2話 不変の想い
「国防魔法軍の最高司令官っ!?」
「うん。そうだよ〜」
来賓室に響く驚きに反し、リノは平然としている。
「いっぱい魔物をやっつけたら、今年からそうなったの」
「…………。」
ルイーナの魔法遺具調整を待つ間に何気無く聞いた近況は、想像の遥か斜め上だったといった表情で、言葉が出ない。
「お兄ちゃん、そんなことよりぃ……見てて!」
長テーブルの角に座るバスティの横に立ち、なにやら集中すると「えぃっ!」の声とともに、椅子が一脚現れた。
「ぅおっ! えっ?」
対角にあったそれを、肩が触れそうな位置に出現させた。
ちょこんと座り、兄と慕う彼との、2人きりの時間を楽しむ為だ。
相棒のルイーナには当然できない芸当を目の当たりにし、バスティは舌を巻く。
「エヘヘ♡ 転移魔法、いっぱい練習してるの」
ようやく仕事を終えて対面し、これからのおしゃべりを楽しみにしていたのだろう。
足をパタパタ、バスティとの空白期間を埋める話題が、100個はありそうな雰囲気だ。
カチャ——
「お待たせ〜……」
タオルで髪を拭きながらの入室は、卒業追試の課題を済ませたルイーナだ。
この国賓の為に国が風呂を用意しており、バスローブに着替えている。
「おかえり、早かったね!」
「うん、内部魔力の流れが素直で助かった!」
初めて国宝に相対した時は半日がかりだったことを考慮すると、各地に点在する魔法遺具の性質は、一様ではないようだ。
「バスティもお風呂どーぞ、だって。」
「リノ、先に済ませてくる、後でゆっくりな!」
ぷく〜と膨れながら、最高司令官はグラスに飲み物を注ぎ、試験生に差し出した。
「わぁ〜オレンジジュース! ありがと♡」
ルイーナが手近な席に座ると、リノは向かい合わせに腰掛け、口籠りながら切り出す。
「お姉ちゃん。明日には出発、できるね……」
この言葉にグラスの持つ手が止まり「そう、だね……」と返しつつ、真意を測る。
「おやおやリノちゃん? バスティより好きな人ができたのかな〜?」
いたずらな笑顔を向けられたリノは耳を赤らめ「そんなんじゃないもんっ!」と、またぷく〜と膨れた。
一拍置いて、続ける。
「明日の夜ね……ネイムレスが来る。すごく恐くて強い魔力。今もこっち見てる……」
伏目がちに、続ける。
「だから2人は、早く、できるだけ遠くに…ね」
ルイーナは理解した。これは妹としてではなく、魔法使い同士の警告だ、と。
「……ネイムレス?」
そう聞き返されたリノは、とっさに話題を変えようと試みる。
任務の後に日々重ねている、独自の魔法研究について、ルイーナに見解を求めた。
「星って毎年同じ形で、こっちからあっちに周ってるでしょ? それが‘もーっと’あっちに行けば、時間て速くなるかな?」
目を輝かせて矢継ぎ早に話す、純真な表情。
「お姉ちゃんは、どー思う?」
どうやら、時間軸と魔法作用についての仮説のようだ。
幼少期から独特な切り口で考察していた探究心が、マシルスの最高傑作と評される所以だった。
(うっ……リノ、おそろしい子!)
一瞬、白目になりそうな鋭い質問をどうかわそうかと、ルイーナは言葉を絞り出す。
「また遅くまで研究してるんでしょ〜? しっかり食べて、よく寝る! これがいちばんよ」
早く大きくなりたい。これがリノの夢だった。
意図を察したルイーナの答えは、ただのごまかしだけではなかった。
(やっぱり、あの時のままだ……)
改めて対面し、やはり健康面が気になった。
3年前に見送った10歳の体格と、ほぼ変わっていない。
激務と不規則な環境が、容易に想像できる。
「は〜ぃ!」
マシルス在籍中、毎日のように行われた会話に、自身を気遣ってくれる人の存在を3年ぶりに実感し、肩をすぼめる。
(変わってない。良くも悪くも。リノ……)
図星を刺されてはにかむ妹に、姉は微笑む。
「城風呂、最っ高〜!」
扉が開くと同時に、バスティがスキップしながら戻ってきた。
バスローブから覗くグレンディア指定白靴下には、くるぶしに【DODAI】と黄土色の刺繍。
後にこの国の伝記に記されることとなる、堅牢な盾【ロバスト・シールド】の元となる。
土台のように地に足をつけた生き方を願う。
そんな意味合いでデザインされたが、発注段階での齟齬にグレンディア側は気づけなかった。
「なにその靴下〜っっ!!」
不意に揃った声に来賓室は笑いに包まれ、和やかな雰囲気があの日の出来事に話題を移させた。




