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『40歳元法務課長、限界集落ポポロ村の稟議を通す〜神や魔王をコンプラで倍返ししてたら大陸最強の黒幕と崇められていた件〜』  作者: 月神世一


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18/22

EP 3

天然サイコパス降臨:『腎臓無限売買クリニック』

 極貧地下アイドル・リーザと正規の嘱託雇用契約を締結し、彼女の生活基盤と村落PRの枠組みを整えた翌日の午後二時。

 ポポロ村役場・総務課執務室で、武田正は卓上カレンダーに目を落とし、安堵の息を漏らしていた。

「……よし。午前の道路補修決済は承認済み。午後の定例起案も順調。このペースを維持できれば、今日こそは十七時きっかりに退勤し、昨日冷やしておいた『イモッカ・ソーダ』で喉を潤せるはずです」

 正はチャコールグレーのスラックスのポケットから銀色のシートを取り出し、胃薬を一粒、舌の上で転がしながら水で飲み込んだ。

 だが、四十歳の元商社法務課長が培った長年の「トラブル感知レーダー」が、不吉な偏頭痛とともに警鐘を鳴らし始める。

 ――タダシさんッ! 助けてぇぇぇえええッ!!

 突如、役場の中庭から、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

 それも一人ではない。村の屈強な農民たちや、普段はふてぶてしい商人たちの「この世の終わり」を告げるような阿鼻叫喚の合唱である。

「……やれやれ。私の有休と平穏な晩酌は、いつになったら保証されるのでしょうか」

 正は小さくため息をつき、愛用のパーカー製万年筆を胸ポケットに差すと、クリップボードを片手に中庭へと急行した。

 ***

 役場前の中庭。

 普段はのどかな陽光が降り注ぎ、村人たちが野菜の品定めをしているはずのその場所に、突如として「即席の野外手術場」が開設されていた。

 青空の下に並べられた、清潔な白いシーツが敷かれた木製ベンチ。

 その脇には、煮沸消毒用の魔導鍋からシュンシュンと湯気が立ち上り、銀色のトレイの上には――なぜか大工用のノコギリ、園芸用の剪定バサミ、そして医療用の鋭利なメスが整然と並べられている。

 そして、その中央に佇んでいたのは、一人の少女だった。

 淡いエメラルドグリーンの艶やかな長髪を優雅に波打たせ、透き通る翡翠の瞳をキラキラと輝かせた絶世の美少女。

 マンルシア大陸最奥の秘境にして、一度も対外戦争に負けたことがない絶対不可侵の楽園「世界樹の森」――その次期女王筆頭候補、ハイエルフ令嬢ルナ・シンフォニアである。

 彼女は純白のエルフローブの袖を可愛らしくまくり上げ、右手には鈍く光る外科用メスを、左手には神聖な緑の光を放つ「世界樹の魔法杖」を軽やかに構えていた。

 その顔には、一点の曇りもない、聖母のように慈愛に満ちた満面の笑みが浮かんでいる。

「さあ、泥沼さん! 怖がらなくても大丈夫ですわ♡ 痛いのは、ほんのチョッピリ……最初の『ザクッ』という瞬間だけでしてよ!」

「ヒィィィィッ! や、やめてくれルナ様! オラはただ、今月の肥料代の支払いがちょっと足りねぇって愚痴っただけだぁぁッ!」

 手術台(ベンチ)の上で、村の豪農である泥沼源蔵が、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に身悶えしていた。

 しかし、その胴体と両手足は、地面から急成長した太い植物の蔦によってガチガチに拘束されており、指一本動かすことすら叶わない。

「何を仰るのですか、泥沼さん。お金がないのなら、作ればよろしいのですわ! 困っているお隣さんを見捨てないことこそ、世界樹の教えですもの!」

 ルナはおっとりと小首を傾げ、歌うような軽やかな美声で、地獄のようなプレゼンテーションを開始した。

「皆様、よくお聞きになって? 人間には、生まれつき『腎臓』という素晴らしい臓器が二つも備わっておりますの。ですが、日常生活を送るだけであれば、実は一つあれば十分なのですわ! ……ということは? そう、残り片方は完全に『遊休資産』ですのよ!」

「ゆ、遊休資産……!?」

 広場を取り囲んでいた村人たちが、ざわ……と青ざめる。

「ええ! ですから、まず私がこのメスで泥沼さんの脇腹をサクッと切開し、左側の腎臓を摘出いたします。それをすぐさまゴルド商会のニャングルさんに持ち込めば、帝都の高名な錬金術師や貴族様向けに、金貨五十枚……いえ、百枚で売却できますわ!」

「ひ、百枚……!?」

「そして、ここからが私の真骨頂ですの! 摘出が完了した直後、私が世界樹の超位治癒魔法『メガ・リジェネレーション』を行使いたします! すると、あら不思議! わずか十秒で、泥沼さんの体内からピカピカで健康な新しい腎臓がニョキニョキと生えてまいりますのよ♡」

 ルナはパッと両手を広げ、天使のような眩しい笑顔で一同を見渡した。

「売っては再生し、売っては再生し、また切っては生やす……! これを朝・昼・晩の1日3セット繰り返せば、泥沼さんの借金など今日の日没までに余裕で完済! それどころか毎日金貨三百枚の純利益が永遠に手に入り続けますわ! 名付けて――『ポポロ村営・腎臓無限売買クリニック』! まあ、私ったらなんて素晴らしい名案を思いついてしまったのかしら! ノーベル平和賞を受賞してしまいますわね♡」

「「「悪魔だァァァァァァァァッッ!!!!」」」

 広場の全村民が、腹の底から絶叫した。

「コンプライアンス違反です! 人道に対する罪です! BAN対象ですぅぅぅ!!」

「誰か! 誰かあの天然サイコパスエルフを止めてくれぇぇぇええッ!!」

 阿鼻叫喚の嵐。

 だが、誰も前に出られない。かつてルナが虫歯で泣いた際、世界樹が激怒して大陸中の植物を暴走させ文明を滅亡寸前に追い込んだ事件を、誰もが知っているからだ。下手に彼女を刺激して泣かせれば、今度はポポロ村ごと樹海の肥料にされてしまう。

 物陰では、昨日正規雇用されたばかりのリーザが、小豆色の芋ジャージの胸元をかき抱きながらガタガタと震えていた。

「お、恐ろしすぎますわ……! 私、道端のオオバコを貪り食うド底辺ですが、自分の内臓を養殖して無限出荷しようなどという発想はミジンコほども浮かびませんでしたわ……! あの女、顔と育ちが良いだけの歩く人道危機ですのよ……!」

「アホか! 何が生肉の無限養殖じゃボケェッ!!」

 そこへ、商人のニャングルが血相を変えて駆け込んできた。愛用の算盤を振り回し、キセルから煙を噴き上げながら叫ぶ。

「ルナのお嬢さん! ウチのゴルド商会を臓器ブローカーのブラックマーケットにする気かぁッ!? そんな出所不明のバイオ腎臓を市場に流してみぃ! 帝国と聖堂教会から『非人道的禁制品流通容疑』でゴルドスマイル銀行の全口座が凍結されて、一撃で破産管財人送りじゃ!!」

「まあ、ニャングルさん。商売人なのに、目の前の莫大な利益を逃すなんて勿体ないですわ。大丈夫です、最初は泥沼さん一人ですが、軌道に乗ったら村人全員を交代制でクリニックへご案内しますから♡」

「村をまるごと臓器培養プラントにする気かぁぁぁッ!!」

 ニャングルが頭を抱えて卒倒しかける。

 その横では、村長キャルルが長い白銀の兎耳をペタンと倒し、オロオロと両手を振っていた。

「ル、ルナちゃん、ダメだよぉ! 泥沼さんの心拍数が毎分二百二十回超えてるよ! このままだと手術する前にショック死しちゃうってばぁ!」

「ふふ、大丈夫ですわキャルル様。心臓が止まっても、世界樹の葉をすり潰して心筋に直接植え付ければ、元気にバクバク動き出しますもの!」

「そういう問題じゃないのぉぉぉーーッ!!」

 絶望が支配する中庭。

 ルナは優雅にメスを掲げ、泥沼源蔵の脇腹へと切っ先を近づけていく。

「さあ泥沼さん、深呼吸なさって? 大丈夫、ちょっと脇腹をお魚の三枚おろしのように開くだけですわ……♡」

「死んだぁぁぁ! 母ちゃん、先立つ不孝を許してくれぇぇぇッ!!」

 源蔵が白目を剥き、まさにメスが肉を裂かんと振り下ろされた――その瞬間。

 コツ、コツ、コツ。

 冷え切った中庭の敷石に、正確無比なテンポで響く、硬質な靴音。

 その足音が耳に届いた瞬間、なぜかその場を支配していた狂気とパニックの空気が、ピタリと絶対零度へと凍りついた。

「――そこまでです、ルナ・シンフォニアさん」

 低く、落ち着き払い、そして一切の感情を排した大人の男の声。

 人混みを割って歩み出てきたのは、くたびれたチャコールグレーの背広に身を包み、銀縁眼鏡を指先でクイと押し上げた四十歳の元社畜――武田正であった。

「タ、タダシさん……!」

「総務課長殿ォォォッ!!」

 キャルルと村人たちが、まるで地獄に現れた唯一の救世主を見るような目で正を仰ぎ見る。

 正はクリップボードに挟まれた書類から視線を外すことなく、ルナの前にスッと立ちはだかった。

 その視界の端では、青白いシステムウィンドウが高速で展開されていた。

――――――――――――――――――――

【監査対象】ルナ・シンフォニア(20)

【事象確認】生体組織の反復摘出および再生による無認可金融スキーム(自称クリニック)

【適用条文】

・ガオガオン基本法第1条(生命尊厳の保持および人道に対する罪)

・ポポロ村臨時衛生管理規則第4条(無資格侵襲的医療行為の禁止)

・コンプライアンス規程第12条(公序良俗に反する反社会的事業の禁止)

――――――――――――――――――――

「あら? タダシ様ではありませんか」

 ルナはメスを握ったまま、ふんわりと愛らしい笑みを正に向けた。

「ちょうど良かったですわ! タダシ様にも、この『腎臓無限売買クリニック』の役場公認ライセンスに決裁印をいただこうと思っていたところなんですの。村の財政も潤って、泥沼さんも借金から解放されて、世界樹の奇跡も世に知らしめることができる……まさに三方よしの完璧な事業計画だと思いませんこと?」

 満面の笑みで、純粋な善意の光を放つルナ。

 だが、武田正の銀縁眼鏡の奥の瞳は、微動だにしなかった。

 正は胸ポケットから愛用の三文判を取り出し、朱肉ケースをパチンと開いた。

「……ルナさん。結論から申し上げます」

 正の冷徹で重厚な宣告が、静まり返った中庭に響き渡る。

「その狂気の企画書、一文字たりとも通すわけにはいきません」

読んでいただきありがとうございます。

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