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『40歳元法務課長、限界集落ポポロ村の稟議を通す〜神や魔王をコンプラで倍返ししてたら大陸最強の黒幕と崇められていた件〜』  作者: 月神世一


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13/22

EP 13

山賊連合の報復突入と、承認印の閃光

帝国軍との理不尽な示談交渉を完璧な黒字決算で乗り切り、ポポロ村へと帰還した武田正を待っていたのは、束の間の静寂……ではなく、役場の一室に山積みになった未処理の決裁書類の山だった。

「やれやれ。徹夜明けの身体に、この累積赤字の解消作業はこたえますね」

職員用宿舎の小上がりで、正はくたびれたチャコールグレーのスーツの上着をハンガーに掛け、ワイシャツの袖をまくりながら小さく息をついた。

昨夜の満月騒動と帝国軍駐屯地での野戦病院化という名の「強制労働」を乗り切り、ようやく手に入れた午前中のひととき。

ローテーブルの上には、昨夜お預けを食らった冷えた『イモッカ・ソーダ』の缶と、湯気の立つ温かいお茶が置かれている。

正はポケットから銀色のシートを取り出し、胃薬の錠剤を一粒、慣れた手つきで口に放り込んだ。

「タダシさんっ! 大変だよ!」

勢いよく障子戸が開き、白銀の長い兎耳をピクピクとさせた村長キャルルが、バタバタと小走りで部屋に飛び込んできた。

その表情には、昨夜の満月暴走の面影は微塵もなく、代わりに全開の警戒色と、どこか嬉しそうな独占欲の光が宿っている。

「どうしました、村長。執務時間中のノックは基本ですよ」

「そんなこと言ってる場合じゃないって! 村の西側を囲む見張り塔から緊急連絡が入ったの! 先日タダシさんがドンガン鉱山へ送った山賊……『黒鉄の牙』の残党が、周辺の悪名高い山賊団をかき集めて、大群でこっちに向かってきているらしいの!」

正の動きが、わずかにピタリと止まった。

万年筆を持ったまま、銀縁眼鏡の奥の目を細める。

「山賊の残党が、連合を組んで?」

「そう! その数、なんと約三百人! 『あの眼鏡のオッサンとウサギ女に恥をかかされた落とし前をつけてやる! 村を焼き払って全財産を奪い尽くしてやる!』って、ものすごい気合で街道を突っ込んできてるんだって!」

キャルルは唇の端を吊り上げ、ダブルトンファーをガチャリと手元に引き寄せた。

「ふん、いい度胸じゃないか。前はタダシさんの手前だから法的手続きとか面倒なことに付き合ってあげたけど、今度は向こうから村を襲いに来客してくれたんだよね? なら、私のマッハの拳で全員まとめて……」

「村長、お待ちください」

正は静かに、だが絶対的な拒絶を含んだ声でキャルルの言葉を遮った。

「殴っても、お金は戻ってきません」

「ええ〜!? だって今度は向こうが攻めてきてるんだよ? 正当防衛でボコボコにしても、誰も文句言わないでしょ!」

「暴力で撃退すれば、一時的なカタルシスは得られますが、残された山賊の家族や予備軍が再び報復の機会を窺うことになります。根本的な治安の根本解決にはならない。それに……」

正は立ち上がり、スラックスの裾を整えると、冷徹な法務監査官の笑みを浮かべた。

「我がポポロ村の防衛予算、およびインフラ整備の資金を連中から『合法的に全額回収』する絶好のチャンスです。逆恨みによる夜襲など、企業法務の観点から見れば、ただの『自爆営業』に過ぎません」

その落ち着き払った圧倒的な社畜オーラに、キャルルは「た、タダシさんって、やっぱり怖いね……」と頬を引きつらせた。

午後二十一時。

ポポロ村の西側防壁。

漆黒の闇夜に包まれた街道の向こうから、松明の群れがまるで地を這う赤い蛇のようにうねりながら近づいてきていた。

先頭に立つのは、先日正に手首を折られてドンガン鉱山送りになりかけた『黒鉄の牙』の残党や、周辺の荒くれ者どもが結集した「山賊連合」の精鋭たち、総勢三百名。

「おい、野郎ども! 聞こえているか!」

連合の新たなリーダー格を気取る大男が、錆びた大剣を振りかざして怒号を飛ばす。

「あの生意気な眼鏡の総務野郎と、暴力ウサギ女がいるポポロ村を焼き払え! 蓄えられた物資も金も、すべて俺たちのものだ! 慈悲は一切なし、皆殺しにしろーーっ!!」

「「「オオォォォッ――!!」」」

三百名の山賊たちが下卑た歓声を上げ、防壁めがけて一斉に突進を開始した。

手にはナタ、槍、毒矢、そして簡易的な攻城槌。まさに野獣の群れそのものである。

防壁の内側。

分厚いオーク材の陰で、自警団長マンミアが重厚なシールドパイルバンカー『アグニ』の杭をガシャンと装填し、緊張した面持ちで歯を噛み締めていた。

「来るぞ……! 団員たち、散弾の装填を確認しろ! 帝国製の防衛線を突破されるな!」

「待ってください、マンミア団長」

その背後から、静まり返った足音とともに武田正が歩み出てきた。

その手には、黒い革表紙の分厚いファイル――『ポポロ村緊急防衛計画書』がしっかりと握られている。

「タダシ殿……! 敵は三百人だ! いくらうちの自警団が精鋭でも、正面からぶつかれば被害は避けられない!」

「正面からぶつかる必要などありません。我々はあくまで、自治体の財産と平穏を守る『正当な行政執行』を行うだけです」

正は銀縁眼鏡をクイと押し上げ、夜空に浮かぶ満月を背景に、冷徹な光を瞳に宿した。

視界の端で、青白いシステムウィンドウが激しく明滅する。

【包括的決裁権限(社内稟議)】――派生コマンド起動

【稟議書閲覧(ステータス監査)】

対象組織:山賊連合軍(総勢300名)

敵対理由:不法侵入、村落破壊行為の未遂、および組織的強盗殺人の共謀

法的評価:明白な治安妨害行為および緊急避難対象の排除事由

当事者適格:ポポロ村役場 総務法務兼務課長として、村落防衛の最終決定権を保有。

「――ふう」

正は胸ポケットから万年筆を取り出し、ファイルの一番最後のページ、分厚い決裁欄に滑らかな筆致で署名した。

「武装解除命令を無視し、インフラを破壊する目的で侵入した者に対する防衛措置。要件はすべて揃っています」

「タダシさん、それって……!」

キャルルが息を呑んで見つめる中、正は朱肉ケースをパチンと開き、愛用の三文判を印面に深く押し当てた。

「事前警告を無視した不法侵入者に対する、防衛設備の全自動作動および損害賠償請求の即時起案。――【決裁執行】とします」

ドンッ!

重厚な執務音のような乾いた捺印の音が、夜の静寂を切り裂いて村中に響き渡った。

【決裁執行(アプルーブ)――包括的決裁権限に基づき、『ポポロ村緊急防衛計画書』の全項目を強制具現化】

次の瞬間――!

ポポロ村の周囲を取り囲む畑や農道、そして防壁の足元から、眩い黄金色の光の陣地が突如としてブワッと展開された。

「なっ……なんだこれ……!? 足元が光ってるぞ……!?」

突撃していた山賊たちの先頭集団が、驚愕の声を上げて立ち止まる。

だが、遅かった。

ゴォォォォォンッ!!

【包括的決裁権限】の魔力が、村の防衛設備――九九式魔導ライフル、対空機関砲、そしてドンガン製の地雷原の出力を一瞬にして「三百パーセント」へと強制増幅させた。

自動照準システムが山賊たちの悪意をロックオンし、一斉に火を吹く。

轟音とともに炸裂する魔導弾の嵐。土煙が舞い上がり、山賊たちの足元の地雷がパパパッと連続で連鎖爆発を起こして、彼らの進路を完璧に遮断した。

「ぎゃあああっ!? 足がァッ!」

「なんだこの火力は!? 農村じゃねぇ、要塞だここわぁっ!!」

阿鼻叫喚の地獄絵図と化した街道。

だが、正の「決裁」はこれだけで終わっていなかった。

空中に浮遊した無数の光の文字――『ポポロ村防衛に伴う不法侵入者への自動債権発生通知書』が、パッと夜空に広がると、突撃してきた山賊たち全員の手首に、逃れられない青白い「法的拘束の枷(債務の光)」がガチャンと巻き付いた。

「な、なんだこの手首の光は……! 外れないぞ……っ!?」

「動くと……身体が勝手に痺れる……!?」

正は冷ややかな目を細め、拡声魔導具を口元に寄せた。

「山賊連合の皆様、お疲れ様です。貴方方の我が村に対する不法侵入、および器物破損未遂の損害賠償金として、一人あたり銀貨十枚――総額で銀貨三千枚の債務がただいま確定いたしました」

冷徹に響く正の声。

「全額一括でお支払いいただくか、あるいは昨日お送りした『ドンガン地下帝国・重金属採掘区画』にて、全員そろって元気に十年間スコップを振るっていただくか。……どちらのコースになさいますか?」

「「「悪魔だァァァ――ッ!!!」」」

夜襲を仕掛けたはずの山賊たち三百名は、一発の銃弾で命を奪われることもなく、法と経済の圧倒的な暴力によって、わずか十分足らずで完全に無力化され、地面に崩れ落ちていった。

静まり返った防壁の上で、マンミアはパイルバンカーを地面に突き立てたまま、ただポカンと口を開けて固まっていた。

キャルルは目をハート型に輝かせ、両手を頬に当ててブルブルと身悶えしている。

「す、すごすぎる……! 誰も殺さないで、一瞬で山賊の群れを全員『労働者』にしちゃったよ……! タダシさん、カッコよすぎるよ……!!」

正はふうと小さく息を吐き出し、胸ポケットから胃薬のシートを取り出して、水なしでそっと口に含んだ。

「……やれやれ。これで明日の村の財政は、また大幅な黒字決算ですね」

夜風に揺れるスーツの裾を整えながら、四十歳元社畜課長は、静まり返る防壁の向こうに広がる星空を眺めて、小さく満足げに頷くのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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