7話 上と下
「突然持ちかけられても、決心がつかん……」
玉座の間では、王が眉間に皺を寄せていた。
宰相を介した宝石商との謁見が行われている。
「再来月には国庫が空っぽになりまス! 急いで来てもらったんですヨ~」
「世にも珍しい魔法遺具の買い取り額なら、普段の10倍はご用意させていただきます」
2人は王に、商談を迫っている。
「しかし、アレは国のお守りにと、魔女ヨハナが納めた物……手放せん……」
「魔物の小競り合い程度なら今まで通り、将軍の魔法隊が払ってくれますヨ~。それに、隣国のパルヴェンスがとっても強い。滅多にここまで来てないでス!」
宰相は身を乗り出し、身振り手振りで力説した。
「30年間効果がわからない置き物と、再来月の国家運営。どっちが大事ですカ!」
「金貨は数日中にお支払いいたします、何卒」
王は目を閉じ、考え込んでいる。
かつて世界を半壊させた魔力災害を鎮めるべく立ち上がった勇者、その魂が込められた遺品に思いを巡らせているかのようだった。
ほどなくして、深く腰掛けた背もたれから身を起こし、サイドテーブルの羽根ペンを左手で取ると、置かれた1枚の紙に無言のままサインをした。
「おお! ありがとうございます、国王様」
「では、国宝の用意をしてまいりまス」
宰相は売買契約書を受け取ると、宝石商とともに退出して行った。
静まり返る玉座の間で、王は天を仰いだ。
執務室に戻った宰相は、入口で待つ側近の文官に契約書を手渡すと、そっと扉を閉めた。
「ヤッハ~! 成功ネ~」
「呆気ないものでしたな」
「あとは、契約書を見た将軍が兵士と一緒になだれ込んで……悪政の王様を捕らえた救世主に! もうすぐ、私達があの玉座に座るのネ~!」
モネーラ宰相は、両腕を高く上げクネらせた腰を、宝石商の横から小気味良く当てて小躍りしている。
宝石商は少し距離を置き、にこやかに尋ねた。
「ディアモス将軍指揮下の魔法隊は、連れてこない約束でしたよね」
「もちろん! あなたが苦手な魔法使い達は今頃おウチでのんびりしてるヨ~」
首を傾げながら、宝石商は続ける。
「……城内で何か飼ってます? 微弱だが魔力を感じる……地下、かな? やはり借り物の身体では、感知が鈍る。男の姿なら尚の事だ」
「う~ん……おぉ。国宝の魔力調整に来たお嬢さんがいるヨ。牢屋にいるから大丈夫、大丈夫~」
この返答に表情を失くした宝石商は、宰相を睨みつけ、静かに忠告した。
「大丈夫……とは? 魔力を持たないお前が決めるな」
突然の変貌に、宰相はウッと固まった。
「この密度。この純度。我々フィゼアの民でも、そう居ない……蕾のうちに、摘んでおくか……」
「でででっ、では、私は宝物庫から国宝を取ってくるヨ……用事が済んだら、ここに戻って来てネ」
地下牢への道順を確認すると、2人は執務室を後にした。
入城した守護騎士団長を、大広場の巨大な石像が迎え入れていた。
神々しく左手を突き上げ、30年間ウルテンジーアの国民を見守ってきたのだろう。
「………………」
重々しく閉じる城門の音が、バルマーロの背中にのしかかった。
(静か過ぎる……そこかしこの陰に、人の気配……何十人配置したというのだ)
薄っすらと滲む額の汗を拭うことすら躊躇うように、自然体を保っている。
(宝石商はいつも商談前に、執務室で宰相と面会していたはず……メレネッシを捕らえなかった報告のついでに、動向を探れればいいのだが……)
普段は衛兵や給仕などが行き交うであろう大広間、その両脇から延びる左側の階段を、ゆっくりと登っていった。
(さて。どんな罰を言い渡されることやら……宰相を説得し、ルイーナ殿に国宝の調整を再度依頼する……現実味は薄そうだ)
小さなため息をつき30段を登りきると、廊下の曲がり角で、男と鉢合わせた。
「ハッ!……失礼いたしました」
バルマーロは、息を飲みながら詫びた。
(……宰相の、側近の者!)
軽く会釈しそそくさと階段を降りようとする、見覚えのある男を呼び止めた。
「今日の夕食は、肉でしたかな? 魚でしたかな?」
不意な世間話に、男は思わず足を止めると振り返らずに「……魚、でしたな」と、予定されている献立を答えた。
「配膳の用意が遅れているのでしょうか? 人の往来がありませんね……」
男は当たり障りなく返すと、その後も二言三言と続く話題を、のらりくらりと躱した。
背を向けたまま、懐に入れた紙の端をチラリと出すと、すぐに隠した。
すると、大広間の隅に設置された花壇から人影が消えるのを、バルマーロは見逃さなかった。
「おや? これは……埃、ですかな?」
バルマーロはそう言うと、側近の肩に後ろから、左手をかけた。
玉座の間で商談が始まっていた頃、地下牢では見回り番の交代が行われていた。
怖ろしい魔力を察知し怯えるルイーナは、深呼吸で落ち着きを保ちながら、隣の牢から呼びかけるバスティに返答した。
「だ、大丈夫……だよ」
遠方から、錆びた扉が重々しく開閉する音が廊下に響くと、コツコツと足音が向かってくるのが聞こえる。
(2人? 見回り兵と……宰相、かな?)
バスティは反響する音を頼りに、投獄を指示したモネーラから次はどんな濡れ衣を着せられるのか、と警戒心を強めた。
コツ、コツ、コツ、コ。
足音は鉄格子の前で、ピタリと止まった。
向けられた松明の眩しさに、牢の隅で小さく丸まるバスティは顔を背け、投げかけられた言葉を聞いた。
「ヘヘ……よお、兄ちゃん」
ハッと顔を上げるバスティの目に飛び込んだのは、中腰で覗き込む、スリのオヤジだった。
「よし。取りかかれ」
オヤジがおもむろに錠前を手に取る横から、フェドーラ帽がひょっこり姿を現した。
「メッ! メレネッシさんっ?」
薄暗い廊下に、全身白のコーディネートが際立つ。
「話しただけで、重罪人用の独房とはね。俺も随分と嫌われたもんだ……助けに来たぜ!」
「どうしてここが? こんなことして、メレネッシさんが捕まるんじゃ……」
突然のことに理解が追いつかないバスティに、メレネッシはバルマーロから得た情報から、救出を決断したことを伝えた。
「間違いは正す、当然だ。正しければ、堂々としていればいいのさ」
危険な潜入においても変装などしない、と言わんばかりに、ポリシーに従っている。
カシャン。
解錠の音が響くと、鉄格子の扉を開けたオヤジはバスティの手枷を観察した。
「旦那、こりゃ無理だ。木枠ごとぶった斬らなきゃ」
鍵穴に針金を通しながら、お手上げの様子だ。
「そうか。アジトまでこのまま、だな。次はルイーナだ」
そう言うと、3人は隣の牢へ作業の場を移した。
「ルイーナ、ルイーナ。メレネッシさんが助けに来てくれたよ」
壁にもたれて座るルイーナは微かに伝わる宝石商の魔力に、これまでの会話が聞こえていないほど、小刻みに震えていた。
「よぉ。久しぶりだな、マシルスのおてんば娘」
「あっ、えっ? うっ、メレネッシ……さん」
劇的な再会で正気を取り戻せたようだったが、なにやら浮かない表情で口を尖らせた。
(いつもバスティにちょっかい出してた、いたずらっ子だっ!)
オヤジは錠前の鍵穴に、針金を通した。
「メレネッシさんっ! お城のどこかに、魔物がいるの! 早く魔法遺具を再調整して、バルマーロ様に渡さなきゃっ」
兵士から義賊に転じたメレネッシの現況をバスティから聞いていたルイーナは、勇者後継筆頭への取り次ぎを求めた。
「魔物っ? まさか……宝石商かっ?」
左手を顎に当て、メレネッシは思案した。
「だが、さすがの俺も、城内でバルマーロさんと面会ってわけには……う~ん」
オヤジは黙々と作業を続けている。
「それに、国宝がまだウルテンジーアの物か、わからないぜ……もしかしたら今頃、金に換える商談をしてるかもしれねぇぞ」
「えっ! 魔法遺具を誰かに売る、ってコト?」
ルイーナは驚きのあまり立ち上がった。
「あれはヨハナ先生の魔力が、国を守ってくれるお守りなのよ! それを破って潜む魔物が、城内にいるのにっ」
まくし立てるように、続ける。
「それに……まだ王様から、調整受領書をもらってないわっ!」
卒業検定の追試を修了した証を、なんとしても手中に収めるべく目に輝きを宿し、先ほどまで震えていた自らを奮い立たせた。
カシャン。
解錠の音とともに、オヤジはふーっと息をつき、鉄格子を開けた。
「とにかく今は、脱出だ! 牢獄の見回り兵達は、仲間が眠らせた。アジトへついて来い!」
他にできることは無い、とメレネッシは行動を促した。
渋々従うルイーナは、バスティの足元に視線を落とした。
「待って」
そう言うと手枷のままかがみ、緩んだ靴紐を不器用に結び直した。
「あっ。ありがとう、ルイーナ」
4人は冷たい廊下を走って行った——




