2話 裏の顔
ルイーナが卒業課題である、国宝の魔力調整に取りかかり始めて、2時間ほど。
来賓室では、バスティが大きな荷物を解き……いや、散乱させていた。
(やっぱり無いっ! ルイーナにバレたら……)
その時——
トントントン「どーぞ♡」カチャ。
ルイーナのノックに、
ルイーナちゃんが応え、
ルイーナ様がバスティの客室扉を開ける。
それは、いつ、いかなる時でも。
彼のプライバシーは、保護されていない。
「くぁwせdrftgyふじこlpっ!」
「……なにやってんの?」
「おっ、お早いお戻りで~……」
引きつった笑顔のバスティを意に返さず、椅子に腰掛けたルイーナは、疲弊した様子だった。
「まだ、時間かかりそうなの……お昼の後、街の見物に出ててもいいわよ」
「そ、そっか。まぁゆっくり、ね」
そう言いながら散らかした荷物をまとめると、2人は用意された昼食会へと向かった。
「ほう。魔力の流れ、ですか……」
食事を摂りながら、ディアモス将軍が国賓代理の話に関心を寄せている。
老いてはいるが、締まった体型を維持している。
「はい。なんか、こぅ……複雑? 独特? そんな感じなんです」
ルイーナは身振り手振りを交えて、言葉では伝えにくい感覚を伝えている。
将軍の向かいに座るモネーラ宰相が、左利き用に配置された食事に戸惑う国賓同行者を気づかっている。
重鎮ながら、陽気な話ぶりが親しみやすい。
「バスティさ~ん! 気にしないネ~!」
ナイフとフォークが普段とは逆の位置にあり、手に取るたびにカチャカチャと音を立てていた。
やり取りを見ていた国王は、食後に外出するバスティに言葉をかける。
「外出の折は護衛は不要とのじゃが……ヨハナ御大のご意向とはいえ、本当によろしいのですかな?」
「は、はいっ。学生服で街に馴染んだほうが、国賓らしくなくていい、ってことみたいです」
「すご~いネ! 護衛がいると、お金持ち襲ってくださ~い、って言ってるみたいだよネ!」
モネーラが理解を示しながら、街の見どころを事細かに話していると、王妃が感心した様子で口を開いた。
「宰相は国民の暮らしに詳しく、頼りになるのです。ルイーナ代理、困ったらいちばん信頼できる方にお任せするのも、過酷な道中では大事なことですよ」
そう言いながら、食事に苦労するバスティを横目に微笑んでいる。
ほどなくして、不慣れな昼食会の時間は進み、ルイーナは作業へ戻り、バスティは街へ出ることとした——
昼下がりの市街地を、バスティは小走りに急いでいた。
観光や見物というよりも、地面に視線を落とし、宛がある様子でもない。
(どこに落としたっ? 僕の財布~)
朝に歩いた道を、ウロウロと辿っている。
(中身は多くないけど……届け出? いやいや、アレは人に見せられないぞ~っ!)
のっぴきならない事情があるのだろう、通りに行き交う人々を避けながら、自力での捜索を諦めていない。
広場で踊るペアが数組に増え、見物の輪も大きくなっていた。
相変わらず、オヤジは酔っぱらっている様子で千鳥足でダンスを見ている。
(あれっ? あの人……まさかっ!)
バスティは、オヤジの挙動を見逃さなかった。
スリだ。
見物者のポケットから財布を抜いている。
(僕もあの手口にやられたのか? 捕まえたら出てくるかな……?)
確信は無いが、手がかりになるならば。
そう考えたのだろうか、バスティは既に走り出していた。
しかし、オヤジも手練れ。
突然向かってくる学生服に気がつくと、人波を掻き分けて、逃げる逃げる。
距離があるとはいえ、酔ったフリだったのだろうか素早い動きで、細道へ入っていった。
路地裏は昼だというのに薄暗く、まるでこの国の表と裏を物語るようだった。
(見失った……嫌なとこ入たな)
この通りからも、朝から鋭い気配を感じていたバスティは、慎重に歩を進める。
人がようやくすれ違えるかどうかの狭さの、L字を曲がった、その時。
「うぉっ?」
突然飛んできた何かを避けた。
振り返ると、壁に跳ね返った親指大の小石が落ちていた。
(あぶなっ! 当たったら大ケガだぞっ?)
身の危険を感じながらも、回避能力には自信があるバスティは、オヤジを追うため再び身体を翻した。
「うっ! えっ? ぶえぇーーーっ?」
振り向きざま、拳大の石が5つ6つと、向かいに見える建物の窓から投げられた。
(何っ? 怖い! なんで!)
これを全て躱すと、全身から汗が噴き出した。
「っ……!」
次の瞬間、背筋が凍ったのは、冷や汗のせいだけではなかった。
バスティは、背中に突きつけられているのはナイフなのだと、直感した。
同時に目隠しをされ、視界を奪われた。
「声を出すな。振り返らずゆっくり歩け」
(強盗なら、ここで刺してもいいはずだ……)
バスティは刃を突き立てられながら、仲間に手首を掴まれ、薄ら闇に消えた——
連れてこられたのは、先ほど石が投げられた廃屋だった。
「座れ」
短い指示とともに両肩をトンと叩かれると、バスティは木箱の上に腰掛けた。
(音……他にも、人がいるのか?)
「目隠しを外せ」
襲撃犯とは別の声がすると、目に覆われていた布が解かれた。
指示の様子はボスだろうか、とバスティは推測した。
(うっ!)
視界に飛び込んだのは、オヤジだった。
カーテンの隙間からの光で、ようやく辺りを確認できる暗がりの中、床に横たわり腹を押さえて悶絶している。
(ヤバいっ! 次は、僕っ?)
逃走の機会を探る猶予もなく、青ざめる、
「ハハッ! そう驚くな、コイツは俺たちの仲間だ……流儀に反した罰をくれてやっただけだ」
ボスの声とともに、革靴の音がコツ、コツ、と近づいてくる。
目の前まで来ると、自ら視野に入るようにしゃがみ込み、フェドーラ帽の鍔を指で上げ、快活な言葉を投げかけた。
「よっ。久しぶりだな、バスティ!」
童顔に澄んだ瞳。
それが誰なのかがすぐにわかった、とばかりに、思わず大きな声で応えた。
「メレネッシさんっ! なんでーっ?」




