6話 2人の怪物《フェノーメノ》
辺りを警戒しながら歩くと、ほどなくしていくつかのかがり火が見えてきた。
恐る恐る近づくき、バスティは目を凝らす。
「ぶぉっ?」
足元には、なにやら黒い物体が転がっている。
「魔物……の、残骸……あっちにも!」
今にも崩れていく様から、それが核を撃ち抜かれて間もないものだと、ルイーナは察した。
「4、5、6……これって、中級?」
昼の駐屯地から聞こえた会話を思い返すと、ある事実に気がついた。
「私たち、他の魔物見てない、よね?」
今の状況に定石と逆陣形であったことを照合し、ゾッと背筋が凍った。
「もしかして……1人で、戦ってたの? あの雷も、さっきの爆発も?」
駐屯地の魔法使い達は、リノが放つ魔力の波動から、兵士達を守っていたのだ。
まだ残る冷気と、ひとつの葉も残らない木々。
氷と嵐の魔法も行使された形跡から、あの程度の損害に食い止められた功績は、勲章ものだ。
「見て! あれ」
さらに奥に何やら発見したバスティが、声を上げ指を指す。
「ん……岩?」
ルイーナの腰の高さほどの隆起物が、拓けた荒れ地の中央に、ポツンとひとつ。
「じゃない……人だ!」
パルヴェンス魔法軍を示す白黒の縦縞、背中には金色の国章が刺繍された、法衣。
短いおさげが風に揺れ、うずくまっている。
リノだ——
ルイーナの推測通り、小さな魔法使いは単身この岬を守り、この国の‘戦術はリノ’だった。
マシルスの最高傑作が派遣されて以降3年間、戦力は事実上‘1’であり、それは地理的に見ても、世界の門番と同義なのだ。
再会に駆け寄る一歩を踏み出すバスティ。
「おーーーぃ! リ『来るなっ!』」
足元に一瞬の電撃が爆ぜ、硬直する。
「民間人が来るところではない」
いつもの鈴の音とは別の、腹の底からの声。
「居合わせた以上、指揮系統に入ってもらう」
小柄な身体には似つかわしくない、不慣れな低音を搾り出している。
「そこの2人。直ちに岩陰へ……これは命令だ」
魔法軍司令官は振り返らず、海の方向から注意を逸らさない。
(リノ?……もう終わったはずなのに)
バスティは電撃で先が焼けた靴紐を結び直す。
パチ、パチ、パチ、パチ、パチ……
さざ波の音を割って、乾いた拍手が岬に響く。
闇の中から、1人のヘルメット兵士が現れる。
「お見事。魔法軍司令官殿、まるで怪物ですね」
ニヤけた顔で、称賛の言葉を投げかける。
ルイーナはその見覚えのある姿に「さっきの案内兵? 昼間から、何度も邪魔してーっ!」と、いきり立つ。
この怒声が、引っかかっていた違和感と結びついたバスティは、ハッとした。
(僕が昼間に囲まれた見張り兵は、2人だった……3人と言っていたルイーナにしか、見えてなかったのか?)
よく目を凝らすと、部分的な軽鎧の下の軍服は昨日今日付いた傷みではなさそうだ。
ヘルメットから覗く顔立ちは、兵士というよりどこか高貴な印象を抱かせる。
不穏な気配を感じ取った2人は、司令官の指示通りいったん身を隠すべきだと理解した。
「あの岩陰だルイーナ、急い『バリィィッ!』」
バスティが言い切る直前、突如リノの電撃。
黒焦げの見張り兵士は、その場に倒れ込んだ。
「大気中の静電気を増幅して電流に……すごい」
ヘルメットが吹き飛んだピクリとも動かない
身体から、うつ伏せのまま声がする。
「ウフ。ウフフ……あの子達で、力を使っちゃったのかしら……」
転がっていた6つの物体は既に消滅していた。
兵士だった身体からドス黒い煙が立ち昇ると、1箇所に集約され、人を象った姿となった。
それはまるで、妖艶な女性かのようだ。
「この身体、気に入っていたのだけど……3年ぐらいかしら? まぁ、よく保ったほうね」
横たわる焦げた元憑依体に、名残惜しそうに別れを告げている。
「そう……ルイーナちゃん、ていうのね……」
禍々しい笑みのようなものを浮かべる女のような塊は、そう言いながら、黒を深める。
(っ! 間に合わなかった……?)
リノが放った電撃魔法は、雷鳴でバスティの言葉を遮るための算段であった。
だが、聴かれてしまった。名前を——
「なに……あれ……」
身体の芯まで毒されそうな邪な魔力が否応なく伝播し、ルイーナは足がすくんでいる。
落第者とはいえ魔法使いを志す者として、底無し沼に沈むような絶望感を思い知らされていた。
「かくれんぼと同じくらい、おしゃべりも上手だね。はじめまして、だよね……ネイムレス……」
リノはそう言いながら、自身よりもひと回り長い杖を支えに立ち上がり、民間人達への視線を遮った。
腹部を押さえ、足元には数滴の血痕が残る。
それを見たバスティは「怪我してるのかっ!?」と妹分の身を案じると、バシッと背中をルイーナに叩かれる。
「男子は見ないのっ!」
(あの子! 昨日不安そうだったの、まさか?)
叱責の理由がわからない無神経な顔を、満月の明かりが照らす。
「私、このおチビちゃんに用があるの……その2人には、消えてもらおうかしら……」
ネイムレスは髪のようなものを操り標的に向け
、続けて命じた。
「ルイーナ。今から隣の男を……殺せ……」
黒いモヤがたちまちルイーナを覆うと、ポニーテールが力無く項垂れた。
「お兄ちゃんっ! 逃げ——」
驚きの表情で横を振り向くバスティの頬に、鈍い衝撃が走る。
ゴッ!
相棒の右拳に撃ち抜かれ、視界が揺らぐ——




