イチ。
婚約者が私の発した何気ない一言に重きを置いて大掛かりな魔法を使って魔獣の大討伐を果たした後で、彼女が倒れた。私は慌てて駆け寄ろうとしたのだが、彼女の師匠であり筆頭魔法士として有名なジラン殿に睨まれた。私が誰なのか分かった上で。私の侍従や護衛がジラン殿に殺気を放って不敬な、と言わんばかりだが、彼はそれどころじゃない、とでも言いたそうな顔で彼女付きの護衛と共に形式上と分かる雰囲気で頭を下げて立ち去る。ついでに彼女付きの護衛にも睨まれた。彼女付きの護衛も彼女が幼い頃からだから私のことを知っているのに。
「はっはっは。済まんなぁ。我が弟子の態度を謝っておこう」
不意に大声で笑い出した男に話しかけられてそちらへ視線を向ける。
「貴様、不敬だぞ。こちらは」
私の従者が気色ばむ。先程ジラン殿と彼女付きの護衛のダンと言ったか……二人から睨まれたことも気に入らないから、余計にこの目の前の男の不敬な態度が気に入らないのだろう。従者が何か言うより早く、目の前の男から威圧感を覚える。それに私だけでなく従者も、私付きの護衛達も全員が呑まれて目の前の男が只者ではないことを肌で感じ取った。
「そう熱くなるな、若者よ。顔から見るに王家の血筋だろう。さっき孫弟子が第一王子殿下だ、と私に伝えてくれた。そうであろう?」
私は男の問いかけというより確認のような口調に頷く他ない。
「では孫弟子について少し意見を言わせてもらおうか。第一王子よ。なぜ孫弟子に無茶な魔法を使わせた?」
「孫弟子……。彼女のことか? いや、私は、そんなつもりは無かった」
「よく聞くな。そんなつもりはない。では、どんなつもりだったんだ。知らないから何となく言った、なんて仮にも王族の言葉ではない。貴族も王族もその発言一つで人の命さえも危ぶむことを知っているはず。理解しているはずではないのか」
静かな声で自分の発言の重みを突き付けられ、私は黙る。その通りだ。だから、彼女は私の望みを叶えようと無理なことをしたのだ。だから彼女は倒れてしまった。
「ああ、魔獣討伐の恐ろしさを理解していなかったのか」
私の表情は変わらなかったはずだが、目の前の男は私をジッと見てから溜め息をついた。溜め息を吐かれてしまうことに抗議も出来ない。確かに私は魔獣討伐について恐ろしさを聞いていたが理解していたとは言えなかったから。
だから彼女があんな大掛かりな魔法を使う事すら考えていなかった。
「そうか。そんな男が孫弟子の婚約者か。……少しこの国に滞在しておかねばならぬようだの」
男は独り言のようにそんなことを口にして、少し残念そうに私を見た。
「無知とは罪。無論知らぬことを責められはせん。だがな知らないなら学べ。知らないのに迂闊な発言をするな。孫弟子は予想だと……ひと月程は寝込むはずじゃ。死にはせん。だが通常の生活を送れるようになるのに、ふたつき、いや、みつきは掛かるだろうよ。それはそなたが王族故に発した言葉が原因だな。孫弟子は臣下としてなのか婚約者としてなのか、それに応えるべきと判断した。だから無茶なことをした。それをそなたは理解しておく事じゃ」
若い見かけに寄らず随分と年寄り染みた物言いをする男は、ではな、と消えた。
……消えた? は?
私も侍従も護衛たちも息を呑んで何がなんだか分からない、という顔をする。
「さすが、ハイド様。まさか転移魔法まで扱えるとは……。自然の力だけでなく空間魔法などと伝承レベルの魔法を難なく使うとは思いませんでした」
少し離れた所から聞こえてきた声に目を向けると何人かの魔法士……先程まで魔獣討伐や治療魔法を使っていた魔法士たちが居た。その中の一人が感心したように、そして尊敬するように発言していたことから、今の男が有名な魔法士なのだと理解した。
我に返った私は王城に帰還するがその間、あの男が話していた彼女の状態に対する予想が頭の中で繰り返されていた。
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