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君逝く朝に  作者: 杉山薫
第三部 別離 第一章 小林さくら編
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第二話

 期末試験も無事終わり、恋人たちにとっては繁忙期がやってきた。そう、クリスマスイブに始まるラブイベントラッシュだ。誕生日の時は期せずして橋本君のご両親にご挨拶をして、橋本君の家にお泊まりした。となると、後はやることは一つ。誕生日の時は不覚にもプレゼントを用意しなかったため今回こそはと既に準備している。本当は私にリボンをつけるのが一番良いのだが、橋本君には刺激が強いだろうから代わりのものを用意した。手編みのマフラー。誕生日の翌日から試験勉強そっちのけで編み上げたマフラー。お買い物デートで青が好きだって言っていたので当然、青いマフラーだ。プレゼントは用意した。後はどこに行くかだが、それも既に決まっている。


渋谷だ!

ヒカリエで買い物して適当に食事してイルミ観て。

それで十分!

なんとかして進展させねば。

恋愛未来日記を封印したままでそんなことが私にできるのだろうか。

だって、既にキスまでクリア済みってことは。


 クリスマスイブ当日は学校の終業式。半日で下校して、私と橋本君は駅へと向かう。当然、うちの店の前も通る。貴子叔母さんが店の前で待っている。私はスルーしようとすると貴子叔母さんが話掛けてくる。


「渋谷に行く前に見せるもんがあるだろ」


渋谷?

なんで渋谷だって知っているの。


私は橋本君を見るが、橋本君は首を何度も横に振っている。


「あ、これのこと?」


私はそう言って、橋本君へのプレゼントをカバンから取り出す。


「それじゃないでしょ。ほら、終業式の日に学校からもらってくるもんだよ。あんなの落としたら恥ずかしいだろ。さっさと出しな!」


確かにあんなの落としたら大変だ。

拾った人が悪い人だったらネットに晒されてしまう。


私は観念して貴子叔母さんに例のブツを渡す。


「龍之介君、さくらは今日お泊まりでいいからね!」


貴子叔母さんはそう言って、橋本君にウインクをした。


 渋谷には十四時すぎに到着した。さすがはクリスマスイブの渋谷。人がごった返していた。クリスマスイブでなくてもごった返しているのかもしれないが、田舎者にはわかるはずもない。


「じゃ、ちょっと何か食べようよ。お腹すいちゃった」


「イタリアンがいいかな」


私は橋本君の問いにそう答える。


本当はガッツリしたのが食べたいけど、イブの渋谷で彼女がガッツリ系が食べたいって、どうなのって感じだよね。


「イタリアンかぁ⋯⋯。美味しいお店はみんな大行列だと思うよ。牛丼じゃダメ?」


橋本君が首を捻りながら訊いてくる。


橋本君と一緒ならなんでもいいんだけどね。


「もお、イブなのに⋯⋯。仕方ないなぁ」


お腹が鳴らないようにガッツリ食べよう。


 ご飯を食べた後はウインドショッピングをした。例のごとく際どい服の試着をして橋本君を困らせたのだが、そんなことなどどうでもよくなることが私たちに起きてしまった。


 十八時すぎ、イルミネーションが綺麗な渋谷。一瞬で大きく揺れ始める。私は怖くなって、橋本君に抱きつく。


「小林さん、大丈夫だよ。ボクがついているから」


橋本君は私を抱きしめながら励ましてくれる。ようやく激しい揺れがおさまると、橋本君はスマホをいじり始める。


安否確認かな?


「よかった。カギ付個室が二席確保できた」


カギ付個室?

なにそれ?


私は貴子叔母さんにラインする。


『大丈夫』


貴子叔母さんからの返信がこない。


「貴子叔母さんからの返信がこないんだけど⋯⋯。どうしよう、橋本君」


「大丈夫だよ。届いていないだけだから」


橋本君は冷静に私に言う。


「そうだ、電車。電車」


私がそう言うと橋本君は首を横に振る。


「動いていないみたいだね。渋谷は震度六強らしいから、ひょっとしたら今夜は帰れないね」


私が涙目でいると橋本君が励ましてくれた。


「どうしよう⋯⋯」


「とりあえず、あそこのネカフェを確保⋯⋯」


橋本君の言葉を遮るように、ふたたび強い揺れが渋谷を襲う。


「やっぱり今日は帰れないみたいだね。とにかく予約したネカフェに行こう」


そう言って、橋本君は前方を指差す。


「小林さん、お腹すいてない? この状況だとネカフェで食事とれないかもしれないから⋯⋯」


そう言って、橋本君は私の手を取って走り始める。ニューデイズでパンを二、三個手に取って会計をする。


すごい!

私はなんにもできなくて狼狽えているだけなのに。


 ネカフェに到着した後にそれぞれの席を確認する。


「ペアシートはなかったの?」


「ごめん。ペアシートは全部埋まってたんだよ」


橋本君は私の言葉に苦笑いをする。


仕方ない。

一芝居打つか。


私は余震で揺れるのをいいことに、橋本君に抱きつく。


「私怖い。今日だけでいいから⋯⋯。何もしないから一緒にいて」


何もしないからって普通は男のセリフのよう。


「わかったよ。小林さんが寝るまで一緒にいるよ」


よっしゃ!


私と橋本君は私の個室に入った。


せ、狭い。

こんなに身体が密着して何もしないって、私には自信がない。


「そうだ。さっき買ったパン食べよう。お腹すいたでしょ」


橋本君はそう言って、さっき買ったパンを取り出す。私はパンを一つ取ってかじり始めた。すると、橋本君がカバンからペットボトルのお茶を取り出して私に渡す。


アレ、橋本君のカバンって四次元ポケット?


なんと、橋本君のカバンからはパンやらペットボトルが次々に出てくる。やがて、大きな余震がきて建物は大きく揺れだす。個室に灯っていたライトとパソコンの画面が消える。

そして、私の意識は薄れていった。


これは夢?


私の目の前には女の子がいた。白いセーラー服に赤いスカーフ、紺色のミニスカートにルーズソックスにローファーの女子高生⋯⋯。

なのに顔は銀髪碧眼のエルフ!


彼女は私に気づいたかのように口を開いた。


「⋯⋯⋯⋯あなた⋯⋯⋯⋯じゃない⋯⋯⋯⋯」


 身体に強い圧迫を感じて私は目が覚めた。


「さくら⋯⋯。さくら⋯⋯。大丈夫⋯⋯。ボクが守るから⋯⋯」


橋本君はそう言って泣きながら私を抱きしめていた。


これで何もしないって結構無理ゲーかも!


「あ、小林さん、ごめん」


んんー、残念。

橋本君が起きちゃった!

てか、小林さんってなんだよ。

寝言ではさくらって呼び捨てにしてるクセに。


「いい夢だった?」


私がそう言うと、橋本君は黙って首を横に振る。そして、目の前にあるパソコンをいじり始める。


「津波の被害はなかったみたいだね。これなら始発で帰れるね。今、三時すぎだからあと二時間くらいはゆっくりできるね」


二時間くらいゆっくりできるってことかぁ!


ぐうギュルギュル!


クソ、なんで肝心なところで鳴るんだよ。

私のお腹は!


「はい、小林さん。一緒に食べよう」


真っ赤な顔をしている私に橋本君は昨日のパンを手渡してくれた。


あーんとかしてほしいのに!


 私たちは二時間ほどして外に出た。まだ薄暗い渋谷の街を駅に向かって歩いていく。地震のせいで飲食店はやってないし、コンビニも食べ物は置いてない。


「仕方ないね。大宮駅だったら駅そばくらいやってるかもしれないから、とりあえず大宮まで行こう」


橋本君がそう言うので私は橋本君の左腕に抱きついた。


そういえば、ライン確認してなかった。


私はスマホを取り出し、ラインを確認する。


貴子叔母さんからきてた。


『こっちは大丈夫。今日は帰ってこなくていいよ』


とか、六件ほど。


ん?

なんで、橋本君からラインがきてんの?


『どこにいるの?』


はあ?

ずっと一緒にいたでしょ!


「橋本君、何このライン?」


私は橋本君にスマホの画面を見せる。


「おととい送られたヤツだよね。それがどうしたの?」


『橋本君はプレゼント用意しなくていいからね。誕生日にもらってるから』


ん?

アレ、さっきの消えてる。


「へへへ、寝ぼけてるみたい」


私はそう言ってスマホをカバンにしまった。


 大宮駅に到着すると橋本君と一緒に駅そばを食べた。久しぶりに食べた温かいものはめっちゃおいしかった。


「あのさ、小林さん。何か忘れてない」


もお、ちゅうは人前なんだから。

ん?

そういえば。


私はカバンから青い手編みのマフラーを取り出して、橋本君の首に巻きつけた。


「メリークリスマス! さくらサンタからのプレゼントだよ」


「ごめん。催促したみたいで」


真っ赤な顔でハニカム橋本君。


今年のクリスマスは一生忘れられそうもない!

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