2話 魔法遺具
「撃てっ! 撃て撃て撃てっ!!!」
国防魔法砲撃隊長の声が荒野に響く。
「隊長! 3名、臨界間際です!」
「前後交代! 急いで!」
杖から浴びせられる魔法弾の目標は、おびただしい数の魔物の大群。
たびたび襲来しては、治安を悩ませる存在。
まばらに現れては都度撃退してきたが、総力である約50名規模での対応は、この国の記録に無い。
隊長の表情に焦りの色が見える。
「3名は救護幕へ撤退、休め! 体内魔力の素を決して空にするな! 尽きて死ぬ事は許しません!」
魔法使いである彼女達は、マシルス卒業後この国へ派遣された才能達だ。
魔法の属性は本人の素質ごとに異なり、内務的に助けとなる者が多数いる。
国の存亡を直接左右する魔法砲撃隊に所属しているのは、軍事的にとりわけ突出したエリート達なのだ——
「まだかっ! やはりあの小娘にヨハナ様の代理など務まらんのではないかっ?」
本陣幕では、怒声をまき散らしいきり立つ副将軍を、参謀が諭すようになだめている。
「落ち着いてください。人同士の戦ならともかく魔物相手には、現状に耐えつつ魔法遺具の到着を待つほかありません。」
「むぅ……とはいえもう夕暮れが迫っておる! 昼からこの消耗戦では、魔法隊が保たん!」
このやりとりを割くように、飛び込んで来た伝令兵が急報を上奏する。
「ルイーナ様ご到着! ヒデッカータ将軍にお目通りをとのこと!」
「通せ通せ! すぐに連れて来い!!」
副将軍は待ってましたとばかりに、机を強く叩き立ち上がる。
本陣幕の布が捲られ、2人の制服姿の援軍が姿を見せる。
「ハァ、ッフゥ……お待たせ致しました……調整完了の魔法遺具、お届けに上がりました……」
膝に両手を付き、息が上がっている。
「よくぞ参られました。この机に置いて、お身体をお休めください」
「フゥ、ハァ……承知致しました」
参謀に促されるとルイーナは麻袋から、魔法遺具を取り出そうと、手を入れ——
「注進! 注進!」
先ほどとは別の伝令兵が駆け込み、告げる。
「魔法砲撃隊、瓦解! 前線、散り散りに撤退!」
「なんと! 破られたか!」
眉を吊り上げ目が血走る副将軍に、参謀は素早く次の指示を送る。
「ここからは撤退戦です! 副将軍は兵を率いて退路を確保! お二方は魔法遺具を置いて至急城へ引き返してください!」
「魔法以外に魔物への対抗手段はないのだろう? ならば、肉壁として食い止めてやろう!」
兵士を並べて堤防とするには、1人でも多く動員する必要がある。
男子たるもの、なりふり構わず誰彼構わず、国を守る。
その信条である副将軍の目に、猫の手が留まる。
「お前も来い!」
後ろの本陣幕に向けられた視線の先をバスティが振り返ると、そこには屈強な男が——
いない。
「……ぇ?!?」「……ん???」
それが自分に投げかけられたものだと悟ったバスティと、理解が追いつかないルイーナ。
「おい、お前達!こいつに鎧を着せろ!連れて行け!」
「えーーーっ!!」
上官ではない無慈悲な宣告に驚きを隠せない。
「その制服! グレンディア生ならば、いずれどこかの国に仕えるのだろう、当然我が国も出資しておる! 存亡の危機じゃ! 今からお前はヤタガルドの兵士じゃ!」
複数人の兵士がバスティの身体を担ぐ。
「痛いっ! やめてっ!」
足をバタつかせて必死に抵抗するが、副将軍らと共に本陣幕の外へ連れ出されてしまった。
「バスティッ!?」
ルイーナはますます状況が飲み込めない。
その時、奥を仕切るように張られていた、一枚の布が捲られ、1人の男が姿を現した。
「フゥー〜……静まれ……」
短髪の端正な顔立ち、切れ長の目、整えられた顎髭。
引き締まった裸の上半身から立ち昇る熱気は、戦に備えて身体を造っていたのだろう。
「ヒデッカータ将軍……」
参謀が状況整理をしようとするのを遮り一言。
「あれ、どこ?」
鋭い視線がマシルス生に送られ、右手を差し出し、魔法遺具を催促する。
「っ!!」
朝、城で国王に謁見した際に隣にいた、刃物のように飄々とした人物とは思えない。重厚な鈍器のような圧に、たじろぐ。
ルイーナは、手を引っ込めた麻袋を両腕で抱え込み、俯きながら答える。
「わっ……渡せません……渡しませんっ!」
絞り出す声は、震えていた。
「なにっ!?」「ル、ルイーナ様っ!」
イラつく将軍と困惑する参謀に、続けて言い放つ、見習い魔法使い。
「……彼を! 解放してください! こんなのおかしいっ!」
顔を上げるとポニーテールが揺れ、真っ直ぐに将軍の目を睨む。
本人は無意識なのだろう。
髪をこの結び方にするのは、真剣に物事に向き合う時だ。
「ルイーナ様っ!あなたはヨハナ様の代理、つまり国賓扱いなのです!」
参謀は視線の交差点に身体をねじ込み、続ける。
「調整と称して我が国宝を返さないとなると!ただの窃盗とはワケが違いますよっ!」
正論だ。
ルイーナは反論が出ず、啖呵を切った手前、次の行動が思い浮かばない。
その様子を見た将軍が、静かに口を開く。
「ルイーナ代理……君の言う事は、正しい」
「将軍!!」
ヒデッカータを振り返る参謀。
(えっ? どっち??)
大人の事情はわからない、と言いたげな心情を悟られないように、表情を崩さず将軍の意見に乗っかるルイーナ。
「……ですよね……」
公私の区別がつかない自身の発言を、なんとか正当化しなければ、と押し切る。
「副将軍がした事は理に反している。まだ正規の兵士ではない御同行者の安全を、私が約束しよう……ただし、魔物達を退けた後で……だ」
外の喧騒とはまるで別世界かのように続ける。
「代理……それは我が国の勇者の遺品に、ヨハナ様の魔力が込められているのだろう? 平時では魔除けの国宝、有事では身に着けた正統後継者に、魔物に対抗し得る力を授ける代物……なのだろう?」
ヒデッカータは将軍職に就いて以後、30年前の魔法遺具の成り立ちを聞き及んでいる様子だ。
「代理はそれを私に託す為に、長時間努力して、約束通りここへ運んでくれたのだろう?……報いる為に信じて待っていたのだ……改めて、未知の力を貸してほしい」
掴みどころがない。
ルイーナは、そんな将軍の真摯な言葉にどのように返すべきか戸惑いながら、バスティを助けるその一点に絞った選択を思案する。
「将軍。私は魔法を使えません。魔物を退治できません……」
(ヨハナ先生が国宝調整に来てたら、こんなことにはなってないんだろうな……)
魔法遺具を入れた、麻袋の口を広げる。
「だから、これで……」
(なんてダメな自分)
目に涙を溜めながら、それをそっと取り出す。
「みんなを……」
(バスティを)
悔しさと願いの、複雑な気持ちを込めて——
「っ……助けてっ!」
(これが私なりの答え)
——ぶん投げる!
ゴッ!
鈍い音がヒデッカータ将軍の胸に、直撃。
(えっ! いまの、取れたよね!?)
微動だにしない無防備な様子に、困惑。
「おっ……お願いしまーすっ!」
国賓代理は気まずい笑顔で、言葉と土煙を残し、本陣幕から走り去った。
「お、追えっ、捕らえ『待て』」
取り巻き兵士達への参謀の指示を、将軍が諫めるように遮る。
「確かに受け取った。彼女の痛みごと、な……」
右手に収まる魔法遺具の腕輪を左上腕に通す。
国宝に埋め込まれた玉石が、白と赤の眩い光を放ち、ヒデッカータを包み込む。
「っ!!!お!ぐおぉ!くっ!……」
一気に汗が噴き出し苦しむヒデッカータの様子を、饒舌な参謀が、唖然とした表情で見守る。
やがて落ち着くと、切れ長の目を見開き呟く。
「これが……伝説と言われた……ゾーンの感覚か」
不敵な笑みを浮かべる正統後継者。
「今ならなんでもできる気がしてくるゼ……!」




