第四話
三学期が始まった。うちの高校は二月初めに生徒会選挙があるため始業式の時に候補者を選出することになっている。各役員はクラスで重複しないのが通例となっているため、ホームルームで候補者を選出して担任が選挙管理委員にまとめて提出することになっている。候補者調整するためであって必ず候補者を選出しなければいけないという訳でもない。
そのホームルームが始まった。
「じゃあ、生徒会長なんだけど立候補する人います?」
先生がそう言うと前の方で南さんが手を上げた。
「他にいる? いないなら南さんで決まりだけど」
先生がそう言うと、もう一人前の方で若林君が手を上げた。
「若林さんもか。他にはいる?」
先生がそう言うと若林君が突然立ち上がる。
「俺じゃなくて橋本を推薦します」
「若林さん、推薦じゃなくて立候補する人を訊いているから。他にいないなら南さんで決まりだけどいい?」
先生がそう言うと若林君は言い放つ。
「橋本は文化祭の件で一年生の人気が高いです。絶対に勝てます」
若林君がそう言うと今度は南さんが若林君に噛み付く。
「私じゃ勝てないってこと? 失礼ね。あんた!」
「お前じゃ絶対に勝てない。絶対に。立候補じゃなきゃダメって言うなら橋本、立候補しろ!」
ボクにフルなよ。
「橋本、お前はどうなんだよ!」
南さんがボクを睨みつける。
だからボクには関係ないだろ!
「じゃあ、私が立候補するよ。立候補だったら問題ないだろ!」
小林さんは手を上げ、前方を睨みつける。
小林さん、余計なことしなくていいのに⋯⋯。
結局、生徒会選挙には生徒会長の二人以外の立候補は出なかったため翌日のホームルームでクラス内投票が行われることになった。
ホームルームが終わると若林君がこちらに歩いてくる。
「まあ、橋本じゃなくて奥さん先輩でもいいんだけどね」
小林さんが若林君の言葉に苛立つ。
「まあ、どうせ南さんの勝ちでしょ。相手が悪すぎるだろ」
「大丈夫。明日のことは既にケリがついている。奥さん先輩はその後を考えておくべきだよ」
若林君は不敵に笑った。
「橋本、ちょっといいか」
若林君はそう言って、ボクを教室の外に連れ出していった。
「南の件だけど⋯⋯」
若林君が口を開く。
「さすがに南さんで決まりだと思うよ」
「どの道、南はこの学校にはいられなくなる。お前でも小林さんでもいいんだよ。二年生の票固めは俺がやっておく。お前たちは一年生の教室で挨拶しに行け。自分たちがどれだけ人気があるか思い知ることになるからな」
ちょっと待って?
「南さんがこの学校にいられなくなるってどういうこと?」
「複数の暴力事件で警察が動き出している。まさか今日、登校するとは思わなかったよ」
そんな大事になってるの。
教室に帰ろうとして食堂の横を通りかかると小林さんと南さんの声が聞こえてきた。ボクは声のする方へと駆け出した。
南さんが小林さんに殴りかかっている!
ボクは必死に駆け寄って小林さんと南さんの間に割り込んだ。
「痛っ!」
南さんの拳はボクの顔に見事にヒットした。
「橋本! ヘタレの陰キャが何しゃしゃり出てくんだよ。お前には関係ねえだろ」
南さんがボクを罵倒する。
「関係なくはないよ。小林さんはボクの恋人だから⋯⋯」
そう言っている間にも南さんの拳は何度もボクの顔をとらえていく。
「ちょっと、橋本君が死んじゃう。やめてよ⋯⋯」
「こんなんでコイツが死ぬわけねえだろ!」
南さんはさらにボクに殴りかかっている。
「ああ興ざめだ。小林、明日の取り下げの件わかってんな」
南さんはそう言ってボクたちの前から消えた。
「橋本君大丈夫?」
小林さんはボクの鼻血をハンカチで拭っていく。
「ごめん。カッコ悪いとこ見せちゃったね」
小林さんは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
その翌日、南さんは学校に姿を現さなかった。小林さんの生徒会長の立候補が正式に決まった。
生徒会選挙が公示され、生徒会長の候補者は三人が立候補することになった。
「小林さん、ちょっといい」
小林さんが先生に呼び止められた。
「全校生徒に挨拶する時までに金髪とギャルメイクやめてほしいという要望が出ているんだけど⋯⋯」
小林さんが黙り込んでいる。
仕方ない⋯⋯。
「金髪ギャルがダメなら落選させればいいじゃないですか。先生たちが裏から手を回せば落選させれることできますよね」
ボクがそう言うと先生が苦笑いをする。
「ははは、それができないから私にこんな要望がきたのよ。生徒会長は小林さんっていうのは避けられない状況だからね」
「いいんじゃないですか⋯⋯」
小林さんはその場を去っていった。
その日の放課後、若林君から呼び出された。
「さっき小林さんに選挙公約の原稿の起案を渡そうとしたら破り捨てられちゃったんだよ。俺の父親は市長やってんだけど、選挙って人気も大事なんだけど選挙公約もとっても大事なんだよ」
若林君はそう言ってボクに選挙公約の起案の原稿を手渡してきた。
生徒会の自治の拡大、校則改訂への生徒会の関与。
どれもこれも具体的ではない。
だからどうしたってレベルの原稿を堂々と持ってこれるあたりは大物かも。
こんなのあってもなくても一緒だと思うけど。
「じゃ、とりあえず受け取っておくよ」
「それからな。南が学校辞めたらしいぞ。俺に手を上げたからだ。父に頼んで警察に手を回したんだ。あ、この話みんなには内緒だぞ」
ボクは黙って頷いた。
こっちの人たちの耳には届いていないんだ。
あの日、南さんに何があったのか。
隣街のボクの耳には届いてきたんだけど。
力による暴力と権力による暴力。
どこが違うんだ!
黙り込んで俯いていたボクも同罪だ。
一生この罪とボクは向き合っていかなきゃ。
全校集会で候補者が演説する日がやってきた。
「小林さん、大丈夫だよ。どんな演説だってみんなは受け入れてくれるよ」
人気はダントツだからね。
小林さんが演説する順番が回ってきた。小林さんはマイクの前で黙り込む。
小林さんがずっと黙り込りこんでいるので全校生徒がザワつきだす。一年生の方から声が聞こえてくる。
「せーの、奥さん先輩頑張れ!」
「二年の小林さくらっす。私の公約は私の明るい高校生活っす。橋本君といちゃいちゃラブラブ生活を楽しみたいので君たちの清き一票は別の候補者に入れてください。以上、現場から小林さくらがお送りしました」
小林さん、全校生徒の前で何言ってんだよ!
小林さんはそう言って壇上から降りていった。全校生徒が騒然としている。
そりゃ、こんなインパクトのある演説すればね!
生徒会選挙の候補者は各クラスのホームルームにお邪魔して選挙活動することが許されている。でも、小林さんは各クラスに回る選挙活動をしていない。
「そういえば前から気になっていたんだけど」
小林さんがボクに訊いてきた。
「選挙のこと?」
「奥さん先輩って何?」
ボクは俯いて黙り込む。
「何よ、奥さん先輩って? なんか私一年にバカにされてんの!」
バカにされているとかじゃないんだけど。
「バカにされているっていうか。ポプラ伝説って知ってる?」
ボクの言葉に小林さんは黙り込む。
「文化祭の後夜祭で女子からポプラ並木の前で告白すると添い遂げられるって伝説なんだけど⋯⋯」
「それでね。一年生の女子の間ではボクたちは⋯⋯。もう既に結婚しているって噂が出回っているらしいんだ。だから、奥さんなんじゃない⋯⋯」
ボクの言葉に小林さんは静かに頷いた。
「ほら、だからさ。バカにされているってわけじゃないよ」
「橋本君、一年生のホームルームに二人で選挙活動に行こう」
やっと、選挙活動をする気になったか。
小林さん!
今日は一年二組のホームルームにお邪魔する日。昼休みに小林さんと事前の打合せをすることになっている。
「それでね。選挙公約はこれにしたいんだけど⋯⋯。説明するのが面倒ならボクが代弁するっていうのはどう?」
「それってこの間、若林が持ってきたやつ? 私、アイツ大嫌いだから無理なんだけど」
ボクの言葉に小林さんは噛み付く。
「若林君の原稿の選挙公約じゃないよ。ボクが考えたものだよ」
「私は橋本君といちゃいちゃラブラブな高校生活が送れればそれでいいの。生徒会長になったらその時間が削られちゃうでしょ。どうしてわかってくれないの?」
小林さんは涙目で訴えてくる。
「でも、ボクは小林さんに頑張ってもらいたいんだ。ボクの⋯⋯その⋯⋯」
「もう、仕方ないな。ダンナに言われちゃ、やるっきゃないでしょ!」
どうやらやってくれるみたいだ。
一年二組の帰りのホームルームが始まった。ボクたちに与えられている時間は五分。
「生徒会長に立候補しています二年の小林さくらです。よろしくお願いします」
小林さんが挨拶をした。
「選挙公約についてはボクから説明させていただきます。目玉としては部活棟改革です。他の候補者はいろいろな公約を挙げていましたが小林さんの選挙公約は安全な部活動にスポットを当てて一年間、生徒会活動を行っていきます。まず古くなった部活棟の改築を学校側に提案します。その上で現在運動部が独占している部室を文化部にも開放していきます。さらに日暮れまで部活動を行っている生徒の安全に考慮して校舎などで暗がりになってしまう場所には街灯を設置させるように学校側に要望書を提出していきます。もちろん生徒会の自治を拡大させていきます。以上が選挙公約です。最後に質疑応答です。質問のある方は挙手お願いします」
ボクがそう言うと一人の女子が手を上げる。
「橋本先輩は奥さん先輩と結婚してるって本当ですか?」
その言葉に教室中が色めき立つ。
「えっと、高校生ですから結婚はしていません。婚約をしているだけです」
小林の言葉に色めき立つ一年生。
婚約?
ボクと小林さんが?
二月の初めに生徒会選挙の開票が行われた。言うまでもなく生徒会長選は小林さんの圧勝だった。




