EP 6
手羽先メガチューバーの乱射事件
午後十四時。ポポロ村の西側境界線――開墾地と荒野の境目。
のどかな田園風景を切り裂いたのは、魔力砲の重低音などではなく、硝煙の焦げ臭い匂いと、乾いた極めて凶悪な「機械的連続発射音」であった。
――ダダダダダダダダダッ!! ズドォォンッ!!
「きゃははははっ☆ みんな見て見て〜! 岩トカゲさんの群れが、一瞬で蜂の巣になっちゃったよ〜! ウケる〜♡」
荒野の真ん中に、一人の少女が立っていた。
頭頂部にピョコピョコと揺れるあざといアホ毛。淡いピンク色のツインテールを風になびかせ、背中には小ぶりな二枚の白い翼――通称「手羽先」を生やした美少女。
天界から下界に降り立ち、いまや全宇宙配信プラットフォーム『GodTube』で同接数百万人を誇るメガインフルエンサー、下級天使キュララである。
彼女の周囲には、十機を超える超小型魔導ドローンカメラがブンブンと蜂のように飛び交っていた。
空中に浮かぶ配信画面のホログラムには、全宇宙のリスナーたちから送られる虹色のスーパーチャット(投銭)と、目にも留まらぬ速度で流れるコメント弾幕が滝のように降り注いでいる。
『キュララちゃん今日も顔が良い!』
『天使の乱射助かる』
『ヒャッハー! もっと撃てぇぇぇ!』
『【投げ銭:100,000 GodPt】肉骨粉にしてやれ!』
「わぁ〜、赤スパいっぱいありがと〜♡ それじゃあ、リスナーのみんなのリクエストに応えて……必殺技、行っちゃうよ〜!」
キュララは魔導カメラに向かってコケティッシュにウインクすると、両手を天へと掲げた。
「――聖なる光よ、私に力を! ホーリー・メイクアップッ☆」
パァァァァッ!と無駄に眩い光輪が展開され、大気中のマナが無駄遣いされながらピンクと純白の花びらが派手に舞い散る。
神聖なる変身バンク――と思いきや!
光が収まった瞬間、彼女の手の中に現れたのは、聖剣でも奇跡の杖でもなかった。
鈍いガンメタルに塗装された、近代自動小銃――『M4カービン』実銃である。
ガチャリ、と手慣れた手つきでチャージングハンドルを引き、初弾を薬室へ送り込む天使。
その服装は、胸元をギリギリまで強調したフリル付きのキャミソールに超ミニスカート。ヘルメットも防弾チョッキも一切なし。文字通りの「生身」であった。
「キュララTV、本日の特別射撃〜! ターゲットは……あそこの案山子と、奥の古い納屋ね! ファイヤ〜♡」
バリバリバリバリバリッッ!!!!
五・五六ミリ実弾がフルオートで猛烈に吐き出された。
飛び散る空薬莢がキラキラと陽光を反射する中、キュララはカメラ目線のまま満面のアイドルスマイルを維持してトリガーを引き続ける。
案山子は一瞬で千切れ飛び、背後の納屋の土壁が蜂の巣になってボロボロと崩落していった。
「貴様ぁぁぁーーッ! 撃ち方をやめんか、この手羽先野郎ぉおおッ!!」
土煙を突き破り、怒号とともに突進してきたのは、ポポロ村自警団長マンミアであった。
下半身が駿馬、上半身が筋骨隆々の麗人であるケンタウロス女性。彼女は愛用のシールドパイルバンカー『アグニ』を構え、馬の蹄で土煙を蹴散らしながらキュララの前に割って入った。
「何をやっているんだキュララ! その納屋の奥には、開墾作業中の農民たちの休憩所があるんだぞ! 跳弾が当たったらどう責任を取るつもりだ!」
「え〜? マンミアちゃん、うるさ〜い!」
キュララは銃口をマンミアの胸元へ向けたまま、ペロッと舌を出した。
「当たってないんだからセーフじゃん! それにぃ、私は月収二億円のトップインフルエンサーだよ? この配信の広告収入とスパチャで、壊れた納屋なんて百個くらい弁償できちゃうし〜! 細かいこと言ってると、婚期がますます遅れちゃうよ〜?」
「だ、誰の婚期が遅れているだと……!? き、貴様、今年で二十五歳の私に対してその言葉は万死に値するぞぉぉッ!」
マンミアの額に青筋が浮かび、パイルバンカーの杭がガション!と凶悪な音を立てて装填された。
だが、キュララは全く怯まない。むしろ背中の小さな翼をパタパタさせ、挑発するように胸を張った。
「だいたいさ〜、マンミアちゃんたち自警団って、重苦しい防弾チョッキとかゴツい盾とか持っててダサすぎ! 防具なんて要らないんだよ! 天使の加護の『絶対回避ステップ』があるんだから、当たらなければゼロダメージ! 配信は『映え』が命なの! 分かんないかな〜、中世思考の脳筋お馬さんには♡」
「な、生身で実弾をばら撒くなど狂気の沙汰だ! 今すぐその鉄の棒を捨てろ!」
「や〜だね! 次は肩に担ぐやつ――『RPG-7』で、あっちの岩山を丸ごと消し飛ばすんだから〜! キュララビーム、スタンバイ〜♡」
キュララが鼻歌交じりに、背負い袋から緑色の対戦車ロケットランチャーを取り出し、肩へと担ぎ上げた――その時だった。
「――そこまでです」
荒野の喧騒を、冷たい氷の刃のように切り裂く声。
土煙の向こうから、正確無比な歩幅で歩み寄ってきたのは――くたびれたチャコールグレーの背広を着込み、クリップボードを小脇に抱えた男、武田正であった。
「タダシ殿……!」
「武田課長!」
正はポケットから銀色のシートを取り出し、胃薬を一粒、舌の上で転がしながら噛み砕いた。
定時退社の十七時まで、あと二時間半。その平穏な晩酌への道を阻むように、またしても厄介すぎる人災が牙を剥いていた。
正は銀縁眼鏡のブリッジをクイと押し上げ、眼前の手羽先天使を見据えた。
視界の端で、スキル【稟議書閲覧(ステータス監査)】が高速で展開される。
――――――――――――――――――――
【監査対象】キュララ(年齢不詳・自称永遠の美少女天使)
【職業】メガゴッドチューバー(GodTubeチャンネル登録者数:800万人)
【月収】推定二億円(全額スパチャおよび案件収入)
【確認された重大違反】
・ポポロ村火器及び危険物管理規程第3条違反(指定射撃場外における自動火器発射)
・労働安全衛生規則第22条違反(個人用防護具・アイウェア・防弾装備の未着用)
・刑法第261条(器物損壊罪:村営納屋の全壊)
・公衆安全配慮義務違反(跳弾・射線管理の完全放棄)
――――――――――――――――――――
「……ふう」
正は小さく息を吐き、手元のクリップボードから万年筆を抜いた。
「キュララさん。今すぐ火器の安全装置を掛け、地面に置きなさい」
「あ〜ん? 何このくたびれたスーツのおじさん?」
キュララはロケットランチャーを肩に乗せたまま、小馬鹿にしたように目を細めてカメラを正へと向けた。
「みんな見て〜! なんか村役場の地味な公務員が乱入してきたよ〜! 『安全装置を掛けなさい』だって〜、ウケるんですけど! ねぇおじさん、私を誰だと思ってんの? 月収二億だよ? この村の年間予算の何倍も稼いでる大スターに説教とか、マジで身の程知らずじゃない? おじさんの加齢臭漂うイキリ顔、全宇宙のリスナーに晒しちゃおっかな〜♡」
ドローンカメラが一斉に正の顔面をズームアップする。
コメント欄が『誰このオッサンw』『説教キター!』『晒しAGE』と急速に加速した。
だが、二十年間大手商社の法務部で、数多のクレーマーや傲慢な取引先役員を相手にしてきた武田正の「平常心」は、ミリ単位すら揺るがなかった。
心拍数は極めてフラットな毎分六十五回。
「晒していただいて結構です。むしろこの映像は、後ほど貴女のチャンネルの運営会社、および天界大宇宙管理局・法務部へ提出する『決定的な動かぬ証拠』となりますので、高画質で保存しておいてください」
「……は?」
キュララのあざとい笑顔が、わずかにピクリと引きつった。
正はクリップボードの帳票を指先でトントンと叩き、淡々と、だが広場中の空気を凍りつかせるようなバリトンボイスで告げた。
「貴女がどれほど巨額の収益を上げていようと、法と規程の前では一切の免責事由になりません。――第一に、ポポロ村火器及び危険物管理規程第3条。当村における実弾火器の試射および演習は、防弾壁と土嚢を備えた『東部指定演習場』のみに限定されています。農民の通行路が交差するこの境界地域でのフルオート射撃は、明確な過失致死未遂を構成します」
「だ、だからぁ! 当たってないし、当たっても私の治癒魔法で――」
「治癒できるから撃っていい、などという論理が通用する社会は存在しません」
正の一刀両断の正論が、キュララの言葉を叩き潰した。
「第二に、労働安全衛生規則違反。『当たらなければ防具は不要』などと嘯いていますが、実弾火器の射撃における最大の負傷リスクは、敵の反撃ではなく『自身の銃器の作動不良』および『跳弾』、そして『薬莢による火傷・眼球損傷』です。アイウェア(保護メガネ)すら着用せず、露出度の高い衣服で乱射する行為は、労働安全の観点から見てただの『自殺志願者』の蛮行です」
「なっ……! じ、自殺志願者ぁ……!?」
「そして第三に」
正は銀縁眼鏡の奥の目を鋭く細めた。
「――GodTube利用規約第14条・コミュニティガイドライン『危険行為および公衆を危険に晒すコンテンツの禁止』条項への明白な抵触です」
「ッ……!?」
キュララの顔から、サーッと血の気が引いた。
「プラットフォーム運営会社は、現実空間において無許可で実弾兵器を居住地域に向けて乱射する行為を、最も重い『テロ・公衆危害リスク』として規定しています。私がこの現場映像に村役場の公式印を押印し、『重大インシデント報告書』としてGodTube法務監査部門へ回付した場合――何が起きるか、プロの配信者である貴女なら分かりますね?」
正は万年筆をチクリと胸元に突きつけた。
「――アカウントの即時永久凍結(BAN)、収益受け取り口座の仮差押え、および過去のスポンサー企業からの巨額の違約金請求です」
「ひ……っ、ひぎゃああああっ!? あ、垢BANだけは……垢BANだけは絶対に嫌ぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
ドガシャンッ!
キュララは悲鳴を上げながら、担いでいたRPG-7とM4カービンをまるで焼けた鉄板でも投げ捨てるかのように放り出した。
そして、先ほどまでの生意気なメガチューバーの態度はどこへやら、涙目になりながら正の足元へ走り寄り、ペタペタとすがりついてきたのである。
「う、嘘でしょおじさん!? 通報とかしないで! 垢BANされたら私の月収二億がゼロになっちゃう! 毎日タローソンで特上寿司とフルーツ盛り合わせをリスナーの金で食べる生活が終わっちゃうよぉぉぉッ!」
「ならば、話を聞く気になりましたか」
「聞きます! 何でも聞きますからぁぁッ!」
正は胸ポケットから愛用の三文判を取り出し、朱肉ケースをパチンと開いた。
視界の端で明滅するシステムウィンドウに、冷徹に決裁を下す。
「【決裁執行】――ポポロ村火器管理プロトコルの適用。村内における私的実弾火器の所持制限および適正管理命令」
カッ……!
青白い光が放たれ、地面に転がっていたM4カービンとRPG-7のトリガーに、法的な安全ロック(封印の光)がガチャンと巻き付いた。
「火器は自警団の武器庫へ一時押収とします。以後の射撃実況は、マンミア団長の立ち会いのもと、防護装備を完全着用した上で、指定演習場でのみ許可します。違反した場合は、即座に通報書類を本国へ送信しますので、そのつもりで」
「は、はいぃ……! 防弾チョッキもヘルメットもちゃんと着ますぅ……!」
キュララがしょんぼりと手羽先を垂れ下げ、涙を拭った。
その横で、マンミアがパイルバンカーを地面に突き立て、心底感服したように正を見つめた。
「す、素晴らしい……! あの我が儘放題のメガチューバーを、一発の弾丸も撃たずに『規約と法令』だけで完全に手懐けてしまうとは……! 武田課長、貴殿は本当に何者なのだ……!」
「ただの総務課長です」
正は淡々と書類に受領印を押し、クリップボードを小脇に抱え直した。
荒れ果てた演習場に、再び静寂が戻る。
――トクン……トクン……トクン……。
だが、その静寂を切り裂くように、背後から「いつもの」凍りつくような重圧が忍び寄ってきた。
振り返ると、そこには両手を後ろに組み、長い白銀の兎耳をピーンと直立させた村長キャルルが立っていた。
その瞳には、光が一切宿っていない。
「……ねぇ、タダシさん?」
「ひっ……村長……」
「キュララちゃん、キャミソール姿で胸元がすっごく無防備だったよね? タダシさん、さっき『露出度の高い衣服』って指摘する時、どこ見てたのかなぁ……? 心拍数、毎分二回だけ上がってたよ……? 若い天使の女の子の身体、じっくり観察してたのかなぁ……?」
「め、滅相もありません! 安全基準を満たしているかどうかの『外観検査』を行っただけでして――!」
「ふ〜ん……? じゃあ、今夜の夕食は私の手作り人参づくしディナーね。村長室で、二人っきりで、明日の朝までみっちり反省会しようね♡」
正の背中を、どっと冷や汗が濡らした。
時計の針は、午後十五時十分。
定時退社の十七時まで、あと一時間と五十分。
四十歳元社畜課長の胃痛は、天使を鎮圧してもなお、激しさを増すばかりであった。
読んでいただきありがとうございます。
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