7話 夢の共演
「あらぁ? 貴女ほどの魔力ならそんな軟弱男、すぐに殺せるのに……期待外れだわぁ」
薄ら笑いを浮かべ、ネイムレスはすぐにその理由を見抜いた。
「出力方法を知らないようね。欠陥品、出来損ない、ポンコツ。フフ……人の言葉ではなんて言うんだったかしらぁ」
バスティは不意打ちに理解が追いつかないまま、殴打され続けている。
(ぐっ! 急になんで……)
一時的にふらついた足の力が戻り、腕で頭部を守りながら走り出すと、ルイーナは後を追う。
(よしっ! このままあの岩陰へっ)
「ルイーナっ! どうしちゃったの!」
戸惑う声は、徐々に小さくなっていった——
結果的にはひとまず指示通りとなったことで、
2人を魔力行使に巻き込まずに済む、とリノは安堵した。
(戦うところなんて、見せたくないな……)
なりふり構ってはいられそうにない。
相手の力量を察し、司令官は異形と対峙する。
「そうやって、みんなを困らせてきたんだ」
「フフ……3年前までは、ね。貴女が来てから、つまらなくなっちゃったわぁ」
「精神干渉魔法。発動条件はやっぱり……名前」
「誰も呼ばないんだもの……統率力ってやつなのかしら? ほんと、すごいわぁ」
リノは派遣当初、魔法軍の一兵卒だった。
未解決報告書を読解し仮説を立て、軍内での名前呼びを禁ずる進言が採用された。
以降、防衛戦でも頭角を現し、またたく間に現職へ任命されていた。
「それと、もうひとつ……困ってるのよ……」
ユラユラと髪を靡かせ、ネイムレスは続ける。
「あの子達の聞き分けがなくなってきてねぇ。あなたの魔力に、惹かれちゃってるの」
(あの子達? 低級の習性か……)
「だからぁ。私と貴女、どっちが主か……はっきりさせに来たの」
魔物はより強力な魔力に従い群れを成す。
約30年間に及ぶ損害の蓄積で、人が導き出した研究成果と一致していた。
「思ったよりも、おはなしするね……上級、だよね? ネイムレスさん」
人語を解する知能を持つ魔物。
いるともいないともされる概念。
万が一出会ってしまったら‘逃げろ’が、マシルス学長ヨハナの金言だった。
「上級……?」この一言に過敏に反応した。
「お前等がっ! 勝手にっ! そう呼ぶだけだっ! 下品な偽物っ!」
ヒュドッ——
髪を逆立て放たれた魔法は、空気を切り裂く音とともに氷の刃となり、リノの両太腿に深く突き刺さった。
白黒の法衣が、鮮血に染まる。
「ぅあぁっ!」
(速っ……風魔法で逸らさなかったら足がなくなってた……)
「あらぁ? さっきの子達と遊んで、おねむかしら……フフ。私も久しぶりのおしゃべりで疲れちゃったわぁ」
苦痛に顔を歪め再び膝をつくリノに、ネイムレスはさらなる絶望の言葉を贈る。
「終わりにしましょ……貴女の名前もわかったもの……ね?」
虚言。
リノは確信する。
たった1人でこの岬で戦っていたのだ。
(リノの名前は、まだ聴かれてない!)
岩陰で殴られながら会話が聞こえていたバスティは、ルイーナが豹変した理由を理解し、電撃で焦げかけの靴紐を見て回想する。
(名前を聴かれちゃマズいのか? なら、リノは大丈夫だ。さっきの呼びかけはかき消さ……っ!)
「お友達、優しいのね。ずっと貴女を探していたのよ……崩れた本陣で、情けない顔をして、ね……キャハハッ!」
「?」
リノは言葉の意味を理解できず、苦痛に耐えながら、ネイムレスを怪訝そうに見上げている。
次の瞬間、バスティの背中に悪寒が走った。
(ぁ……僕はあの時、リノの名前を……叫んだ……)
この妖女は兵士を操り、駐屯地で案内をしていたのだ。
ずっと、隣で——
「私達の平和を乱す、貴女に相応しい罰。そうねぇ……」
ネイムレスは岩陰の方向を見ながら、続ける。
「大切な物、気がついたら全部失くなっていました……は、どうかしらぁ? お友達、部下、国……醒めない悪夢をあげる」
ガラドッガァァァァァンッ!
リノの杖先から無詠唱の雷魔法……直撃。
土煙から左足のような黒が吹き飛び、辺りに焦げた臭いが立ち込める。
話しながらも隙を見せなかったネイムレスの、視線が逸れた瞬間を逃さなかった。
連戦により魔力を振り絞ったリノは肩で息をしうつむき、戦果を確認することもできない。
バスティが発した「やった!」の歓声が、おぼろげながら感触をもたらす。
パチ、パチ、パチ……
「……お見事、だわぁ司令官。どうやら最後の魔法ね……人ならさぞ痛かったんでしょうねぇ」
土煙が風で流され、うっすらと現れたネイムレスは、拍手を贈り……浮遊してる。
「楽しかったわぁ……さようなら。偽物さん」
髪のようなものを操ると、極上の獲物との別れを惜しむように、そっと呟く。
憎悪の塊のようだった声とは打って変わり、まるで子守歌のように優しい、呪詛。
「リノ。……眠れ……」
次の瞬間。
マシルスの最高傑作と称される少女を黒いモヤが襲い、くせ毛のおさげ髪は、闇に消えた——




