3話 義賊
「なんでって。う~ん……世直し、かな」
「よなおし? 兵士、じゃなくて、ですか?」
「ヘヘ……辞めちった」
「辞めて、強盗の元締めですかっ? グレンディアの意義に反してる!」
バスティは、思わぬ再会を果たしたメレネッシを追及した。
「反してないさ。半分は……な」
メレネッシなりの、主張があるようだった。
笑ってはいるが、目の奥は信念に満ちている。
「この国は腐ってる。中がダメだから、外から正してんのよ……配属先の軍を辞めたのも、金で汚れた役人をぶん殴っちまったからさ」
「それって、規定だともうここには居られなくなるんじゃ……」
グレンディアから配属後の取り決めを引き合いに、疑問を投げかけた。
「そこが重要だ。なぜ、懲戒解雇ではなく辞職扱いなのか……形はどうであれ、俺の行いを正しいと思ってる人もいるんだ」
復興支援を目的とする、兵士育成施設の義務。
役割を変え、それを果たそうとしていた。
「お前も見ただろ? 華やかな大通りから外れれば、寂れた路地裏ばかり。30年前の勇者にあやかった左利きを強要する法律で、国民を見世物みてぇに少ない観光客に頼る。それほどこの国は貧しい」
メレネッシは視線を落とし、左手の爪を弾きながら、ウルテンジーアの現状を憂いている。
「ほとんどの役人が、賄賂に目が眩んでる。自浄作用がねぇんだ……俺達はそんな奴等を締め上げて、住人に還してるのさ」
そう言うと、再び澄んだ瞳で正対した。
「そんなことより、バスティ。なぜこの国にいる? 制服ってことは、派遣されたんじゃないんだろ?」
バスティは、ルイーナの卒業追試で各地を巡っていることを伝えた。
「へぇ、あの子も夢を掴めそうか。で、お前のほうはどうなんだ?」
「僕は、その……まだ……」
この旅を完遂できればルイーナと同様、グレンディアからの卒業が約束されているが、バスティは偉大な先輩を前に、口籠った。
「う~ん。太刀筋はいいモノ持ってるのにな。ペルダットさんのケアで立ち直れたと思ったが……何か、別の問題か?」
バスティは、攻撃訓練をサボるようになった当時の出来事を知るメレネッシに踏み込まれ、少し間を開けて答えた。
「……あの事故のことは、もう吹っ切れてるんです……でも、身体が動かなくて……」
グレンディアに戻れば、彼はいない。
元より、兄貴分として慕っていたのだろう。
今の距離感が、誰にも打ち明けられない心境を吐露するきっかけとなったのか、バスティはぼそっと言葉を続けた。
「木剣を構えて、踏み込もうとすると。その……チラつくんです。あの時の……ルイーナの泣き顔……」
当事者同士の和解は済んでいる。
周囲の配慮も充分だった。
訓練とはいえ誰かを傷つけることが、発端となった相棒の贖罪を再燃させてしまうことを、恐れていた。
「……。……クッ……クハハッ! あの流血だ。そりゃルイーナも驚くよなっ!」
意を決して絞り出したバスティとは対照的に、メレネッシはカラッと笑い飛ばした。
「実戦訓練をケンカだと思って、お前を止めるために叫んだんだっけ? で、それに反応した相手が目を逸らして、受けがズレた……もう踏み込んでたお前は止まれずに、頭から、ドバッ!」
その現場にいたのだろう、メレネッシは思い出し、腹を抱えて笑っている。
「おっ、お互いあんなに血まみれで、8歳の僕達には、たいへんなことだったんですからねっ!」
メレネッシは笑いを鎮めるようにヒィヒィと、ジャケットの内ポケットから煙草を取り出しひとつ煙を吐くと、バスティの目を見つめた。
「やっぱりお前、いいモノ持ってるよ! あれから9年も抱えてよ……俺が言うのもなんだが、兵士は国を守るんだ。最後まで立ってられるのは、痛みを知ってる奴だと、俺は思う」
溜め込んでいた自責を肯定され言葉が出ないバスティは、窓際へ歩くメレネッシの背中を憧れの眼差しで追っている。
しかし、床から拾い上げた物を振り返って見せられた時、ハッと我に返った。
「それにしても、ほんと上手いよな。避けるの」
その手には、拳大の石。
「あーっ! 投げてたのメレネッシさんかっ!」
再びカラカラと笑うと、横の衝立てからひとつの箱を抱えてきた。
「どれだ? 探してんだろ? 財布」
スリを追ってきたバスティは本来の目的を思い出し、オヤジから回収したのであろう箱いっぱいに入った盗品の中から、自分の物を探した。
「あ、え~っと。コレ……です……」
モジモジ申告すると、中身の確認を促された。
グレンディア指定の、小銭入れにしてはやや大きめな、がま口。
黄色の布地には、SAIFUと表記したかったのだろうか。
【FUSAI】の刺繍が施されている。
開閉部分はカッチカチで、その都度苦労する。
デザイン変更を断行した当時の施設管理者が、無駄遣いを控えさせて子供達が負債を抱えないように、との意思を込めたようだ——
(ぐぬぬっ……固っ、てぇーーーっ!)
パガッ!
指が白くなるほどの力でようやく開くと、数枚のコインは無事だった。
届け出をしなかった理由は、このがま口財布を見られたくなかったからのようだ。
「じゃ、俺達は行くぜ。まずは、コイツが盗った物を返しに行かなきゃな」
「メレネッシさんっ! あ、ありがとう、ございます。聞いてくれて……教えてくれて、また話せて。嬉しかったです!」
施設を出た者同士が再び言葉を交わす機会は、偶然同じ国に派遣されること以外には、ほぼ無い。
自然と口から出た感謝は、奇跡のような巡り合わせを理解しているからだろう。
トン——
メレネッシは何も言わず、左拳をバスティの胸にとひとつ置くと、部下を引き連れ、扉から出て行った。
バスティは立ち上がり、がま口財布を制服ズボンの後ろポケットにしまうと、煙草のにおいが残る部屋を後にした。
夕方にはまだ早いが、路地裏はさらに薄暗くなっていた。
どこか晴れやかな表情のバスティは、軽い足取りで大通りに消えるその背中を射るような視線に、気づけていない——




