4話 二の腕パンチ
翌朝。
パルヴェンス城門に、不機嫌な制服姿があった。
「なによっあの王様! 邪魔者扱いじゃない!」
ポニーテールを解き、前髪をピンで留めながら、ルイーナは先ほどの謁見に不満を隠さない。
「魔法遺具調整の受領書はもらえたとはいえ、リノに会えなかったのは寂しすぎるよな~」
王が意地悪をしたわけではなかった。
リノは岬での軍事訓練により、早朝に出発した後だったのだ。
「次はいつ会えるかわかんないんだよっ? せめてちゃんと挨拶、したいよ……」
マシルスもグレンディアも、卒業後の派遣先が決まれば、その国の復興に尽力することが使命となる。
個人的な往来など叶わないだろう。
「……だよね」
卒検追試の名目で、魔法遺具作製者ヨハナの代理として自由に移動できる現状が、異例中の異例なのだ。
昨晩交わした、来賓室での有耶無耶に中断された会話が、最後の別れとなった。
「昨日の不安な顔……あの子、何か隠してるわ」
この後は、郊外の馬車屋へ行き、揺られながら読書をし、次の国で試験を行う。
「……」「……」
本来であればそうするべき、その為の旅だ。
目配せする2人は互いに頷き、それとは別の方向へ爪先を向ける。
無言の目的地変更は、パルヴェンス岬——
日が頭上まで昇った頃、ようやく軍の駐屯地が見えてきた。
「ふひぃ……さすがに歩きは、キツイわね……」
「ごゔじだでぃど……ゼェ……ゔぼっで……」
息切ればかりの雑音に「えっ?」と聞き返し、「こうしないとどこかで止められちゃうもんね」だったのだと、ルイーナはやっと理解ができた。
リノへの面会を求める為に、木柵の防衛線に近づき外から様子を伺うと、バスティは目を疑った。
兵力の約8割ほどかと思われる規模の人員が集結し、武器弾薬も大量に確認できる。
「これ……軍事演習……じゃ、ないよ……」
海風に重苦しい緊張感が混じり漂う。
準備に追われる兵士達の会話が、否応なく耳に届けられる。
「低級218、中級6……先月低級70を追っ払うのがやっとだったのによ……ケッ!」
「魔力探知ってやつか。何かの間違いであってほしいよ」
「魔法軍司令官殿の観測らしい。今回も正確なんだろうな……」
1体で街を更地にするほどとされる魔物が部下を従え、複数の小隊で襲来するようなものだ。
ルイーナは青ざめ、硬直する。
(リノ……なんてものを相手にしてるのよ……)
「おい! 何してる!」
背後からの牽制に、大きな荷物を背負うバスティは思わず「ぎ、行商の者、です~ぅっ……」と涙目だ。
「学生姿の行商人などいるか! 立ち入り禁止だ、立ち去れ!」
2人の見回り兵に、ヘルメットの奥から鋭い眼光を向けられ「はーーぃっ!!」と声を合わせ、一目散に走り去った。
「はひぃ、ふひぃ……っぶはぁ~!」
防衛線が目視できないほどまで戻され、防風林に身を隠し、バスティはようやく荷物を降ろすことができた。
「ここで、休みましょ……ふぅ~」
長くなりそうな旅に携行している、グレンディア支給品の小振りな迷彩柄テントを、協力して手際よく設営し始める。
「野宿の記憶が蘇るわ……ハァ……」
ため息をつきながらも、様になってきている。
完成したポンコツ軍の本陣で、作戦会議と称される、休憩が行われようとしてる。
なにやら集中しているルイーナが、閉じていた瞳を開けると、いつもの輝きは無かった。
「岬のずっと遠くに、まっ黒な塊がある……これが来るんだ……本物の、黒……」
「???」
深刻な表情に反した抽象的な表現に、魔力を有しないバスティはキョトン顔。
「フィゼアの方角。つまり……魔物の親分がいる、魔族の国、ってこと……」
世界半壊の発端となり滅んだ、魔法の国。
今では魔族が棲み着く異界、と伝えられる。
「フィゼア!? ヴォルダーノの国だよね……」
この岬から彼方の対岸にあり、最激戦区パルヴェンス王国が、才能を必要とした理由。
大局的に見れば、対魔族における人類の防衛線を、リノは守っていた。
(こんなに、違うんだね、リノ……)
全力で試みた魔力探知から得られた情報ひとつとっても、精度に歴然の差。
出力できないとはいえ魔力を感じられる、ルイーナができる初歩技術から痛感している。
「僕達が今行って、何になるんだろ……」
不意に呟くバスティは続ける。
「本物の戦場に、友達だからって会いに行く。邪魔になるくらいなら、ここから無事を祈ってるべき、なの……かな」
我が身かわいさではなく、兵士育成機関生としての葛藤が伝わり、ルイーナは視線を合わせられない。
「ヤタガルドでは、将軍に魔法遺具を届ける為に戦場に行った。今は目的が違う……強い魔法使いが集まってるんだよね? これまでだって守ってこれたんだよね? だから、今日も……」
途切れたらこの沈黙に押し潰されてしまう。
泳ぐ目線がそう物語っている。
言葉にしながら、要点を整理しているようだ。
(わかった……僕は、ルイーナも心配なんだ)
「僕達が行っても、一緒に戦えるわけじゃ……」
自身の口から出た言葉に思わずハッとし、ルイーナに顔を向ける。
この場に繋ぎ止めておくための忠言が、魔法出力ができずに泣いてきた少女への刃となることを、彼は知っていた……はずだった。
ポコ——
同時に、二の腕に当たる体温を感じた。
それは、落第者の拳だった。
「……」「……」
俯く顔を上げるルイーナは、ニコリと相棒に向き合う。
「それでも、だよ……ね?」
何度、この笑顔に救われてきたのだろう。
大きな頷きが、バスティなりの答えだ。
ルイーナは立ち上がり、おもむろに大きな荷物袋を開く。
「理由が無いなら……」
取り出した物をバスティに見せ、言い放つ。
「作ればいいのよ♡」
全マシルス生の永遠のおやつ、干しイチジク。
月に一度の買い出しを楽しみにしているのは、リノも例外ではなかった。
2人はこれを、旅程の馬車で食べている。
「陣中見舞いか、いいかも!……もしかして、さっきの深刻な顔、これのこと考えてたの?」
「???」
諦めるつもりなど微塵も無かったキョトン顔。
どのように潜り込むかで、頭がいっぱいだったようだ。
「くっ……あっはははっ! できない理由より、どうすればできるか! うん、僕も一緒に、考える!」
見聞きした情報を掻き集め、幾度にも及ぶ議論の末、方針が決まった。
・親玉は、リノがネイムレスと呼び、不安にさせるほどの魔物。
・魔法遺具の適合者はこの国に未だおらず、対魔物への援軍は期待できない。
・陣中見舞いと称して干しイチジクを届けたら、恐らく人生最後になるであろう言葉を交わし、速やかに撤収。
・本陣幕とは前線から見て最奥、現在地から手前側の大きめなどれか。
・見張り兵士の注意が逸れるのは、事態が大きく動く時、つまり開戦直後。
・開戦は恐らく、夜。
「条件は厳しい、機会は一度きり、かぁ……」
「始まったら、何があっても一直線にリノを目指す! 遅れるなよバスティ~」
気づけば、辺りは松明が必要なほど。
灯せば兵士に見つかってしまう。
ルイーナは手探りで麻の肩掛け袋を手繰り寄せ、ポニーテールを固める。
「……」「……」
いつ始まってもおかしくない、とバスティが靴紐を結んだ、その時。
ゴゴオオオン……ゴオオオンン……
地響きと共に、大砲の轟音。
「始まった!?」
「うん! 走ろう、ルイーナ!」
最高司令官が、今なにより必要としているおやつには、青い魔法が込められている。




