8話 お兄ちゃんの名前
「フフ……まずは、お友達から……ね」
目覚めたリノの目に最初に飛び込んでくるであろう、2人の亡き骸。
それを調達するべく、ネイムレスは再び岩陰に身体を向け、ニヤリと笑う。
(リノ! やばいやばいやばいっ!)
やっと掴んだルイーナの両手首を力いっぱい押さえながら、バスティは活路を見出せていない。
「忙しくなるの。さっさと、片付けるわよ……」
練り上げられる魔力はこれまでとは別の、直接命を狩るためのものだ。
「生きていても役立たず。せめて、死んでから役に立『——その名前を』……?」
背後からの声に、怪訝そうにネイムレスが振り返り、耳を疑う。
「お兄ちゃんが……くれた名前を……」
寝言。ではない。
「……汚すなっ!」
黒いモヤの奥から覗く鋭い眼光に気がつき、思わず距離を取った。
「っ? 精神干渉魔法は確かにかけたはずっ!」
魂と深く結びつく絶対的な記号である、名前。
それを手中に収めている。
精神力・絆・愛……そんな陳腐なもので、跳ね除けられるものではない。
「気が変わったわぁ……貴女から……殺す!」
練り上げた魔力の目標をリノに修正したネイムレスの決断は素早く、的確だった。
「星……花……知恵……」
鈴の音のようにか細い詠唱の意味を、強者特有の危機察知能力が、正しく理解させる。
「我を形成するもの……」
聞いてはならない、そして、聞くことはない。
ただの概念と通説される、禁呪。
その一節に取り乱す、妖艶な魔物。
「ここに捧ぐ……」
操られながらも、本能で何かを察し抗うのだろうか。食いしばるルイーナの口元には血が滴り、頬に一筋の涙が伝う。
「我の名を賭して……」
覆っていた黒の闇を払い、天に昇る光の柱。
宙に浮くほどの魔力を纏うリノに、夜空の祝福が降り注ぐ。
天文学術評議会による周期観測では、流星群は4年後のはずだった。
(ヨハナ……なんて偽物を作ったのよぉ……)
魔法を扱うものとして、この先を知りたい。
最早見惚れるだけのネイムレスに、その終着点の宣告が響く。
「——リリフォアンネリノ」
音が消え、風が止み、小さな身体が輝いた、その刹那。
光の元には、さざ波のように柔らかな長髪の女性が、似つかわしくない威厳の象徴を身に纏い、顕現していた。
杖の先から放たれる、虹色一閃——
その跡には、まるで悪夢など何も無かったかのように、平然とした大地が広がっている。
(聖女……天使……女神……?)
形容し難いその姿は、残された男の脳裏に、生涯焼き付いて離れないのだろう。




