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君逝く朝に  作者: 杉山薫
第三部 別離 第一章 小林さくら編
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第五話

 生徒会選挙が終わって数日が経つ。私は現生徒会からの引き継ぎで学校では大忙しだ。私が危惧していた通りだ。橋本君とのいちゃいちゃラブラブタイムが確実に削られている毎日。こんなことをしていたら、橋本君を泥棒ネコに盗られてしまう。そんな折、貴子叔母さんに話し掛けられた。


「さくら、もうすぐバレンタインデーだろ。どうすんだ?」


そう、私にとっては初めてのバレンタインデー。もちろん過去十六年間、二月十四日は私にも存在した。しかし、その日は私にとってバレンタインデーというイベントがある日ではなかった。すっかり忘れていた。


「どうしようかな?」


私の言葉に貴子叔母さんはニヤリと笑う。


「あたしの元カレの名言をさくらに与えよう」


「はあ? ハイハイお願いしますよ」


私は貴子叔母さんのノロケ話を適当に受け流す。


「本命チョコは本命チョコであることが重要なんだよ。それが手作りチョコであろうと、ブランドもののチョコであろうと、チロルチョコ一個であろうと、男にとっては本命チョコ一個に違いないっていう名言なんだよ。かっこいいでしょ。あたしの元カレ!」


なんだよ。

やっぱりノロケ話かよ。


「それは貴子叔母さんの元カレの話でしょ。橋本君がそんな風に思っているかなんてわかんないじゃん」


「橋本君だって思ってるわよ!」


「橋本君がそう思ってるって貴子叔母さんがなんでわかるのよ!」


「わかるわよ。だって、あたしの元カレのお兄さんは龍之介君のお父さんだから⋯⋯」


えっ?

初耳なんだけど。


「もしかして貴子叔母さんの元カレって橋本辰之助さん?」


「そうよ。アレ? 姉さんから聞いてない?」


マジ!

ちょっと待って。


「てっきり姉さんがさくらに言っていると思ってたんだけど、ひょっとして聞いてなかった?」


私は静かに頷いて慎重に言葉を選び言葉を続けた。


「貴子叔母さん、恋愛未来日記って知ってる?」


私の問いに貴子叔母さんは首を傾げる。


「知らないけど、それがどうしたの?」


なんだ。

南さんの話はウソじゃん。

南さんの話が本当なら、橋本辰之助の恋人が恋愛未来日記を知らないわけないもんね。

もう、ビックリさせやがって!


「でもさ、泥棒ネコがが手作りチョコの本命チョコを橋本君に渡して、私がチロルチョコ一個だったら橋本君も引くでしょ」


私の言葉に貴子叔母さんはニヤリと笑う。


「じゃ、チロルチョコを包みから出して口にくわえて橋本君に差し出せばいいじゃない」


なんてことを姪に提案してくんだ!

私も前に考えたんだよ。

私にリボンつけてチョコくわえて⋯⋯。

そんなことしたら、橋本君卒倒するよ。


「まあ、初めてだから無難にスーパーで買ったチョコを渡すよ。そのほうが、橋本君も受け取ってくれるだろうし⋯⋯」


私は苦笑いをしながらそう言った。


 そして、その日がやってきた。チョコはとりあえずスーパーで買った千円のチョコ。こんなもんが千円もするのかと驚いたが、貴子叔母さんによるとこれはOLさんが会社でばら撒く義理チョコ用のチョコらしい。まあ、それくらいのほうが気軽に橋本君も受け取ってくれるだろう。


そう軽く考えていた。昨日の夜寝るまでは。

本命チョコっていうのは初心者にはハードルが高かった。

二、三年、義理チョコを配っておいて、いざって時に本命チョコを渡すのがよかったのだろう。

ダメダメ。

バレンタインデー当日が土曜日なので本当は昨日橋本君に学校で渡したかったんだけどね。

もう、今日も十六時。


私はさっきからスマホを何度もいじっている。


こんなんじゃ明日になっちゃうよ!

橋本君、チョコ催促してくんないかな。


そんなことを考えると橋本君からラインがきた。


『ポプラ並木の前で待ってる』


おおお!

さすが私の橋本君。

私のことわかってる。


『今行くね』


私は橋本君にラインした。


私はさっそく着替えてギャルメイクをして。


突然、スマホの着信音が私の部屋に鳴り響く。橋本君からだ。


「もう、女が恋人に会うのに三時間準備が必要だって年明けに言ったろ! もう少し待ってて」


私の声に戸惑い気味の橋本君。


「いや、どこに?」


「ポプラ並木の前で待ってるって、橋本君がラインしてきたんでしょ」


私は昨日からのフラストレーションを橋本君にぶつける。橋本君は黙ったまま。私は不思議に思ってラインを確認する。


消えてる。

しかも、削除された形跡もない。

デジャヴ?


「ごめん、気の所為だった。ちょっと昨日から緊張してて⋯⋯」


「何かあったの?」


はあ?

あんたへの本命チョコの件で緊張してたんだよ。

いや、抑えろ。

抑えろ。


「今から会える?」


「いいよ。いつでも」


私の言葉に橋本君は即答する。


「じゃあ、今すぐ」


「わかった」


またまた、私の言葉に橋本君は即答する。


ピンポーン!


「さくら、橋本君が来たけど上がってもらう」


貴子叔母さんが私の部屋の前で声を掛けてきた。私は何も言わずに部屋を出て玄関に向かった。


「なんでこんなに早いの?」


「なんかよくわかんないんだけど、今朝両親が突然おばあちゃんの顔が見たいって言い出してボクも一緒に来たんだよ。ほら、二軒隣って母さんの実家でしょ」


「まあ、いいわ。とりあえず上がって」


私は橋本君を部屋に招いた。


そういえば、橋本君を、いや貴子叔母さん以外を私の部屋に入れるのって初めてだな。


「まあ、適当に座って」


私がそう言うと橋本君は机の椅子に腰掛ける。


しまった!

どうしよう。

机の上には橋本君にあげるはずの本命チョコが置いてある。


私はしばらく黙って考え、意を決して口を開く。


「ほら、なんだ。そこにあんのは⋯⋯。義理だ。うん義理!」


私はそう言って、机の上の本命チョコを指差した。


「小林さん、ありがとう。母さん以外にチョコもらったの初めてだから、すごいうれしい!」


橋本君の言葉に私は苛立つ。

橋本君に?

いや、私自身に苛立っている。


私は感情が抑えきれなくなって、橋本君に歩み寄る。


「橋本君違うの。違うの、それ⋯⋯」


頑張れ私!


「本命チョコ⋯⋯」


私はか細い声で想いを伝える。


「知ってる」


知ってんのかーい!

これ、押し倒しても大丈夫じゃね。

そこにベットもあることだし。


私は勇気を振り絞って橋本君に身体を寄せる。


「ちょっと小林さん。チョコの箱が潰れちゃう」


橋本君の言葉を無視してそのまま橋本君をベットに押し倒した。その瞬間、部屋の灯りは突然消えて私は橋本君の身体に倒れ込んだ。私の意識は徐々に薄れていった。


ここは?

私の部屋?

違う誰の部屋だろう。


机に腰掛けている見知らぬ男の子がいる。

あれ、でもこの男の子⋯⋯。


「龍之介、デカくなったな。一度しか言わねえからよく聞いておけ。さくらちゃんの死はお前が選んだ結果だ。チャンスは一度だけだぞ。龍之介! 強くなれ。最悪のシナリオをお前の⋯⋯⋯⋯」


私が死ぬ?


私は身体を圧迫する感覚で目を覚ました。


「さくら⋯⋯、さくら⋯⋯。ボクが絶対に守るから⋯⋯」


橋本君が私を抱きしめて泣いていた。

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