サン。
レバーム嬢が十五歳の誕生日を迎えた日のこと。彼女の家は大々的にパーティーを開かず、親しい者だけを招いて食事会をする。公爵の意向なのか、彼女があまり派手なことを好まないのか、そこまでは分からないけれど、誕生日パーティーを開いたことは一度も無い。当然招かれたこともない。
ただ、毎年互いの誕生日には会うことは父上との契約だから彼女も私も会う。だが彼女が十五歳を迎えた今年は公務も開始することを父上が通達していたから、更に会う機会は増えるだろうことは見越される。だから。
今年の誕生日こそは自分から歩み寄ることにしようと決めた。
彼女の誕生日に訪れ、プレゼントを渡すだけで帰ってしまっていた去年までと違い、一言になってしまったとしても、彼女に祝いの言葉も添えようと思うし、毎年、自分のためにお茶の席を準備してくれていたのに意地を張って帰ってしまっていたが、今年からはお茶の席に着いてゆっくりと祝おうという決意の元で行った。……が、お茶の席が準備されているとも言われず玄関ポーチで挨拶をされてそのままの対応をされ、呆然とした。侍従に促されて誕生日プレゼントを渡して「おめでとう」という一言を付け加える予定だった。
予定だったのに、その一言は結局出なかった。
そのまま侍従に促されたと思う。気付いたら馬車に乗っていて頭を抱えた。侍従に「今年こそはお茶の席に同席してきちんと祝うつもりだった」と吐露したところ、今更ですか、と呆れたような声で言われた。けれど、では馬車を戻しますか、と尋ねられても「いや、それはいい。遠慮する」と断ってしまった。
そこで素直に戻る決断が出来ないから、距離が縮まらないのです、と更にダメ出しされる。長い付き合いで遠慮が全く無い。側近は執務の時に必要で、この侍従には執務以外に付き添ってもらっているのだが、この調子で執務にまで目の前の侍従が居たら私はかなり凹んでいただろう。
……どれだけ助言が的確でも。
それとやはり今頃になって気づいた。これからは共に公務を執り行うから「よろしく頼む」という一言を彼女に伝え損なったことを。侍従しかいないからなのだが、溜め息を溢す。……王族として育てられている私は溜め息一つ溢すだけでも周りが騒いで忖度されることを知っている。だから常に笑みを刷くか無表情を貫くか、その時その場に合わせてどちらかの表情のみで感情を溢すことをしない。感情を表せる相手はこの侍従か私的な場での家族だけ。
そこに本来なら婚約者であるレバーム嬢も入れば良いと自分で望んでいながら、現実はそこから程遠い。……彼女に名前を呼ぶことを是としていないことがその証拠だ。これは私が彼女と話す機会があっても無言を貫いてしまう悪癖の所為だ。
彼女から望まれないから許しを出してない。
そんなのは言い訳だとも分かっている。話しかけられても殆ど無言か最低限の返事しかしない私に、名前を呼びたいなどと望んでくる婚約者なんて居ないだろう、と分かっている。分かっていても、どうにもならない。
何故か私は彼女にだけは、自分が望むような振る舞いが出来ない。さっさと謝って婚約者として交流すればいいのに全くそれが出来ない。ブサイクだなんて思ってもないのに、それを否定することが出来ない。……最初から。初めて顔を合わせた時からブサイクだなんて思ったことが無いのに。何故そんな言葉が出て来たのか、自分でも分からない。そしてそれを否定し謝ることも全く出来ない。
そう、いつだって私は彼女に対してだけは私が考える振る舞いが一つも出来ないのだ。
だけどこれからは。公務も共に行う機会も増えるが結婚すれば更に二人で何かをすることが増えるだろう。そのためにも「よろしく頼む」と言っておきたかったのに。つくづく自分の情けなさに項垂れてしまう。だが視察が入っていることは連絡が行っているはずだし、もう動かせられない予定。ならば気持ちを切り替えるしかない。
そうして迎えた当日。
仲の良い婚約者を演出する必要がある、と侍従に言われて公爵家まで迎えに行く。馬車の中で待っていると軽やかな声で挨拶され。そちらに目を向けて危うく声が出そうになった。
なんだこの平民姿にやつしているようでその高貴さが隠れてもいない令嬢は!
これでは変な輩に目をつけられてしまうじゃないか! もう少し高貴さを隠してこい!
そんな想いを込めて見たが頭を下げている彼女に届くわけはなく、何も言えずに視線を逸らしたら彼女が頭を上げた気配がした。その後向かい側に座る気配。以降は無言。馬車は最初の修道院と孤児院へ向かい、到着して御者が彼女を降ろす。私も降りてから先に歩く彼女より前に出ようと彼女の横を通り過ぎてから侍従の咳払いが聞こえてハッとした。
仲の良い婚約者だとアピールする必要がある、と侍従からくどくどと言われていたことを思い出して慌ててエスコートのために手を差し出す。……が、その手はなに? とでも言うような目でこちらを見る婚約者は、私と手と周囲に視線を向けていた。
エスコート一つしたことが無いことに、この時ようやく気づいた。
とはいえ、出した手を引っ込めるわけにもいかずにいたら、指先に指が微かに置かれた。細くしなやかな指。小さくて折れてしまいそうだ、と思いつつその指を握ってサッと歩き出すと後ろから引っ張られて思わず何をする、と怒りそうになった。彼女の強い視線に口を噤み、それから更に促されて待っている修道院長や孤児たちの元に笑みを刷いて歩き出す。
それから直ぐに挨拶を交わすと子ども達が彼女に群がった。どうやら彼女はこの施設に足を運んでいたようで、彼女に遊んでとせがむ子ども達に顔を綻ばせていて。花のような笑顔をジッと見てしまう。彼女が私の視線に気づいたのか訝しげな顔をしていて、それから侍従と彼女の侍女が今回の視察の件の説明をしているのを眺めつつ、視察に入った。
彼女と別れて侍従が私にそっと近寄って来たと思ったら、先程彼女が私の手を引っ張ったことに対して苦言を呈された。要するに、私が急に動いたため足並みを揃えていなかった彼女が転びそうになっていたらしい。
母である王妃殿下や他国の王女殿下が国賓として来た時などエスコートは行ったことがあるし、女性の歩幅とは違うと学んでいたはずなのに、初めて彼女をエスコートしたとはいえ、そんな学んだことや経験したことを何も活かせず危うく彼女に恥を掻かせるところだったと知って落ち込んだ。
……本当に彼女に関しては、私は上手く振る舞えない。
滞りなく一つ目の施設の視察を終え、問題の二つ目の施設へ向かう。
その間に馬車で恥を掻かせてしまうところだったことを謝りたかったが、結局何も言えず仕舞いで、今度は失敗せずにエスコートをしようと決意し、到着後のエスコートは問題なく出来た、とチラリと彼女を見遣ったが彼女の反応を窺う前に、聡明なのだろう、彼女はこの修道院と孤児院の院長に違和感を覚えたような戸惑いを感じた。直ぐに消えたが。
……そして、前から疑問視していたこの院長がクロだったことを確定し、後ほど処罰を与えることにする。彼女も納得したような表情を見せたから、やはり気になったのだろう。
その後の視察は滞りなく進んだし、エスコートもスムーズに行えたし、表向きは仲の良い婚約者アピールは出来ただろうけれど。
……結局、これだけ一緒にいることすら初めてなのに終始必要最低限の会話しか交わせなかった上に実は視線もあまり合わず、馬車内は終始無言で終わり。やっぱり私は彼女に対して上手く振る舞えなかった。
だから、というわけではないけれど。
父上に直談判して、今回の魔獣大量発生の討伐を間近で経験したい、と願い、それを了承してもらってこの場に来た、というのに。
結局、周囲の被害を最小限に止めてもらいたいという私の願いを聞き入れた彼女が無理をして討伐に直接参戦する結果を生んでしまった。
レバーム嬢に無理強いをするつもりは無かった、というのに。
でも、これで分かった。
参戦する必要の無いはずの彼女が参戦しなくてはならないほどに、この国には治療だけでなく討伐が出来る戦う魔法士すら圧倒的に少ないのだ、と。
だから父上が望む、一人でも多くの魔力持ちを増やす婚姻は、必要なのだ、と。
ーー私はようやっとこの婚約の根幹である条件を理解した。頭ではなく、心から。
だから。
私は自分のちっぽけなプライドなど捨てて、きちんと彼女に向き合い、婚姻を迎えなくてはならないのだ。
婚約から十年。
私はこの婚約の意義を肌で実感していた。
お読みいただきまして、ありがとうございました。




