第十七話 「抗い」
第十八話は4/6(月)の深夜に投稿します。
いつも読んでくださりありがとうございます。
これからも励みます。
蔵の中では、村人たちが身を寄せ合って息を潜めていた。
窓に打ち付けられた板の隙間から見える空はまだ暗い。
蔵の外から聞こえるボルドーたちが出す金属音、そしてサラビたちの這う音が途切れ途切れに延々と続き、誰一人として深く息をつけるものはいなかった。
ボルドーたちの音での誘導はそれなりの成果を見せた。サラビたちが村を離れた時には誰もが安堵の息をつき、「まだやれる」とわずかな希望を抱いた。
しかし——。
レネはサラビとの交戦で胸に深い裂傷を負って意識が戻らず、ボルドーも長い交戦の末に撃退したものの軽傷を負った。
二人が抜けたことでカルロスと村人二人は村中を駆け回り、疲労困憊で今にも倒れそうなほどだった。
死人は出なかった。だが、戦力らしい戦力のいない村では、実質的なタイムリミットを無視できなかった。
「……もってあと数日ってとこか。」
「村長らが龍に話をつけて帰ってきてくれれば……。」
希望は淡く、縋るには頼りない。もはやそれが希望と呼べるものなのかさえ、村人たちにはわからなくなっていた。だが他に縋る先はなく、それを疑う余裕も残されていなかった。
「早く…帰ってきてくれ……。」
蔵の中で誰かがそんな呟きをもらす。
サラビたちが去って、村人たちが気を失うように眠りにつき始めた頃、誰もが待ちわびた夜明けがきた。しかし、空の端には再び厚い雲が見えた。
———
夜明け前に眠りにつき始めた者が目を覚ます昼前に、蔵の外が騒がしくなる。
「もしかして……ッ!」
蔵の中にいた村人たちの顔がぱっと明るくなる。
「帰ってきたのかい!?」
蔵の外で見張りに立つ男に皆が一様に尋ねる。
「あぁ!帰ってきた!」
蔵の外に飛び出すようにして、”希望”を迎える。
しかし、”希望”の一行の顔はどこか暗く見えた。
一行の先頭にいたゴードンは言いにくそうに、何度か考えるようにして口を開く。
「龍と会って話してきた。解決できそうなんだ……が、なんと言えばよいのか……。」
「助かるのか!?良かった!もうほとんど諦めてたぜ。」
「あぁ、良かった!やっぱり神さまはいたんだなぁ!」
村人たちはゴードンの言葉を聞き、泣きながらお互いの肩を抱き合い、喜びを分かち合う。
ゴードンは村長宅の外の椅子に腰をかけ、村人たちの様子を苦々しい表情で見ながら続きを話す。
「…喜ぶのはまだ早い。……ッ、聞いてくれ!解決できそうなんだが、その方法はあまり取りたくないんだ。」
「なんでだよ?……まさか、生け贄が必要とか言われたか?」
「違う、しかし一つの命が失われることになる。龍を、彼の者を殺さなければならんそうだ。」
「……殺せるもんなら殺してみろとでも……?」
「いや、龍は既に死ぬ覚悟のようなんだが……。」
「じゃあ何が問題なんだよ?早いところ殺してやればいいじゃねぇか。」
村人たちの声に焦りが混じる。
「いいよ、親父。——その……、龍を殺せるの俺だけみたいなンだ。でも、殺しなんてしたくねぇ。」
カッシオは自分の言葉を強い意志を持って告げる。
「……は?ふざけてんのか?さっさと野郎をぶっ殺せよ!!」
「何言ってんだよ!それでみんな助かるんだぞ!?」
「男どもうるさいわよ!カッシオの言いたいことをちゃんと聞いてやんなさいよ!」
カッシオは言葉を選びながら話しはじめる。
「…俺は漁師だ、だから魚を捕って食うし、猪を罠にかけて捕って食うこともある。」
「それだってあんまり気分よくはねぇけど、うまいもん食うのは好きだし、みんなが喜んでくれる。」
「でも、龍を殺すのは違うだろ?こんな状況じゃなきゃ友だちになれるかもしれねぇ奴をなんで殺さなきゃなんだよ!なんかさ、何もかもが上手くいって殺さずに済ませられるんなら、龍だって別に死にたかないと思うンだよ!」
「……それは綺麗事だ。理想論だ。これが戦争ならどうだ?『そんなつもりは無かった、ごめん』で許せるところはとうに過ぎてるんだぞ!!」
「あのさ…カッシオ、何も気に病むことはないさ。相手に落ち度があった。そして解決のために死ぬって言い出したんだろ?スパッと殺したって誰もお前を責めたりしないさ。龍だって恨みっこないよ。」
「それにな、カッシオ。レネも大怪我したんだよ。婆さんが言うには山を早いところ下りて治療しなきゃまずいんだって。立派に戦ったレネが、死んだりしたら、お前責任取れんのか?」
悠は、村人たちがカッシオに縋り付く様子を見て焦って怒鳴るように声を上げる。
「みなさん!!待ってください!!僕らがひとまず山を下りたのは皆さんの知恵を借りたいと思ったからなんです!」
「…あ?また、お前か——」
気の荒い村の男が悠を責めるようにして詰め寄るのをトールが止める。
「ハルの言う通りだ。わしらが龍様に聞いたことをまず共有させてくれ。山にいつからか”異物”が入り込んで——。」
「——なるほどな。理由はわかったよ。それで知恵を借りたいってのもわかった。」
「でも、その”気”自体が俺らにはよくわからんのだぞ?知恵を借りたいと言われても見当もつかねぇ。第一、他の方法って言われても今日明日には解決しねえと誰が死ぬかわからん状況だぞ。余計なこと考えたってそれが上手くいく保証もないだろ。」
「少し時間を貰えませんか?それでみんなで考えてみてダメならカッシオに頑張ってもらいましょう?龍は人ではありませんけど、人に自分のこと殺しても良いよって言われても殺せないなんて至極普通のことじゃないですか……。もし、ゴードンさんが犯人だったとして、『わしが悪かったから殺してくれ』って言っても本当に殺せる人はここにはいないでしょう?」
「仮定の話なんて無意味だろう……。だが言いたいことはわかったよ。」
泣きそうな悠の声を聞いて、少し村人も冷静さを取り戻す。
「……みんなの合意が得られるなら、明日の朝までを期限としたらどうだ。今晩くらいはなんとか凌げるだろうしな。」
ボルドーが蔵の入り口の戸からゆっくり歩いてきて声をかける。
「親父、無事に帰って良かった。」
「お前もよう凌いでくれた。」
ゴードンがボルドーの腰のあたりをぽんと叩く。
「異論のある者も当然いることだろう。俺の意見としては、カッシオによって手を下すのが簡潔で良いとは思う。」
「だが、山から強大な存在が居なくなれば他所からどんな厄介が舞い込まないとは限らん。ほんのひと時位は頭を悩ませる方が良いと判断する。」
ボルドーが毅然と意見を述べ、異論は合っても受け付けないという様子だった。
そしてその通りに村人たちから異論は出ず、ひとまず解散となった。
———
「あなたたちが無事に帰って本当に良かったわ。」
悠とカッシオは、トリリシャ一家と遅めの朝食を取っていた。
「お父さんもついてるから、帰っては来ると信じていたけど、やっぱり心配だったものね。」
リオーネは疲れた顔をしているが、心の底から嬉しそうな声を出す。
「ぼくはぜったい大丈夫だと思ってたよ!」
テオは大人たちの様子を見て、少し興奮した様子で言う。
「あんたさっきまでおばあちゃんに抱っこされたまま寝てたでしょ。」
アイネがテオをからかう。
「テオはまだまだ甘えん坊じゃなあ。」
トールはテオの頭を撫でようとして手を伸ばすが、少し寂しそうな顔をして手を戻し笑顔を作る。
そんな家族の様子を見るカッシオの表情は辛そうに曇っていた。
「ご飯を食べ終わったら、どうすれば解決できそうか一緒に考えてはもらえませんか?」
悠はカッシオを横目で気にしながら、トールに願い出る。
「ハルはいつまで経っても他人行儀だのぉ。当たり前だろう。家族のためにできることをするのは。」
「カッシオもそんな顔しとらんで、顔をあげて一緒に考えんか。」
トールは優しい笑顔を浮かべて二人に目を向ける。
「ぼくも考えるよ!」
テオが手を上げて、立ち上がる。
「テオはそもそも何が起こってるかもよくわかってないでしょ!」
アイネがテオの手を掴んで座らせようとする。
「ぼくわかってるもん!おじちゃんが龍とたたかわないといけなくて、困ってるんでしょ?」
トリリシャが優しく微笑みながらテオの隣に座る。
「テオは賢いわね。ゴードンさんたちの話しを一度聞いただけなのにわかるのね。」
「少しお声が大きいから、小さな声でお話ししましょう?」
「みんなも考え中だから、いい考えが浮かばなくなっちゃうわ。わかった?」
トリリシャが興奮するテオを宥める。
「わかった!!」
「…みんな、ありがとうございます。」
悠が嬉しそうに笑い、その笑顔を見て一家も笑顔になった。
全員が食べ終わったのを見届けてトールが口を開く。
「さて、そのなんだ、山に入り込んだ妙な気が龍の体調を崩させておるのだったな。それでつられてサラビたちは理を失ったと。」
トールがトリリシャやリオーネにも確認するように話し始める。
「ええ、そしてそれは生命を拒むようなものらしいです。ただなぜかカッシオの体には馴染んだらしくって……。」
「あんまり体に良さそうじゃないわね。毒みたいなものかしら?カッシオには毒への耐性があったと考えるとわかりやすいかしら?」
リオーネが悠に尋ねる。
悠はそれに頷く。
「そんな感じだと思います。カッシオは何というか野生児みたいだから、異様に生命力が強いとかで平気なのかもしれません。」
トリリシャが少し考え、話し始める。
「カッシオがその気を全部、龍の肩代わりするとかはできない?……わよね。流石に、一度倒れているものね。」
「…無理だと思う。気がどうだとかは全然ピンとこねぇし、沼にもう一度行った時は何ともなかったけど、ただ慣れただけじゃねえかって感じだ。」
「どくなんだったら吸い出してぺってしなきゃだよ。おねえちゃんが蜂にさされたとき、おばあちゃんそうしてたもんね。」
「その毒を吸い出したあとに、どこにぺってするかが問題なの!残ったままだと山がダメになっちゃうから。だよね?」
アイネがテオに説明してあげて、間違ってないかを悠に確認する。
「そうなんだよ。ありがとうね、二人も考えてくれて。」
悠がお礼を言うと二人は「どういたしまして」と笑う。
リオーネがふと顔を上げて、悠に尋ねる。
「サラビたちが理を失ってしまったのが龍が原因なのはわかったわ。なら、サラビたちだけを治すとかはできないのかしら?そうすれば少なくとも私たちは襲われる危険がなくなるわ。」
「ッ!確かに!それは確認しないとですね。」
「だが、龍がそれを言わんかったのはわけがあろう。それはできないのかもしれん。他の方法も考えておかんといかんぞ。」
トールが少し緩んだ空気を引き締めるように忠告する。
「だな。そもそもどこから湧いて来たンだろうな?龍の口ぶりだとじわじわと、というより、ある日から突然にって感じだよな。」
「どこから来たんでしょうね。本当にはた迷惑な話ですよ。」
「……その気もそうだが、そもそもハルは”どこ”から来たんだ?」
トールがついに言ってしまったという顔をする。
「山でカッシオが見つけたのは聞いた。しかし、あそこへはこの村を通らないなら、行くのはほとんど不可能だろう?」
「疑うわけではないが、ハルが言ってもいいと思うなら話してはくれんか?」
「じいさん、前も言ったが言葉も通じなかっただろ?だから”外国”だって——」
「カッシオ、別に大丈夫です。特に言いにくい事情とかは無くって、ただ言っても信じられるような話じゃないのかなって思ってただけですから。」
「僕はその、”神隠し”って言えば良いんでしょうか、伝わりますか?」
「いや、よくわからん。神が隠すのか?人を?」
「僕の地元ではふと人が前触れなく居なくなることをそんな風に言うんです。これも言ってなかったんですが、僕の居たところでは幽霊とか妖、ましてや龍なんて物語だけの存在でした。……知らないだけで居たかもですけど。」
リオーネが頭の上にたくさん疑問符を浮かべた表情をする。
「そして、隠されて来たところがここってことかしら?」
「どうりで、最初の頃、よくわたしのことを見ているなって思ったのよ。」
トリリシャがようやく納得したといった様子で頷く。
「幽霊だが美人だからな、てっきり気でもあるのかと思っておったわ。」
トールがガハハと笑いながら悠をからかい、リオーネに「よしなさい」と怒られる。
悠が苦笑いを浮かべながら、トールの軽口を流す。
「僕の住んでいたところは、こことは違うことが多いですけど、その生を拒むような気があったとは思えません。」
「ただ、神隠しでこの世界に来た時に一緒に紛れ込んだとかはあり得るのかもしれません。今回の異変と僕に直接関係はないですけど、同時期に変わったことが重なれば関係を疑うべきだと思います。」
悠の話を聞き終え、誰もすぐに言葉を継げなかった。
トリリシャは腕を組み、深く息を吐く。
「……おそらく、ハルが来たことと山の異変に関係は無いってことね。」
「はい。」
悠ははっきりと頷いた。
「少なくとも、僕には思い当たる節がありません。……何かを“持ち込んだ”感覚もないです。」
「なら、やっぱり変だよな。」
カッシオが低く呟く。
全員の視線が、自然と彼に集まった。
「ずっと頭で何で俺がって、考えてた。龍は、俺なら殺せるって言ってたけどなんで”俺”なンだ?」
「それは、その気があなたの体に馴染んだから……。」
リオーネがカッシオの意図を図りかねるといった顔をする。
「そうじゃなくって、龍が体を壊しちまうようなもんが、俺には馴染んで、俺なら解決できるってなんかおかしくねぇか?」
その言葉に、トリリシャがそっと眉を寄せる。
「……誰かが、そうなるように仕向けた、ということ?」
「わからん。」
トールが首を横に振る。
「だが、偶然が重なりすぎておるのも事実だの。」
悠は、カッシオの横顔を見つめた。
——自分がここに来たことはなんかの偶然なんやろうか?
カッシオと出会ったこと。そして今、彼だけが“選ばれている”という状況。
——自分が今日ここにいることには何か意味があるんやろうか?
そう思ったが、口には出さなかった。
外から、風に混じって雷鳴が届く。
「考える時間は、そう長くはないな。」
トールが重く言った。
この異変はただの自然災害のようなものなのだろうか。
その答えはまだ見えない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。
これを解決できる当事者は悠ではなく、カッシオだということだった。




