1話 法律
「えーーーっ! 私達もっ?」
ガランとした関所に、ルイーナの声が響く。
「これは、僕も聞いてなかった……」
バスティは事前に、この国は国民全員が左利き、といった法律の存在を把握していた。
「まさか、訪問者にも適用されるだなんて〜」
国を跨ぐ人の往来が多くはない情勢で、知見が不完全なのは、よくあることだった。
「右利きの者は追放って……まぁ、早く試験課題を終わらせて、ササッと通過しましょ」
法律に従う承諾書に左手でたどたどしく記名すると、窓口の役人に提出し、ウルテンジーア王国に足を踏み入れた——
「わぁ! いろんな壁に絵が描いてある〜」
街並みのそこかしこに、作品と言って差し支えないほどの落書きが、朝日とともに出迎えた。
「同じ顔の彫刻もたくさん建ってる!」
造形のほとんどは、カーリーヘアの小柄な男性が、左手の握り拳を頭上に挙げており、躍動感がある。
広場では、一組の男女がペアで踊っている。
群がる観衆の輪に混ざり、艶めかしいステップを見物していると、酔っぱらいのオヤジが、あの頃は良かった、とぼやいている。
「……っ! そろそろ、行こうか……」
バスティは小声で促すと、相棒の腕を引いた。
「思わず見入っちゃったわ〜、ありがと」
そう言いながらも、物珍しそうに辺りをキョロキョロ、脇道に入ろうとするルイーナを引き止めている。
(まただ! あっちからも、こっちからも……)
バスティは、路地の陰をしきりに気にしつつも、視線を向けずに平静を装い、ルイーナを城へ誘導していった。
通されたのは、城の来賓室。
背負っていた大きな荷物を隅に降ろすと、バスティは額を拭った。
「ふぅ~〜〜。やっと着いた……」
「あなたが緊張しなくてもいいのに〜っ」
冷や汗の理由を知らないルイーナは呑気に笑い、後ろ髪をひとつに束ね、制服のネクタイを締め直している。
ほどなくして扉が開かれると、1人の男が出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。守護騎士団長、バルマーロと申します」
そう名乗ると、颯爽と左手を差し出し、握手を求めた。
「ルイーナと申します。こちらは同行者のバスティ。よろしくお願いいたします」
2人はぎこちなく握手に応じる。
「バルマーロ様が、魔法遺具の後継者様、でいらっしゃいますか?」
「いいえ……正確には、候補の筆頭、です。ルイーナ殿の調整が済み、効果が顕現すれば。正当な後継者として認められる運びです」
「そうなのですね。街の彫刻はバルマーロ様を讃えるものだと、早合点しておりました」
「ハハッ! 残念ながら、似ているだけですよ。彫刻のモデルは我が国の勇者、と言われた者です」
にこやかに初対面の挨拶を済ませ、作業に取りかかる段取りを確認すると、バルマーロは退室していった。
(元々、社交的とは思ってたけど……堂々とした会話。これもマシルスの教え、なのかな?)
隣で聞いていたバスティは、感心しながら、ルイーナを見「——ブァ〜ッ! 緊張したぁ——」
ようやく息が吸えた。そんな見習い魔法使いが、そこにいた。




