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第十話 彼女の事情(後編)

「お母さんも、この家が撤去されることを知ってるんですか?」


 太陽が天辺を過ぎたあたり、少し雲がかかるぐらいで、晴天とは言えなくともカラッと晴れた青空の下、休日ということも手伝いその住宅街には子供たちの遊ぶ声が響く。

 もともと車の交通量の少ない地域ではあるのだが、仕事の無い今日はいつもよりも特に少ない。閑散とした通りは一見すると寂しく感じるが、家の中からは休日ということで家族で昼食を取る団欒の気配が感じられる。

 窓霊(まどれい)宅は、そんな平和な住宅街の中では異質な空気を纏っていた。

 空き家だったのは今や昔の話だが、窓霊の性格や悪霊の特性上、人が生活している様子を伺うことが出来なかった事が、異質である原因だった。ただ、今日の午前中は少々事情が違っていた。幾人もの悪霊が集まり、お茶にお菓子にと盛り上がっていたため、普段よりも暖かな雰囲気がその家からは感じ取れた。これでも幽霊屋敷なわけだから、評価としては不当ではあるのだが。

 しかし、午前中も残りわずかというこのタイミングで、窓霊の発言は場を凍らせるには十分すぎる破壊力を持っていた。


「知ってると思うわよ。瑠美子ちゃんのお宅もおんなじ校区なわけだし」


 窓霊の発言から察すると、地域ぐるみ、少なくとも瑠美子の通う小学校の校区内は間違いなく、窓霊宅の撤去に関わっている様子が伺える。

 瑠美子の脳裏には、初めて花子さんと関わった事件がよぎる。あの恐怖を感じたまま関係が終わっていたら、悪霊と自称する彼女らを排斥、あるいは排除することに今感じているほどの抵抗を覚えただろうか。

 目の前の女性の様子はいつも通りだ。人間から迫害を受けることに慣れきっているのだろう。彼女は数百年以上存在していると以前聞いた覚えがある。人と悪霊の関係とは、近づいたり離れたり、まるで二重らせん構造のようだと、瑠美子は思った。ちなみに、二重らせんは平行です。


「あの、ご主人さん。私たちは、何かしましたか?」


 おコトが恐る恐る訊ねる。だが、その質問は悪手だ。おコトこそ神様の端っこのさらに隅っこに属する人の側の存在だが、悪霊達は、人間から恐れられ、時には命すら奪ってきた存在なのだ。窓霊ですら、童貞紳士たちへトラウマを植え付け、生気を吸収し、それを糧する悪霊である。刃物で斬り付ける口裂け女は社会現象になったほどだ。最近は心を刃物のような現実が斬り付けていったようだが。

 メリーさんも不可思議な能力を利用して、人間には不可能な方法で命を奪ったことも少なくない。テケテケのように女性にいやらしい行為をする悪霊すらいる始末である。テケテケの行為は人間でもアウトなんだけどね。

 だから、窓霊の返事は決まっている。


「何かしたかと言われれば、そりゃしたわよ。それが私たちの存在意義だし」


 当然の返答だが、おコトはやはり、悲しまずにはいられない。


「まあ、今回の撤去は、私たちの所業とは何も関係がないのだけれどね」

「え」

「だって、家の前の道路を拡張するって話なんだもの」

「…………は?(全員)」

「え? 何、どうしたのよ」

「道路の拡張ですか?」

「そうよ。通学路とか幹線道路とか、まあいろいろ行政の事業計画があって、家の前の道路を広げて歩道とかをつけるんだって。詳しくは貰った資料に書いてあるから、おコトちゃんも後でちゃんと読んでね」

「あ、そう言えば、お母さんが説明会に行ってた」


 人間の世界は、人間の事情によって動いている。それは時として、悪霊へ理不尽な形で降りかかることにもなるだろう。悪霊は人間の恐怖から生まれ、そして生まれてしまえば恐怖を与える存在となる。人間が悪霊の存在を許容出来ないのも当然なのだ。

 道路の拡張工事が必要ならば、悪霊にも人間と同じように立ち退いて貰わなければならない。そこに、悪霊だからと特別扱いするような意思は含まれない。どんなに悪霊が非現実的な存在だとしても、目の前の現実からは逃げられないのだ。ただし、立ち退き費用は出る。


「あれ、じゃあ、おコトさんが言ってたのって、ただの立ち退きだったってことですか?」


 テケテケがおコトへ確認の視線を送り、ほかの皆もそれに倣って、おコトを見る。


「あ~、どうも、そうみたいですね…あははっ…」


 おコトが両手を胸の前で合わせてモジモジする。表情は笑っているが、冷や汗が凄いことになっていた。


「おコトお姉ちゃんの、早とちりだったってことか。もう、しっかりしてよね」

「いや、花子が私らを呼んだのも、結構軽はずみな判断だったと思うけど。」

「まあ、まあ。何事も無くて、よかったじゃないですか~」


 招集された悪霊達は、人間との争いに発展しなくてホッと一息ついた。


「ん? でも、このお家が壊されることには変わりないんですよね?」


 原因は誤解でも、回避したかった結果は変わらず立ちはだかっている。むしろ、本当の原因は、取り除いてしまえるような悪質なものでは無かったので、撤去回避それ事態の難易度は上がっているのではないだろうか。


「それで、集まって何の話をしてたのよ?」


 窓霊が仲間はずれにすんなと言わんばかりのやや拗ねた表情で、会話に入り込んでくる。ここで不機嫌なところを隠し切れないところが、彼女の良いところだ。

 代表しておコトが窓霊に経緯を話す。自分が立ち聞きしてしまったことも正直に話した。話を聞き終わった窓霊がどんな表情だったかというと、呆れていた。それはもう呆れていた。


「私に訊けばよかったのにね」


 窓霊の至極もっともな指摘である。得てして勘違いから始まる物語は、なんらかの理由で確認作業を怠ることがほとんどだ。

 義理の兄妹が恋人同士になって、親の昔のアルバムを見るとそれぞれの両親のパートナーが入れ替わっており、離婚と再婚を繰り返した結果からの、自分たちが血縁である可能性にビクビクしたり喧嘩したりしていた物語があったが、親に訊けよと思ったものだ。確認作業を先送りにして何話引き延ばすつもりだったのか。


「いや、あの、人間が訪ねてきた事がすでに珍しかったので、何かあるのかと……」

「なるほどね。まー、あるっちゃあるわよ?」

「ホントなの? お姉ちゃん」

「そういえば、お母さんは説明会に行ってました。どうしてこのお家の場合は訪ねて来られたんですか?」


 住民説明会か公民館や体育館でまとめて行うのが一般的だ。窓霊に社会的地位があればまだしも、戸籍すら偽物の悪霊である彼女を、特別扱いするどんな理由があるのだろうか。


「私、土地持ちなのよ」

「はあ」


 戸建ては大体土地持ちだし、マンションだって区分所有分は資産だ。別段珍しいことではない。


「それも、たくさん」

「先輩、どれくらいですか?」

「これくらい」


 そう言って、窓霊は手に持っていた資料を広げて、みんなに見せる。それは午前中に人間が持ってきた封筒の中身だった。彼は役場の職員で、道路拡張工事の説明会の担当者だった。

 そんな彼が窓霊に立ち退きのお願いするために持ってきた資料が、窓霊が保有する不動産物件の一覧資料だった。


「げ」

「うわ」

「おー」

「お姉ちゃんいっぱい持ってるね」


 その一覧には戸建て物件の情報がずらっと並んでいた。全体的に築年数が古く、一番新しい物件でも築十五年だ。しかし立地は最高で駅前や繁華街の近く、あるいは学校や商店街へのアクセスに便利だったりと、評価額こそ書いていないものの値段によっては直ぐに売れてしまいそうな良質な物件ばかりだった。


「え、これ全部ご主人さんの持ち物なんですか?」

「そうよ」

「……先輩、家賃収入とか多いんですか」

「そうでもないわよ、ほとんど空き物件だし」


 窓霊の説明によると、資料に掲載されている物件は、いわゆる曰く付きの不良物件なのだそうだ。もともとが好条件でも、何か幽霊的なものが出たりしたなどの噂が広まり、買い手がつかなくなった物件を格安で買い取っていたらしい。


「悪霊たちへの物件の紹介とかも、してましたよね」

「それもするけど、それでも売れないものもあるのよ」


 原因はこの地域にある。古戦場で処刑所跡だった影響で町のあちこちに「出る」物件が後を絶たなかったそうだ。そのまま腐らせるのももったいないと、窓霊が人間と掛け合い、所有者と折り合いの付く値段で取引したと言う。あとはそのまま購入する場合もあれば、ほかの悪霊に紹介することもあるとか。

 古戦場と処刑場跡の件では、前市長の英断でそこにたむろしていた悪霊たちがアメリカへ移住しており、もう新しい曰付き物件が出ていないことから、最近では改めて物件を購入することも少なくなっていた。


「私たちにとっては、空き家ってのは無責任な噂の土台になるし、噂が広まれば新しい悪霊が誕生するかもしれないしで、それほど悪い話ではないんだけどね。空き家が増えると、この町はそういう町だって認識になっちゃうから、人間が噂をしなくなるのよ」


 そして、そのまま日常の風景として定着してしまったら、新たな悪霊どころか、すでに発生していた悪霊の存在すら危機的状況に陥ってしまう。だからこそ、窓霊は空き家が増えすぎる状況を打開すべく不動産運用みたいなことを行ってきたという。悪霊たちに借り手や買い手がいれば良し。いなくても管理を怠らない、家具等を設置し外から空き家だと悟らせないなどの対策を取ってきた。


「私に限らず、日本中の古い悪霊はなんらかの形で、悪霊や噂の発生状況を管理してたりするわよ」


 廃ビルや廃村、さらにはお化けトンネルや未確認生物の目撃情報など、噂や怪談の舞台になりそうな場所や状況が、日常に埋没して気に掛けなくなってしまうことが無いようにと、古い悪霊たちは日夜工夫や努力を重ねていた。


「そういえばメリーも携帯の普及で、大変だって言ってたよね」

「口裂け女だって、不審者情報の拡散が早くて、一つの地域に長居出来ないって愚痴ってたじゃない」


 さらに技術の進歩は、確実に悪霊たちの社会を蝕んでいた。

 個人が記録機器や情報端末を携帯する時代では、「よくわからないもの」が存在する余地がほとんど無くなってしまった。どこかの誰かが見た不可思議な何かは、即座に記録映像が撮られ、ネットで拡散され、専門家が解析する。枯れ尾花を幽霊と見間違えることも無ければ、噂が広がる過程で内容が変化することも少ない。

 どこからでも電話を掛けてきて最後は背後に立つメリーも、携帯電話の登場により特異性が失われた。

 神出鬼没の不審人物として、その昔じわじわと地域を恐怖で染め上げた口裂け女も、様々な環境汚染や新型の病気などでマスク着用者が増え、外見の特徴が埋没してしまった。

 ただ追いかけてきてお尻を視姦するテケテケや、学校という特殊な空間を縄張りとする花子はまだなんとかなっているが、それも今後はどうなるかは分からない。


「まあ、そんな訳で、私の管理してる土地も何件か拡張工事や、それに伴う他の工事区画に引っかかってたから、わざわざ役場の人が話に来てくれたのよ。あと、悪霊側の事情も考慮してくれたのかもしれないわね」


 これが人間であれば、また違った対応だったかもしれないが、悪霊を呼びだす際の根回しや混乱を考えれば直接訪ねた方が楽なのかもしれない。窓霊自体は家から出られないので、呼び出した場合は代理人になってしまうのも一因であろう。


「悪霊さんたちって、大変なんですね」


 女子小学生の素直な感想が場に漏れる。日々学校と家を往復し、勉強と遊びと趣味を満喫している彼女には、知らない社会の仕組みが多い。だが、


「大変なのは、人間の大人も一緒じゃないかしら」


 窓霊はそう返す。

 そして、結局はそういうものなのだろう。


「で、つまりお姉ちゃんたちはお家を壊して引っ越すの?」

「そうなるわね」

「!?……どこに?」

「それはこれから探すわ。まだ先の話だし」


 花子が話を元に戻す。内情がどうあれ結局は行きつくところは一緒なのだ。

 つまり、これからも一緒に居られるのかと。

 窓霊と花子はまだいい。全国の同型の悪霊とは意識を共有しているし、いつでも主人格を入れ替えられる。どこに行こうとも一緒に居られる。だが、ほかの悪霊やましてや人間である瑠美子はそうはいかない。出会いと別れは世の常だとは言え、それはあの世でも同じことが言えるとしても、寂しいものは寂しいのだ。


「まだ先って、いつぐらいになるんですか、ご主人さん?」

「さあ、四、五年は先だと思うわ」

「結構先なんですね」


 道路沿いは民家もテナントもまとめて立ち退きになる。五年でもまだ短いほうだろう。

 さらに窓霊の話によれば、引っ越しは町内を探すとの事らしい。やはりなんだかんだで住み慣れた町は、それこそ住みやすい。それは引きこもりの窓霊とて例外では無く、ただ、獲物である童貞紳士たちの収穫がスムーズにいくように、住宅地やオフィス街、駅などの立地関係を十分に吟味するつもりだとか。


「ま、どんな事情があっても、勝手に………なんでもないわ」


 何かを言いかけ、そして止めた窓霊は空いている椅子に腰かけた。ずっと立ちっぱなしで話をしてしまった。だからどうという訳ではないが、事情を理解する前のみんなの視線に気圧されてしまっていたのかもしれない。離れ離れが嫌なのはみんなだけでは無い、自分にも理解できてしまった感情を前に、腰を落ち着かせる余裕が少しだけ足りなかったのだろうと、窓霊は思った。


「おコトちゃん、私もお茶頂戴ね」

「はい、もちろんです。………ところで、さっきは何を言いかけたんですか?」

「あー、いつでも遊びに来れば良いと言いたかったのよ」


 そっと目をそらす窓霊。


「先輩、それ、さっきのとは繋がりませんけど」

「そんなのどうでもいいですよ。勝手に、いつでも遊びに来ますからね、センパイ」

「あんたがそうやって頼むのなら、来てやってもいいわ」

「花子もいつでも遊びに来るからね」

「え、あ、では、私も。あの、お邪魔じゃなければ」


 おコトの早とちりで始まったちょっとした騒動は、悪霊たちのそれぞれの立場や関係を改めて確認し、そして繋がりとかを色々理解して、結局は何も問題なく幕を閉じた。

 悪霊とは人々の不安の表れだ。であるならば、時代の変化と共に悪霊たちの在り方も変化していくはずであり、その中には消えていく悪霊も少なくはないだろう。

 それでもそこに存在する以上は、しっかりと日々を楽しく死んで逝きたいと思うのもまた、生きとし生けるものの当然の思いであり、それは悪霊とて例外では無いのだ。

 ただ、変化とは消えていくだけにあらず、時代に合わせた新しい悪霊も日々誕生している。それこそ、この情報社会に適応した新しい悪霊が。



***



 ある日の午後、窓霊とおコトは屋上のテラスで本を読んでいたところに、荷物が宅配便で届けられ、リビングでそれを確認していた。


「ビデオテープ……ですか?」

「………」

「ご主人さん?」


 テーブルの上で開封された、差出人不明の宅配物から出てきたのは、一本のビデオテープだった。

 最近は見かけることの少なくなったビデオテープだが、ほんの数年前まではレンタルに録画にと大活躍だったことを思うと感慨深い。ビデオテープの他にカセットテープもそうだが、長い間人々の生活の中で活躍していた品々でも、無くなる時はあっという間であったりする。

 とある女子高生の軽音楽のアニメでも、アイキャッチでカセットテープが映像に移っていたが、あれが何か分からない視聴者もいたという。それを聞いたときのなんとも言えない気持ちといったらなかった。

 ところで身を乗り出すようにビデオテープを凝視していた窓霊だが、そのまま椅子に座りなおし、紅茶を一口飲み深く背もたれに体重を預けた。


「あのネタはやめようってなったじゃん」

「え? なんの話ですか?」

「権利関係があやしい怪談は元ネタにしないって決めたじゃん」

「いや、あのご主人さん? 口調が変ですよ?」

「いまさら呪術系のビデオテープを送ってこられても、再生するデッキなんてないわよ」

「確かにビデオデッキは無いですね。どうしますか?」


 ビデオテープに呪いの映像を記録し、ダビングさせて呪いを増殖させる手法を紹介した映画があった。ビデオを観たら電話でお知らせをし、一週間後に現地で人間の命を回収する。そのうえ呪いの回避手段を用意しながらもその方法は秘密という、よくよく考えると呪いの拡散効率も、成果である命の回収方法も、一手間も二手間もかかっている割に、その効果はイマイチな演出過多な呪術である。

 なにより現地に赴くというのが窓霊的にアウトだったらしい。ラストの有名な場面では、映像と現実のパースを合わせることでドッキリ度合いを大きくする効果を使っていたが(かの有名な最後の晩餐の壁画と同様の手法である)、テレビが大きすぎるとか小さすぎる場合を想像すると滑稽だなあと思っていたら、案の定ネットで散々ネタにされていた。メリー同様、部屋に女性が来るなら非人間でも問題ない層への需要が大きいのもウケる。

 思うところでもあったのか、DVDの普及と共にビデオデッキが廃れ、これ幸いと井戸の中に引きこもっていたあの悪霊を思い出す窓霊であった。ちなみに昨今の新作映画は観ていない。(この物語は実際の映画とは何も関係ありません)


「どうもする必要はないわね。デッキが無いんだし、邪魔にならないところに片付けましょう」

「私、観てみたいんですけど、駄目ですかね?」

「デッキも無いし、そのうちね」


 ビデオテープは、そのまま押し入れの奥にしまわれる。

 時代遅れのビデオテープになど構っていられないのだ。繰り返し見れば映像は劣化するし、場所をとるし、値段も高かったしで、良いことなど殆どない。強いて良いことをあげるなら、映像を確認しながら早送りが出来ることぐらいか。

 古い物はサクッと排除。これこそ現代社会を生きる知恵であると、窓霊は理解していた。

 片付けつつ、おコトは窓霊からビデオテープの正体を聞かされる。


「そんなビデオテープもあるんですね。でも、なんでご主人さんのところに送られてきたんでしょうか?」

「さあ? 暇だったから、構って欲しかったとかじゃないの」

「だれがです?」

「テープの中の悪霊が」

「え」


 おコトは、今さっき箱を奥の方にしまいこんだ押し入れへと振り向く。


「あれでいいんですか?」

「いいのよ。再生されない限り眠ったままだし」


 窓霊はテーブルの上にある、おコトが淹れてくれた紅茶を飲みながら、それでも考えてしまう。

 彼女が生まれた頃も、おコトが生きていたとされる時代の頃も、当然だがビデオテープのような方法で呪いを広げるなんて考えられなかった。力ある悪霊が無差別にばら撒くような事が起こっていたぐらいだ。

 映像を複製させるという手法には、時代の流れを感じずにはいられない。見たものを正確に伝達させるなど、「よくわからないもの」として目撃させ、噂が広まっていくことを必要とする種類の悪霊にとっては、迷惑でしかないであろう。あーでもないこーでもないと情報が錯綜することが、人々の不安を煽り悪霊へ力を与えるのだ。

 過去の悪霊にとって害悪になるものが、今の悪霊にとっては力となる。こういった事柄も時代の流れなのだろうと、先日の引っ越し騒動の時に語った話を思い出す。

 そのビデオテープも、すでに過去の悪霊なのもまた、悲しい現実ではあるのだが。

 そんな物思いに耽っていると、スマホのL〇NEの着信があった。花子他複数の悪霊によるグループトークのようだ。

 会話の内容は、今ネットの一部で話題になっている面白動画の紹介のようで、窓霊にも紹介したいとのことだ。

 スマホはLI〇Eで使うので、おコトにノートパソコンを持ってこさせ、話題の動画を検索する。

 そこで見た動画は不思議なものだった。


「なんでしょうか、コレ」

「さあ? 流行ってるらしいけど」


 横で一緒に見ていたおコトも首をかしげる。そこに映っていたのは一人の女性のバストアップの映像だった。無表情の女性がただ映っているだけのもので、なんだこれはとLIN〇で花子達に確認しようとスマホ画面を見て、窓霊とおコトは驚く。そこでは友人たちが動画の話題で盛り上がっているのだが、会話の内容が明らかに今見ている動画と違うのだ。


「……違う動画を見ているのかしら」


 そう思い、張られているリンクのURLをもう一度確認し、動画再生中のプラウザに表示されている物と比べてみるが、間違いなかった。


「更新してみます?」

「そうね」


 しかしF5を押しても何も変化が無い。あれと思い、今度はプラウザの更新ボタンを押してもやはり何も変わらなかった。じゃあとプラウザを閉じようとしても駄目、タスクの終了を選択してみても駄目。動画は相変わらず再生されているので、フリーズしたわけではないのだろうが、さてどうしたものかと、窓霊は映っている女性の無表情な顔を眺めながら考える。これといった特徴の無いその女性は、歳は二十代中ぐらい、肩までの黒髪に目立たない程度の化粧。上着はブラウスで下に穿いている物は画面外で見えない。日本人のOLだと言われれば何の違和感も無く受け入れるであろう外見である。

 あ、バストアップといっても画像検索して出てくる画像とは全く関係のない、写真等の構図の一種類なのでお間違えの無いように。

 LIN〇では変わらず盛り上がっている友人たちだが、これは訊いた方が早いと窓霊はコメントを打ち込む


窓霊『みんなどんな映像をみてるの?』

花子『え? お姉ちゃんは観てないの? 面白くて可愛いよ』

メリー『この動画の良さが分からないなんて、残念ね』

窓霊『どうも違う映像を見ているようなのよね。アドレス間違えてない?』

花子『そんなはずないと思うけどなあ。コピペしてるから打ち間違いとかは無いし』

瑠美子『ちなみに、どういった映像なんですか?』


 そう問われて、女性のバストアップ映像が延々と流れていると伝えると、やはり皆とは違う映像らしい。しかし確認したがアドレスは同じだ。

 窓霊的には動画が見れないことよりも、皆と情報を共有出来ないまま会話に参加出来ない事の方が問題だった。

 自分のノートパソコンに映し出されている正体不明の映像を眺めながら、疎外感からそろそろ寂しくなってきた窓霊だったが、シークバーから判断して映像が終わりに差し掛かったとき、映っている女性に変化があった。

 無表情だったその顔に意思が見え始め、視線を漂わせた後、窓霊を捉えたのだ。偶然に目が合ったというより、明らかに画面越しにこちらを認識している。そうハッキリと理解できる目だ。

 さすがに怪奇現象に慣れている窓霊だったが、画面越しの視線は不気味であり、横で様子を見ていたおコトは思わず「ヒッ」と声を上げてしまったほどだ。

 そのまま見つめ合うこと数秒、映像の女性は唐突に口を開いた。


『あ、どもー。初めまして。ビデオのねーさんから紹介があったと思うんですけど、今、時間大丈夫ですかー?』


 その映像に映っている女性の、なんと朗らかな笑顔であろうか。言葉遣いこそやや雑であったが、それを帳消しにして有り余るほどの笑顔が画面の向こうにあった。きっと彼女の生まれ持った才なのだろう。人懐っこいとでも表現できそうなその笑顔には、窓霊も絆されそうになったが、さすがに事情も分からぬ他人にホイホイと心を開くわけにはいかない。寂しがり屋とて警戒心はあるのだ。


「ええと、あなた誰? 聞こえてるかしら」

『あ。聞こえてますよー。てか、あれ? 話聞いてませんかね、ビデオのねーさんから』

「ビデオって、呪いのアレかしら?」

『そう、多分それっす』

「ビデオテープとか、今時見れないわ」

『ですよねー』


 現状は取り敢えずなんとかなりそうだと判断した窓霊は、〇INEで不思議現象を伝えていた友人たちに問題が解決した旨を連絡し、改めて画面の女性へと向き合う。


「で、ビデオテープとか時代遅れの遺物のことは置いといて、自己紹介をお願いしてもいい?」

『はい、もちろんすよー』


 それで聞かされた彼女の正体は、そこそこ驚くべきものだった。

 インターネット上にアップされている動画を無作為に選定してすり替わり、動画を見ている人間を驚かすことを目的とした悪霊の一種だというのだ。しかも実態は無く、インタネット上から出ることは出来ないという。

 誕生のきっかけはネット上の大型掲示板のとあるレスだったらしい。それがコピペとして広がっていく内に悪霊として意識が発生し、以降は大本のレスの発言内容に沿った怪奇現象を起こす悪霊として人間を驚かしているのだとか。

 そのスレの内容は、まさに今窓霊が体験した、「一人だけ違う映像を見ているかもしれない」というものだ。

 そうやってネット上で悪さをしていたところに、ネットを使った呪いの拡散方法を検討していた呪いのビデオの本人の目に留まり、世話役的なことをしている窓霊を紹介する流れとなったという。


「紹介されても、別に住む場所とかは必要ないのよね?」

「ないっすね。私も困ったときは相談しろ、ぐらいしか言われてないんで」

「あら、そう。……まあ、何か困ったことがあれば、相談しなさいよ」

「あざっす!」

 最後に男子高校生のような元気の良い挨拶を残して、彼女は画面から消える。後には本来の映像が何事も無く流れていた。


「ネットの中にも悪霊さんって、いるんですねー」

「今までも、心霊写真とか心霊動画とかあって、その中には霊が写ったというより、霊が写真に住み着いていたみたいな事例もあったからね」


 そうは言っても、完全に新しいカテゴリーの悪霊だ。

 時代に合わずに消えていった二ノ宮像のような例もあれば、今回のように、新しいツール、新しい価値観、新しい噂の形を元にして発生した例もある。

 件のコピペの存在は窓霊も知っていたが、まさか悪霊が発生するなんて思いもよらなかった。

 これ以外にもネット上にはコピペとして広まった、割と有名な怪奇現象は山ほどある。死者がネットを使っていたなんてスレもあったほどだ。まあ、今の窓霊もそういう状態なのだが。

 これからも、今までに例の無い霊がどんどん生まれてくるのだと思うと、自分たち悪霊の世界もまだまだ捨てたものでは無いなと、前向きな気分にもなれる。二ノ宮像も座ったままで、あらたな噂が生まれれば良いのだ。二ノ宮像(座)として七不思議に復帰出来るかもしれない。

 窓霊は温くなった紅茶を手に取りながら、思わぬ形で知ることが出来た悪霊たちの明るい未来について考える。

 まさか、こんな身近に新しい世界があるなんて思いもよらなかった。


「ネットの世界は広大ね」


 口をつけた紅茶は、温くても美味しかった。


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