約束の橋
数か月が過ぎても、先斗町には変わらない毎日が流れていた。
朝になれば、高瀬川には柔らかな光が差し込み、藤村には女将・好江の元気な声が響く。
琴は毎日舞の稽古に励み、和子は帳場や家の仕事をこなしながら、千代子を育てていた。
カートが遠い朝鮮へ渡ってから、ずいぶん月日が流れた。
山本からも、その後の便りはない。
それでも、和子は不思議と悲しみに沈むことはなかった。
――あの人は、約束を忘れる人ではない。
その思いだけは、少しも揺らぐことがなかった。
その頃になると、京都の町にも少しずつ活気が戻り始めていた。
戦争で傷ついた町並みには新しい店が増え、人々の表情にも明るさが戻っていく。
朝鮮特需の影響もあり、景気はゆっくりと上向き、藤村も以前にも増して忙しい日々を迎えていた。
芸妓や舞妓は毎晩のように座敷へ出掛け、好江も嬉しい悲鳴を上げる。
「忙しいいうんはありがたいことやけど、こう忙しかったら目が回るわ。」
そう言って笑う好江に、和子も思わず笑みをこぼした。
「かこちゃん、あんた、何で舞妓になってくれへんかったん。ああ、もったいない。」
「何回言わせますの。うち、子持ちどっさかい。」
そのやり取りに、藤村は笑い声に包まれた。
悲しいことばかりでは、人は生きていけない。
笑える日があるからこそ、また前を向いて歩いていける。
和子も少しずつ、そんな日々を取り戻していた。
そして、ある夏の日のことだった。
一本のニュースが、日本中を駆け巡った。
――朝鮮戦争休戦。
町の人々は新聞を手に取り、それぞれの思いでその知らせを受け止めていた。
藤村でも、帳場に置かれた新聞を開いた和子が、その見出しを静かに見つめていた。
その記事は、和子の胸に小さな希望の灯をともした。
山本から伝えられた、あの日の言葉。
「戦争が終わったら、高瀬川の橋の上で会いましょう。」
その約束だけが、和子の心を支えていた。
それからというもの、暇を見つけては千代子の小さな手を握り、高瀬川へ足を運ぶようになった。
忙しい一日を終えた夕暮れ。
買い物の帰り道。
休みの日の午後。
和子は橋の欄干にもたれ、静かに川の流れを見つめた。
川は、あの日と変わることなく穏やかに流れている。
水面を渡る風。
土手に揺れる草花。
子どもたちの笑い声。
季節だけが、ゆっくりと移ろっていった。
橋を渡る人影が見えるたびに、和子は思わず顔を上げた。
背の高い外国人の姿を見つけるたび、胸が小さく高鳴る。
けれど、その人はいつも違う人だった。
それでも、和子が肩を落とすことはなかった。
――あの人は、約束を忘れる人やない。
その思いは、少しも揺らぐことがなかった。
今日会えなくても、きっと明日。
明日でなければ、来月。
来月でなければ、いつか必ず。
そう信じながら、和子は高瀬川の橋に立ち続けた。
その流れだけが、二人の約束を静かに見守っているようだった。




