ターンチェンジ①:我は、あんこ。
ターンチェンジは、章と章の間で、サブストーリーとして書いていこうと思います。
長い間、我は1人だった。
我は同族の中でも、かなり強い力を持つのだと、幼い頃にそう気づいてから。
我は、我にしかできないことを果たさねばならないと。
それを探すために、1人で生きることを決めたのである。
我の振るう黒き剣。
これを無傷で受け切れる者は、もはやこの森にはいないだろう。
猛き獣の牙、天を舞う鋭き嘴。
そのいずれも、我の鎧兜に傷をつけること能わず。
そんな弛緩した日々に、我は少し油断をしていたのだろうと思う。
なんとこの我が全く気づかないうちに。
我の間合いの中にいつのまにか、人間がいた。
おそらくは、メスの個体である。
我が同族にはそのような区別はないが、他の動物の多くが、オスとメスに二分されることを我は知っていた。
そして、概ねオスの方が、体が大きく、強靱であることも。
さらに言えば、人間という生き物は、我の剣の射程の外から、先端の鋭い棒のようなものを飛ばす武器を使うことも知っている。
だがしかし、今まで我は、そのような人間と最後まで戦いを続けたことはなかった。
たまに攻撃を仕掛けてくる者もいるのだが、我に歯が立たないとわかると、早々に退散をするためである。
……悔しいことに、移動速度についてだけは、我の弱点と言えるだろう。
どうしても、全力で逃げる相手を追いかけることは難しいため、大抵の場合、見逃してやっているのである。
だがもちろん、真っ向勝負をした場合、我の方が上回るであろうことはわかっているのだ。
そして目の前の、この人間のメスは、とても弱そうに見えた。
体も小さくて細い。その上、武器も何も持っていない。
そのくせ、我に対峙したまま逃げようとしないのである。
我は少し、この人間のメスに興味を持った。
いいだろう、我が少し遊んでやろう。
とりあえず小手調べだ。まだ剣は使わない。
我は、地面を軽く蹴り、体当たりを繰り出す。
体当たりといえども、我の纏う黒き鎧は硬く、直撃すれば骨を砕くほどの威力はあるはずである。
先に述べたように、我の弱点は移動速度であるが、跳躍に関しては、かなりの速度で行うことができる。
どっ、と一直線に、その人間のメスに向かって飛ぶ我。
そのメスは、しかし避けようともせず、ただがっちりと力強い防御の体勢を取った。
そんなもので我の体当たりが防げるものか、と思ったのだが。
ごもん、という衝撃。
……なんということだろう。
我の方が、弾き飛ばされた……?
別に我にダメージはないが、相手にもほとんどダメージが通った感触がなかったので、我は驚いてしまった。
そのメスは、腕をゆっくりと下ろす。
ほんのわずかながら、おそらく顔であろう部分から、少量の血液を流していた。
我の渾身の体当たりが、この程度、この程度の威力だと?
我は愕然とする。
……いいだろう。
我は認識を改めよう。
貴様を、我と戦うに値する敵だと認める。
我は、黒き剣をガチャリと構えた。
繰り出してやろう、暗黒の剣撃。
我の体当たりを、なんとか防げたとしても、この鋭き刃から逃れることはできまい。
この森にいる獣程度であれば、我の剣は容易く両断するのである。
我に剣を抜かせたということを誇りに思い、そして死んでいけ。
喰らえ!
我は地面を蹴る。
剣を振りかぶる!
確実に仕留めてみせる!
……なんだと!?
この人間、ガードをしない!
舐めているのか!
この間合いで、我の剣撃を防ぐことは不可能!
そう思った瞬間だった。
人間の足にグッと力が入るのが分かった。
まさか、まさかだ。
我以上の跳躍力。
我の黒き剣は、あえなく空を切り。
人間が、高い宙返りで剣撃をかわし、綺麗に着地するのをぼんやりと眺めてしまった。
……なるほど。
我の攻撃をここまでかわす者がいるのか。
まだまだ、我の見た世界は狭かったということだ。だがしかし、我が体はようやく温まってきたところだ。次の剣撃を、まだかわせるか?
こうなれば、やるところまでやってやろう。
カチャリ、と剣を構えてみた。
しかし人間は動かず、ただ、こちらをじっと見てきた。
何のつもりだ。
そのままいぶかしげに見ていたら、人間が、両腕を、だらりと下に下ろした。
脱力している?
なんだ、何をしているんだ。戦いの最中に。
そして、高い声で、我に向かって何らかの人間語を叫んでいるのだった。
我が種族は音声言語を使わない。
基本的には触腕同士の接触により、高密度な情報の交換を可能としているためだ。
もちろんそれが、我らの種族内にだけ許された手段であることもわかっていた。
人間は必死に、我に向かって叫んでいるようだった。
一体何を伝えたいのだろうか。
しかし本当に、攻撃の意思が、全くと言っていいほど感じられなくなった。
もしかしたら、これは我に降伏を促しているのだろうか。
お前の攻撃は全て見切った。もう、無駄なことはやめろ、というようなことを言ってるのではないだろうか?
もしそうだとしたら、戦士に対する侮辱である。
我はぐっと体に力を込めた。
いいだろう。ならばもう一度喰らってみるがいい。
無駄かどうか、その目で確かめろ。
我は大地を蹴り、再び体当たりを決行した!
ドズン!
重い感触。
人間は全く防御をしなかったので、思いっきり、胴体へ我の体が直撃した。
人間は大きく後ろに吹き飛び、地面にゴロゴロと転がっていった。
しかしそれでも人間は、ゆっくりと起き上がり、少し体を震わせながら、こちらを見た。
顔面から、体液をだらだらとこぼしながら、また何かを伝えようとしている。
やはり、攻撃の意思は見られない。
我はそこで、はっと思い至った。
我が勘違いしていたのかもしれない。
そうか、この人間は、我に降伏を迫っていたのではないのだ。
逆だ。
降伏する、と宣言していたのだろう。
……まったく。
言葉が通じないということは厄介なことだ。
我は溜息をつきながら、剣を収める。
ほら、見ろ。
我ももう戦う意思はないのだ、と体を伸ばしてみせた。
それで伝わったのか伝わってないのかわからないが。
人間はようやく、キンキンと叫ぶのをやめたのだった。
戦いの勝敗が決したのであれば、と。
我は、人間のダメージがいかほどのものか確認をしようと覗き込んだ。
……うーん、なんという汚い顔だろう。
べちゃべちゃだ。
謎の粘液と血液を垂らしながら、人間は力なく微笑んだ。
そしてこのメスは、片手で我を軽く触ろうと手を伸ばしてきた。
まあ、危険を感じなかったので、好きにさせてやる。
…………。
もにもにもにもにと、結構遠慮なく触ってくるものだと思った。
触腕による情報交換をするのであれば、そこは我の触腕ではないし。
そもそもお前は人間だから、触腕による情報交換なんて高度な技術はないだろうと思うのだが。
余裕を見せてやりたかったので、我はそのまま触られ続けてやった。
やはり他種族との意思の疎通というのは、本当に難しいものだなと思う。
それにしてもこの人間は、きっと攻撃の手段というものがないのだろう。
防御したり回避したりはできるようだし、高い技術を持っているのだと驚いた。
しけし、敵を倒す術が欠けているのに違いない。
少し哀れにも思えた。
……うーん、我の悪い癖だ。
弱き者を見ると、守ってやらねばならないかな、などと、要らぬことを考えてしまうのだ。
それにしても、いつまで我を触り続けているのだこの人間は。
…………。
はっ。
一瞬意識が断絶したか?
我も、少し疲れていたのだろうか。
気づくと人間が、我の体を無造作に持ち上げていた。
驚いたことに、我はいつのまにか戦闘形態を解除していた。
さっきまで着けていたはずの鎧兜、それから剣もない。
もちろんそれらは、我が肉体を変形させて作り出しているものなので、いざ戦う時にはすぐ再生成できるのだが。
目の前の人間のあまりの脆弱さに、我も気を抜いてしまったのかもしれなかった。
人間が数歩、ゆっくりと歩く。
我もとりあえず、ゆっくりとそれを追ってみた。
人間が、なにやら考え込み始める。
我を見ながら、もごもごと何かを呟いている。
退屈しない生き物である。
「あんこ!」
あんこ?
人間が、やたら楽しそうに、我を見ながらあんこあんこと連呼するのである。
何を言っているのだろう、としばし考え、理解する。
あんことは、我のことを言っているのだ。
我の個体識別名称を、音声言語で表しているのだと思う。
ふぅん、あんこ、ね。
我をそう呼ぶのか。
別に、意味もわからない言語でどう呼ばれようとも貴様の勝手だが。
「よろしく、あんこ!」
何かを言って、人間が我の体をまたつまんだ。
ああそうだ、そこが触腕だけども。
やっぱり、触腕同士で触れ合っても、情報伝達ができるわけではなかった。
だったらまあ、音声言語に頼るのも仕方ないのか。
いいだろう、我はあんこ、あんこだ。
とりあえず、この森を出るまで見守ってやることにしようか。
この人間……む、お前の個体識別名称は何なのだ。
言え。言ってみろ。
ちがう、あんこじゃない。
それは我だろうが。
あんこはもういい。
お前の個体識別名称を、音声言語で言え。
……だから、あんこじゃないって。
あんこはわかったから。
もうっ!
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もももーっ!
っと、あんこが可愛く伸び上がっている。
あんこ、って呼ぶといちいち反応するの可愛いー!
「あーんこ!えへへ!」
私とあんこは、そんな一方的なおしゃべりをしながら、森を歩いていくのだった。
本編ではしゃべらないし、内面描写もしないと思います。
あんこの気持ちが読めるのは、ターンチェンジだけ!




