第五話
今日は金曜日。日付は二月十三日。時刻は二十一時。
はあ⋯⋯。
今年は一個くらい貰えるものだと高を括っていた。
小林さんだけでも。
やっぱり催促しといたほうが良かったのかな。
ボクはさっきからスマホを何度も確認している。小林さんからはラインどころか電話がなる形跡もない。
なんか小林さん、今日挙動不審だったから、ちょっと期待してたんだよ。
もらえなかった。
あ、でもバレンタインデーは明日なんだから。
ボクは緊張していたせいか、そのまま寝落ちした。
翌朝、朝食をとりにリビングに降りると母さんが話しかけてきた。
「おばあちゃんの顔が急に見たくなったんで二人で行ってくるけど、あなたはどうする?」
「ボクは忙しいから行かないよ」
小林さんからの連絡を待ってるだけなんだけどね。
「そう、さくらちゃんからの連絡待ちだけなら、ちょうどいいじゃない」
母さんがニヤニヤしている。
この人、エスパーか!
そんなわけでボクは今、母さんの実家にお邪魔している。もちろんいつでも小林さんからの連絡が取れるようにスマホをスタンバっている。
「そういや龍之介、許嫁とはうまくやってるか?」
おばあちゃん、許嫁って何?
ボクが黙っていると母さんが口を出してきた。
「さくらちゃんとの話は辰之助さんと貴子さんで決めた話だったからね。今の時代は本人同士の自由恋愛が基本だからね」
「なんじゃ、ワシもマスターも早くひ孫の顔が見たいといつも言っとるんだ。おい、龍之介。聞いとるか」
聞いてるよ。
お互い高校生なんだから子供は無理に決まってんだろ。
おばあちゃん、ボケたか!
「ボクたちはまだ高校生だからね。子供とかはまだ⋯⋯」
ボクの言葉におばあちゃんは苛立つ。
「龍之介、ワシもマスターもいつまで生きてると思うなよ。お前も男だろ。子供の一人や二人さっさとこしらえてこい」
いや、産むのは小林さんなんだから。
ちなみにマスターとは定食屋のご主人で小林さんのおじいさんのことである。
もう、十六時⋯⋯。
やっぱりボクから連絡したほうがいいのでは。
いや、バレンタインデーのチョコの催促ってさすがにキモキモのキモだろ!
そんなことを考えていると小林さんからライン連絡がきた。
『今行くね』
どこに?
わからん。
こういう時は迷わず電話だ。
「もう、女が恋人に会うのに三時間準備が必要だって年明けに言ったろ! もう少し待ってて」
「いや、どこに?」
「ポプラ並木の前で待ってるって、橋本君がラインしてきたんでしょ」
はあ?
「ごめん、気の所為だった。ちょっと昨日から緊張してて⋯⋯」
「何かあったの?」
小林さん、怒ってる!
ボクはおばあちゃんの家を飛び出し、小林さんの家に向かって歩いていく。
「今から会える?」
「いいよ。いつでも」
「じゃあ、今すぐ」
「わかった」
ボクは小林さんの家のチャイムを押した。
ピンポーン!
「あ、橋本君。さくら今呼んでくるね」
そう言ってオバサンが対応してくれた。小林さんが玄関にやってきた。
「なんでこんなに早いの?」
「なんかよくわかんないんだけど、今朝両親が突然おばあちゃんの顔が見たいって言い出してボクも一緒に来たんだよ。ほら、二軒隣って母さんの実家でしょ」
「まあ、いいわ。とりあえず上がって」
うわっ、やっぱり怒ってる。
ボクは小林さんの部屋に入った。
そういえば、女の子の部屋に入るのって初めてだ。
緊張する。
「まあ、適当に座って」
小林さんにそう言われ、ボクは素直に机の椅子に腰掛ける。
あんまり刺激しないようにしないと。
しばらくの沈黙の後、小林さんが口を開いた。
「ほら、なんだ。そこにあんのは⋯⋯。義理だ。うん義理!」
小林さんはそう言って、机の上の本命チョコを指差した。
良かった。
チョコもらえた。
「小林さん、ありがとう。母さん以外にチョコもらったの初めてだから、すごいうれしい!」
アレ?
どうしたの。
小林さんはゆっくりボクの方に歩み寄ってきた。
「橋本君違うの。違うの、それ⋯⋯」
「本命チョコ⋯⋯」
そういうことか⋯⋯。
「知ってる」
ボクがそう言うと、小林さんが涙目でボクを見つめてくる。
「ちょっと小林さん。チョコの箱が潰れちゃう」
小林さんはボクをベットに押し倒した。
まあ、いいか。
何かあったとしても誰にも怒られないから⋯⋯。
そして、ボクの意識は薄れていった。ボクは夢を見た。
ここは?
どうやら病室らしい。
見知らぬ女の人がベットで眠っている。
窓の外に目を移すと⋯⋯。
アレ!
ボクたちの学校のポプラ並木が見える⋯⋯。
ボクが目覚めると小林さんの顔が目の前にあった。




