EP 11
熱血全回復カチコミの現場マネジメント
ゴォォォォォォォッ!!
夜の闇を切り裂き、轟音とともに街道を疾走するのは、ポポロ村が誇る特注の六輪駆動・高機動魔導装甲車だった。
ドンガン地下帝国の魔導サスペンションがガタガタと軋み、車体が浮き上がるほどの猛スピードである。
助手席に座る武田正は、激しい揺れにネクタイを乱されながらも、膝の上のクリップボードをしっかりと押さえていた。
胸ポケットから銀色のシートを取り出し、胃薬の白い錠剤を指先でプチリと押し出して口に放り込む。
「……リバロン執事、制限速度はどうなっていますか。業務出張とはいえ、公道での危険運転は道交法違反ですよ」
「おや、ご安心を。この街道は国境緩衝地帯ゆえ、交通法規を定めた最高機関が未だ存在いたしません。――それよりも武田殿、見ての通りでございます」
ハンドルを優雅に片手で操る人狼・リバロンが、フロントガラスの先へ細い視線を投げた。
はるか前方の地平線――森の向こうにある丘陵地帯が、まるで昼間のように青白く発光していた。
夜空を衝く閃光、そして数秒遅れて届く、大気を激震させるソニックブーム。
ドォォォォォンッ!! バァァァァァンッ!!
「……あそこですね」
「ええ。あれがルナミス帝国軍・第4国境守備大隊の駐屯基地でございます。主の巡航速度はマッハ1.2。すでに現場へ『エントリー』された模様です」
「エントリー、ですか」
正はため息を飲み込み、視界の端に青白く浮かぶ魔導計算板の起動を確認した。
「新規の営業先ならともかく、他国の正規軍基地へ無断で突入することをビジネス用語で『不法侵入』および『国際武力挑発』と呼びます。後処理の被害査定、急ぎますよ」
「承知いたしました。……それにしても、あの天災の現場へ自ら飛び込む総務課長など、建国以来初めてでございますよ」
リバロンがモノクルを光らせ、アクセルペダルを床まで踏み抜いた。
その頃、ルナミス帝国軍・第4国境守備大隊の兵舎は、筆舌に尽くしがたい阿鼻叫喚の地獄と化していた。
ドガァァァァァァンッ!!
爆薬すら生ぬるい衝撃とともに、分厚いオーク材で作られた兵舎の屋根瓦と梁が、まとめて夜空高く吹き飛んだ。
もうもうと立ち込める粉塵の中から現れたのは、白銀の髪を月に透かし、紅い瞳を爛々と輝かせた愛らしき少女――第43代ポポロ村長、キャルル・ムーンハートだった。
だが、その両手でくるくると音速回転するダブルトンファーからは、白熱するほどの月光闘気が渦を巻いて噴き出している。
「アハハハハハハッ! こんばんはぁーっ! 帝国軍のみんなぁーっ!!」
キャルルが鈴を転がすような美声で絶叫した。
「お月様がすっごく綺麗だよぉぉぉっ! 夜更かししてトランプなんてしてちゃダメだよ! たるんでる! 根性が足りてない! 命を燃やして鍛え直してあげるねぇぇぇっ!!」
「ぎ、ぎゃあああっ!? 出たァァッ! ポポロ村の白い悪魔だぁぁっ!!」
「総員戦闘配置! 迎撃――ぶべぇっ!?」
叫んだ小隊長の顔面に、音速を超えたトンファーの横薙ぎが直撃した。
ミスリル鋼のヘルメットが飴細工のようにへしゃげ、小隊長の身体がピンボールのように兵舎の壁を三枚ぶち抜いて吹き飛ぶ。
「隊長ぉぉぉっ!? ひ、一撃で即死――」
「死んでないよ! はい、全回復ぅぅぅっ!!」
バァァァァァァンッ!!
キャルルが両手をかざした瞬間、満月の神聖な月光が降り注いだ。
壁の残骸に埋もれていた小隊長の全身が眩い光に包まれ、折れた首骨、陥没した頭蓋、飛び散った歯が一瞬で超再生し、元のピンピンした姿へと巻き戻る。
「……は、えっ!? 痛くない……!? 傷が治った……!?」
目を丸くする小隊長。
だが、その安堵はわずかコンマ一秒で絶望へと叩き落とされた。
「治ったね! じゃあ、もう一発いくよぉぉぉっ! 月影流・愛のヤキ入れプレスッ!!」
ドガシャァァァァンッ!!
「あぎゃああああああああっっっ!?」
粉砕、即時全回復、そして再び粉砕。
天国と地獄を高速反復横跳びさせられる、狂気のエンドレス・リハビリテーション。
「ひ、助けてくれぇぇっ! 治さないでくれ! 頼むから気絶させてくれェェッ!!」
「痛い! 痛くない! やっぱり痛いぃぃぃっ!!」
鍛え抜かれた帝国兵たちが涙と鼻水を撒き散らし、四つん這いで逃げ惑う。
そこに、キキィィィィッ! と甲高いスキール音を立てて、一台の装甲車が破壊された兵舎の広場へと滑り込んできた。
ドアが開き、土煙の中に降り立ったのは――。
腕まくりしたワイシャツにスラックス、銀縁眼鏡をかけ、クリップボードと万年筆を手にした中年男――武田正だった。
「……酷いな。現場の惨状としては、深夜の工場火災以来だ」
正は眉間を揉み、視界に青白いウィンドウを展開した。
【包括的決裁権限(社内稟議)】――派生コマンド。
【稟議書閲覧(ステータス監査)】
現場:ルナミス帝国軍 第4国境守備大隊 駐屯地
当事者:ポポロ村長 キャルル・ムーンハート(満月暴走状態)
被害状況(リアルタイム査定):
・第1兵舎:屋根および耐力壁損壊(原状回復費用:金貨百二十枚)
・第2兵舎:外壁半壊、備品破損(被害額:金貨四十枚)
・帝国兵負傷数:八十四名(※ただし全員、即時完全回復により後遺症ゼロ)
提供役務(治癒権能の資産価値):
・骨折、内臓破裂、切断等の超常再生:八十四件
・長年の軍務による慢性腰痛の完全根治:六十二件
・古傷および遺伝性喘息の完全浄化:十二件
・帝都最上位神殿における保険外自由診療換算額:【金貨四千二百枚相当】
「……よし。数字の裏付けは取れた」
正の瞳が、冷徹な財務・法務監査官の光を宿した。
壊された建物の損害など、彼女がばら撒いている「神話級の医療リソース」に比べれば微々たる端数に過ぎない。
問題は、これ以上の物理的損壊が広がれば、相殺のバランスが崩れることだ。
「村長! そこまでです!!」
正は腹の底から声を張り上げ、破壊された兵舎の瓦礫の上へとずかずかと踏み込んだ。
「……ふぇ?」
振り上げたトンファーをピタリと止めたキャルルが、長い白銀の兎耳をピクンと跳ねさせて振り返った。
紅い瞳に、正のスーツ姿が映る。
「タ、タダシさん……!? なんでここにいるのぉ? お布団でねんねしててって言ったのに……!」
「トップが現場で勝手な実力行使をしているのに、総務課長が寝ていられるはずがありません」
正は手元の起案用紙をバサリと掲げ、毅然とした態度で宣告した。
「村長。貴方の現在の破壊行為、すでに建造物等損壊罪の限度額――金貨百六十枚に達しました。これ以上の壁や備品の損壊は、予算外支出につき【即時差戻し(全面禁止)】とします!」
「えぇぇっ!? でも、まだみんなに元気を注入し足りないよぉ! 命が燃えてるんだもん!」
駄々をこねるように地団駄を踏むキャルル。足元の石畳がバキッと割れる。
正は一歩も引かず、眼鏡を押し上げて淡々と言い放った。
「建物を殴るなと言っているのです。殴る対象を限定し、適正な労務管理下でエネルギーを発散してください」
「……な、殴る対象を限定?」
正はキャルルから視線を外し、床にへたり込んでガタガタと震えている帝国兵たちを見下ろした。
そして、スーツの内ポケットから拡声魔導具を取り出し、よく通る「業務アナウンスの声」で呼びかけた。
「帝国軍・第4守備大隊の皆様! 深夜の騒擾、誠にご迷惑をおかけしております! これより、当村のキャルル村長による『出張型・深夜無料健康診断および整体施術』の受診ラインを形成いたします!」
「「「……は、はいぃぃぃっ!?」」」
帝国兵たちがポカンと口を開けた。
正はクリップボードを叩き、淀みなくトリアージの指示を飛ばした。
「健康保険証の提出は不要です! 長年の行軍で腰を痛めている方、古傷が痛む方、内臓疾患や痛風を抱えている方から優先的に前へ! 四列横隊で整然とお並びください! 順番に、当村長が渾身の愛を込めて殴打・完全治療いたします!」
「な……な、並べば……痛風が治るのか……?」
「お、俺、十年前の矢傷がずっと疼いてて……」
「並べ! 殴られたら一瞬痛いが、そのあと神殿の秘薬より効くぞ!」
死の恐怖に怯えていたはずの兵士たちが、「無料で重病が完治する」という現実を前にして、軍人特有の規律を取り戻し始めた。
ドタドタと足音を立てて、あっという間に百人以上の兵士が整然と列を作る。
「よし、トリアージ完了です。――村長、第一番の方からどうぞ。一撃あたりの闘気出力を三十パーセントに抑え、骨折と全快のサイクルを一人一回で完了させてください」
「は、はぁい……! タダシさんが言うなら、並んだ順に元気にしてあげるねぇっ!」
キャルルは満面の笑みを浮かべ、列の先頭の兵士へと駆け寄った。
バキィッ! 「ぎゃあ!」
パァァァァンッ(全回復)! 「うおおっ、腰が! 腰が痛くないぞォォッ!?」
バキィッ! 「ぐふっ!」
パァァァァンッ(全回復)! 「視力が戻った! 白内障が治ったァァッ!!」
兵舎の中庭は、もはや戦場ではなかった。
音速の美少女が次々と重症患者を粉砕・完全治癒し、その後ろで背広の中年男が淡々と計算板にカルテと時価を記録していく、異様な「野外野戦病院」へと変貌していた。
「……ふふっ。素晴らしい現場マネジメントですね、武田殿」
傍らに立ったリバロンが、手帳に数字を書き留めながら優雅に笑った。
「主の暴走エネルギーを殺さず、かつ被害を最小限に抑え、相手方に巨額の『貸し』を作る。まさに神技でございますよ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
正は眼鏡の奥の目を細め、計算板の数値を弾き終えた。
東の山の端が、うっすらと白み始めている。
満月が西の空へと傾き、狂乱の夜が静かに幕を下ろそうとしていた。
瓦礫の中庭には、兵舎こそボロボロになったものの、肌の艶がピカピカになり、五体満足どころか全盛期の肉体を取り戻して涙を流す帝国兵たちがずらりと並んでいた。
そして、朝日の光を浴びた瞬間――。
「……ふぇ? あ、れ……?」
キャルルの紅い瞳から狂気の光がスッと消え、長い白銀の兎耳がペタンと垂れ下がった。
正気に戻った彼女の視界に飛び込んできたのは、吹き飛んだ兵舎の屋根、粉々になった壁、そして正座して自分を拝んでいる筋骨隆々の帝国兵たち。
「ひっ……!? う、うそ……私、またやっちゃったの……!?」
キャルルの顔面から一瞬で血の気が引いた。
冷や汗を滝のように流し、ガタガタと震えながら頭を抱える。
「ご、ごめんなさいぃぃぃっ! 帝国軍のみんな、私、そんなつもりじゃ……っ!!」
泣き叫んで逃げ出そうとするキャルルの肩を、トン、と温かい手が制止した。
武田正だった。
正は優しく微笑み、手元の計算板に挟まれた、完璧に仕上がった一枚の書類を差し出した。
「村長、逃げる必要はありませんよ。――昨夜の損害と医療提供の『損益計算書(P/L)』、完璧に揃いました」
正は銀縁眼鏡をクイと押し上げ、朝日を背にして不敵に告げた。
「さあ、朝一番の業務です。大隊長を呼び出して、大人の『示談交渉』を始めましょうか」
読んでいただきありがとうございます。
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