ。当然、そうしてくれ。」


「いや……ありがとう。」

 カルロスは言葉を飲み込み、ただ感謝した。


———


 山から帰還した者、村でサラビの誘導策に参加した者、子どもたちは村長宅での滞在となり、その他の村人たちは蔵で過ごすこととなった。


 しかし、カッシオは家の裏の軒下に椅子を持ってきて座り込んでいた。何も見えないはずの夜闇をひたすらに見つめていた。


「カッシオ、そこ、濡れませんか。」


「…うン。」


「俺がやるべきなンだよな。」


「……そう、かもしれません。」


「でも、やろうと思って立ち上がろうとすると足が動かなくなンだよ。足を進めたらもう取り返しがつかないように思えるンだ。」


「”殺し”ですから。命は失われたら二度と戻りません。『間違えた』ってやり直しなんてできません。躊躇って当然ですよ。」


「……作戦なんか無いンだろ?俺のために時間作ってくれたンだよな。すまん。覚悟決めなきゃだよな。」


「……。」


「中、入ろうぜ。付き合ってくれてありがとな。」


 二人はその後何も話すことなく、眠りについた。


 布団に入るまで悠は得体の知れない気持ち悪さに支配されて眠れる気がしなかった。しかし、横になっただけで意識は眠気に塗りつぶされた。


———


「——、!」

「——いぞ!崩れる!!」


 突然の叫び声に目を覚ます。

 悠の目に入ってきたのは天井がまるで、紙のように崩れていくところだった。


 綺麗な室内をまるで嬲るように壊していく。

 壊れたところから水が滝のように流れ落ちてくる。

 布団はぐちゃぐちゃの泥に潰されている。


——あそこにいたら。


 ふと気づくと悠はカルロスに襟を掴まれていた。布団から引き摺り出され部屋の隅まで避難させられていた。その肩にはレネも乗っているが、意識は戻っていないようだ。


「ほ、ほかのひと!たちは?」


「妻は先に逃した。それに蔵よりこっちの家の方が山に近い、あっちは無事だろう。ただ、一番奥の部屋は……。誰か使っていた…よな?」


「いえ、わかりません…!」


「そうか、ひとまず家を——」


ずべちゃ!!

びぢっ。びちち。


 白く濁った目、ずんぐりとした胴体。

 体のあちこちを傷だらけにしているが、強い生命力を感じさせる”それ”が上から降ってきた。


——サラビだ。


 悠がそう考えた次の瞬間、視線がブレる。

 カルロスが力任せに悠の襟を引っ張ったのだ。


「ぐへ、げぼっ、ごほっ。ずみまぜん。だすかりました。」


 悠がいた場所に向かってサラビが突っ込み、板壁を壊していた。


「すまん、首大丈夫か?咄嗟だったんでな。」

 カルロスは目線をサラビに向けて、悠とレネを背に庇う。


「大丈夫です。もう自分で動けます。」


「ああ、そうしてくれ。もうそろじじいだってのに、ここしばらく無理しすぎた。」


「カルロスさんが先に部屋を——」


ばぎばきっ、だぁん!


「無事か!」

 ボルドーがこじ開けるように雨戸を開こうとする。ゴードンも一緒だ。


「うおっ!サラビ!!」


——そうか、部屋の入り口は潰れて——


 悠は一瞬思考をサラビから外してしまった。その隙を逃してはくれなかった。


 サラビに目を戻した時、サラビの口の中が視界いっぱいに見えた。一瞬のはずなのに歯の数まで数えられそうに思えた。


——あっ、死んだ。サラビの牙って結構太いんやな。


——死んだら自分も幽霊になるんやろうか。


——幽霊、ねえ…。


 だが、サラビの牙は悠に届くことはなく、その口は目の前で閉じられた。


 悠の喉からひゅっと音が出る。


 ゴードンが半開きの雨戸の隙間から身を切るのもいとわず、部屋に飛び込みサラビに飛びかかったのだ。


「ボルドー、開け!!」

 サラビの首を脇に締め上げるようにして抱え込んだゴードンは部屋からそのまま飛び出す。


「親父、どこへ!!」


「川だ!!」


 悠たちもボルドーの開けた雨戸から外へ出ると、他の村人たちも雷雨の中へ飛び出してきていた。


「おい!村長はどこへ行ったんだ!?」


「サラビを川に捨てに行った!」


 暗くてよく見えなかったが、上流の水門が壊れたのか、水路は増水してあたり一面が川のようになっていた。


ずずずごごおぉお!


 轟音が再び山から鳴り響く。雷が耳の側に落ちたかのような大きな音だ。


 山を見ると、土砂と木々、水が混じった黒々とした塊が川を落ちるようにして流れてきていた。


「ッ!!まずいぞ、親父!!早く戻れ!!」


「ゴードンさん!!」「村長!!戻って!!」「ゴードン!!捕まれ!!」


 ボルドーの声に続いて、轟音に負けまいと村人たちの叫び声が響く。


 しかし、微かに見える暗い闇の中で動くゴードンの背中は土砂に巻き込まれるようにして姿を消した。


 その後、夜が明けてもゴードンが帰ってくることはなかった。


———


 カッシオは悠と同じ部屋をあてがわれていたはずなのに、土砂崩れに家が飲み込まれた時はいなかった。

 用を足しに出ていて巻き込まれたかと危惧されていたが、カッシオは明け方にひょっこりと帰ってきた。


 村人たちが村長の家の前の広場に集まっているところに、カッシオは心配そうな顔でおずおずと声をかける。

「みんな、無事か?」


「無事に見えるか?お前は、今までどこにいたんだ?」


「釣り小屋に避——。」


 気の荒い男はカッシオが話すのを遮り、憎々しげに吐き捨てた。

「てめぇがうだうだやってる間にぃ!村長が死んだぞ!」


「う、嘘だろ?なんで……。」


「サラビだよ!奴が土砂に紛れて襲ってきたんだ!で、カルロスたちを助けるために奴を巻き添えに川に飛び込んだんだ!!」


「そ、そんな…。」

 カッシオの目に涙が溢れ出し、膝をつき俯いてしまう。


 その姿を見てさらに腹を立てた男は、頭の上から殴りつけるように怒鳴り散らす。

「くだらねぇこと言って、覚悟を後回しにしたつけだ!!てめぇがゴードン村長を殺したんだ!!」


「もう!やめろお!!」

 ボルドーが集団を分け入り、カッシオを庇うように立つ。

「俺が!朝まで待つと決めたんだ!!俺の判断を誤ったんだッ!!」


「そうは言うけどさ、ボルドー。さっさと腹括ってたら親父さんは死なずに済んだんじゃないかい?」

「それにもう朝だよ。時間切れだ。男どももそんなに追い詰めるようなこと言ってやらないでよ。早く龍を殺してもらわなきゃだろう?」

 村の女たちの言葉は同情的だったが、悠の耳に聞こえる声に同情の色は毛ほども感じさせなかった。


「…あぁ…や、やるよ。覚悟決める。ごめん…みんな。迷惑かけた。」

「ボルドーもすまん。俺がバカだから、お前の親父死なせちまった……。」


「そんな言い方をするのはやめろ!カッシオ、お前の親父でもあるだろ!」

「それに死んでたら、幽霊となって帰って来るはずだ。……流されて山で死ななかっただけかもしれんが。」


 カッシオはボルドーの言葉に何も返さず、あてがわれていた部屋の雨戸に手をかける。


「おい、今すぐに行くのか?」

 ボルドーがカッシオの背中に声をかける。


「ン。…これ以上俺のせいで誰か死なせたくないし、死んで欲しくねぇから。俺一人で行くよ。」


 悠もボルドーの後ろから声をかける。

「僕も一緒に行きますから!カッシオ!」

「何にもできないかもですけど、それでも一人はダメです!!」


「…無理すンな。山道はぐちゃぐちゃだろ。悠には登れねぇよ。一人で行くさ。ボルドーも来ンなよ。お前が次の村長だからな。」


「しかし…。」


「死者は足元の悪さなんぞ関係無いぞ。わしも行こう。」

 トールは山を一瞥し、目を伏せる。声は低く、感情の起伏を感じさせない。


「そうだな。たとえハルの助けがあっても生者だけでは登るのは難しいだろう。わしら死者の支援が無くては辿り着けんかもしれん。」

 ライエンや他の村の幽霊たちも短く頷く。


「もう、わたしたちに足踏みをしていられる時間はないもの。」

 トリリシャも子供たちを一目見やり、決意を表明する。


「ありがとうございます。一緒に行きましょう。」

 悠は頭を下げて感謝する。カッシオも少し頭を下げたが、目線を誰とも合わせることはなかった。


 悠はそんなカッシオの目を見る勇気を持てなかった。

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