5ターン目:クッソ汚い盤外戦術も戦術のうちってね
ごめんなさい、続きが遅くなっちゃって!
でも、今回でとりあえず1デュエル終わるよ!
私は、このターンに使わなかったカードが、全て手札から墓地へ置かれるのを眺めながら、これまでの2ターンで明らかになった事実を脳内で整理する。
ルール確認だ。
私、北斗つつじと、目の前のモンスター、2頭身の黒い雪だるまは、今まさに、カードゲームのシステムで戦っている。
互いのステータスは不均衡だ。
私のライフは100点で、1点のダメージを受けて99点。
黒だるまのライフは10点。まだノーダメージ。
そして……私は、考えを継続しながら、山札からカードをドローする。
1、2、3、4、5枚。
私の手札は5枚。毎ターン5枚引くことができて、そのターンに使っても使わなくても、ターンの最後に全てが墓地へ送られる。
この手札枚数も不均衡で、私の5枚に対して、黒だるまの手札は3枚のみ。
つまり、このバトルは、いわばチュートリアルバトルというか、かなり私が有利のハンデ戦だ。
ライフ差は10倍もある。
ルールを理解するのと同時に、そのことに気づいたからか、私はすっかり落ち着いていた。
「ふへへ…ほら、ね」
思った通り、このターン。
私の周囲には、白く光る玉が3個、ふわふわと浮いている。
この光る玉は、私がカードを使うためのリソースなのだ。
毎ターン1つずつ、自動的に増えていき、今は3ターン目だから、3個浮いてるってわけ。
きっと次のターンにはもう1個増えるんだと思う。
手札確認。
まず《通常攻撃》。
このカードの右上に、白い丸が1つ描かれている。
それがこのカードのコストだ。《通常攻撃》はコスト1で発動し、敵1体に6点のダメージを与える。
そして《防御》が2枚。
コスト1で、攻撃を5点軽減するカード。
《大暴れ》。コスト2、相手に15点ダメージ。
ここまでの4枚は、今までにも引いたことのあるカード。
今はリソースが3個あるので、どのカードを使おうとも、私はこのターンに2アクション以上とれることになる。
ふぅ、磐石だ。
そしてもう1枚、新カード。
こそこそと隙を伺う、なんか悪いことをしそうな私のカードイラストが描かれたカード。
……なんてひどいイラストなんでしょうね、もう慣れたけどね!
カード名は《帰宅します派の調査》。
イラストと合わせるとおそらく、帰宅したいけど帰宅しますと言えない私が、帰宅する隙を伺っている、ってフレーバーのカードなんだと思う。
なんやねん。言えるもん。帰宅しますくらい。……ホントだもん。
とにかく。
《帰宅します派の調査》は、コスト1で、相手の手札を全て見たあと、カードを1枚引く効果だ。
ダメージも与えられないし、軽減できない。
もし初心者なら、こんなカードすぐにクソカードと認定し、デッキから抜いてしまうだろうな。
……しかし、私は初心者ではない。
デュエリストだ!!!
だからこそ、このカードはすごく強いことがわかる!
オーケイ、黒だるま君。
このターンをはじめよう。
もしかしたら、ラストターンになるかもしれない、3ターン目を!
「私は!
手札から《帰宅します派の調査》を発動!」
現金なもので、自信が満ちると声もハリが出るんだよなぁ。
まるでアニメの主人公のように、私は力強くカードをつき出す!
リソースの玉が1つ、カードに吸い込まれて、カードが巨大化し、効力を発揮する!
黒だるまの頭上に並んだ3枚の手札が全て回転し、こちらに表面をオープンしたのだ!
っああー!
気持っちいい!!!
思った通りにゲームが挙動するのが気持ちいいよぉ!!!
いひひひ、と笑いながら、私は効果処理として、さらにカードを1枚ドローする。
あー、また《防御》か。
まあ、このドローカードなんて、もはや関係ないんだよね。
だって私はもう、必要な情報アドバンテージを手に入れているんだから。
この手の対人カードゲームで、不確定情報を確認できることはめちゃめちゃ有利なんだって、私はこれまでの人生で、数々のゲームで学んできたから。
相手の手札、伏せカード、デッキトップ。
それらのどれか1つでもわかることで、自分の選択肢の精度を上げることができるんだから。
裏目を引きにくくなるんだから。
例えば、今。
黒だるまのライフは10点だから、私は手札の《大暴れ》を発動して15ダメージ与えれば勝てそうに見えるじゃん。
でも、前のターンに私が使った《緊急回避》みたいな、ダメージを無効にするカードがあったら、私はコストの払い損になるよね。
もしくは、まだ私の知らないカードがあるかもしれない。それは常に怖いもん。
でも《帰宅します派の調査》のおかげで、もうその恐れもなくなった。
黒だるまの手札はオープンされた。
《通常攻撃》
《防御》
《暗黒の小剣撃》
の3枚だ。
「あは……私の、勝ちだ……!」
3枚の中で、私の《大暴れ》に対応できるのは《防御》だけだけど、軽減できるのは5点のみ。
軽減しても10点通る!
黒だるまのライフは10点!
ぴったりです!!!
勝ちを確信して興奮したのか、たらり、とまた鼻血がこぼれた。
あわわ。
1ダメージ受けた時のだ。
私はすっかり血まみれになったハンカチを取り出す。
……焦るな焦るな。
計算は合ってる。
じわわ、と血が滲んできったなくなったハンカチ。
私はそれを押し当てながら、ぼんやりと、ついさっきのことを思い出す。
1点のダメージを喰らった。
たった1点のダメージを喰らって、すごく痛かったんだよね。
こんなに鼻血も出て。
………………。
血のニオイが混じった鼻息が、少し熱い。
……じゃあ、10点のダメージって、どんなものなんだろうな。
私は、ふと想像した。
してしまった。
さっきの10倍の痛み。
さっきの10倍の衝撃。
さっきの10倍の、なにか。
黒だるまの体が、ぐちゃりと砕け散るイメージ。
それを、その10ダメージを、私が与える。
私のいた日本での、盤上のカードゲームならただの勝敗で終わる。
当然、相手が本当に死ぬことなんて、絶対にない。
でも。
今、目の前の黒だるまは、ライフが10点しかなくて。
私が《大暴れ》を撃てば、おそらく0になるわけで。
私は、ハンカチをぎゅうと握りしめた。
10点のダメージが、本当に相手を殺すとしたら……。
それは、どんな感覚なんだろう。
いや。
それでも、私はデュエリストなんだから。
手を、ゆっくりと《大暴れ》に伸ばす。
これを撃てば勝ちなんだもん。
相手はモンスターなんだもん。
「私は……ッ」
指先がカードの端に触れた瞬間、声が詰まった。
喉が、うまく動かない。
宣言が、できない。
「あぅ……うううー……!」
私は《大暴れ》を指でつまんだまま、固まっていた。
黒だるまは、ただ静かに立っている。
何も言わない。
何もしてこない。
ただもっちりと、そこにいる。
私は、黒だるまから目をそらして、他の手札を見る。
《通常攻撃》が1枚。
《防御》が3枚。
それだけだ。
結局、どれを選んでも攻撃か防御しかないじゃんかよ。
何も、いい考えが浮かばない。
じゃあやっぱり、やるしか?
こ、殺すしか……?
ぼろりと、涙がこぼれた。
鼻血と鼻水が混じったものが、唇まで垂れてくる。
きったない顔で、私は、ぐぅぅ、と唸り、そして、決めた。
うん。
カードゲームの最中に、カードじゃないことで勝敗を決めるのは、最悪のマナー違反だよね。
っていうかルール違反だし、興ざめもいいところ。
それでも。
でも、だ。
私は《大暴れ》のカードを、震える手で突き出した。
「私はこのカードを、使わない!」
叫んだ瞬間、声が嗚咽に変わった。
「使わないっ、から……!」
涙と鼻血と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げ、黒だるまを見つめながら、バカみたいに涙声で叫ぶ。
「もうやめよう……もう戦うのやめようよぉ……!」
ぐひっ、としゃくりあげながら絞り出した私の叫びを前に。
黒だるまは、ただ静かに立っているだけだった。
聞こえているのか。
人語が理解できるのかすら、わからない。
それでも私は、時間切れで優先権を失うまで、べそべそになった顔で叫び続けた。
…………。
黒だるまは、私のことを不思議そうに見つめた。
もちもちも、と、ゆっくりと、柔らかく体を動かす。
攻撃も、防御も、何もしてこない。
しばらくじっと、こちらを眺めているだけだった。
だけどやっぱり現実は非情である、ってね。
黒だるまは3枚の手札の中から《通常攻撃》のカードを選択した。
ももも、とカードを前に差し出す。
《暗黒の小剣撃》ではないんだ。
とりあえずリソースを1つ払って、様子見をするつもりなのかな。
私は、涙でぼやけた視界の向こうに、その動きをぼんやりと見つめていた。
《通常攻撃》は6点のダメージ。
《防御》を使えば5点軽減されて、ダメージは1点で済む。
2枚使えば、完全に防げる。
……でも、それでいいのかな。
無意識にダメージ計算しながら、私は自分に問いかける。
さっき私は「もう戦うのやめよう」と叫んだのに。
それなのに、まだカードを使い続けるのは、自分の宣言に反しているんじゃないか、なんて。
「うっ、うっああああ!!!ああああ!!」
私は、意味のわからない叫びを漏らしながら!
持ってる手札を!
すべて、投げ捨てた!!!!
あああ、カードが。
私のカードがばらばらと舞い散る。
本当は「こうすればよかったんだ!」って叫びたかった。こうね、カードを投げ捨てる際のマナーとして。
いやっ、そんなこと言ってる場合じゃない!
私は全力で防御態勢を取る。
ぼぐぅっ!!!
直後、黒だるまの《通常攻撃》、すなわち体当たりが私のボディに炸裂した。
「おごぶふぅっ……………!!!!!」
《防御》で軽減した時とは、比べものにならない衝撃と痛みがっ……!!!
あっ……!
し、死ぬ、死んだ……!
私は地べたをゴロゴロと転がり、ゲホゲホと咳き込みながら、必死に呼吸をした。
自分の体がちゃんと動くことを、触って確認する。
重い、痛い、熱い。
これが……こんなに痛いのが、6点のダメージなのかよぉ!!!
まだ息が苦しい。
胸の奥が熱い。
血を吐きそう。
黒だるまの体当たりは6点ダメージで。
私のライフ総量からしたら微々たるもので。
それでも、これだけ痛い。
ゲボッと、胃液がせり上がってきたので、地面にベチョッと吐き散らした。うええ。
酸っぱい匂いが、鼻を突く。
……ああ、黒だるまが動かないと思ったら、優先権が移って私の行動順なのか。
でも私の手にカードはない。
さっき投げ捨てたからない。
カードは、地面に散らばったまま。
私の手元には何もない。
だから、優先権が回ってきても、私にできることは何もない。
ただ、地面に這いつくばったまま、荒い息を繰り返すだけで。
……いや、そんなことはない。
できることはまだあるよ。
クッソ汚い盤外戦術だけど。
私がさっき、それを選んだんだから!
私はもう一度、無様な格好で、掠れた声で叫ぶ。
「もう、やめよう……!
やめようよッ!」
いや、叫んでるのかな。
ただボソボソと口の中で響いてるだけ、というか。
言葉が通じている通じてない以前に、音量として届いていないんじゃない?ぐらいの、小さな、かすかな声だった。
そのかすかな声で、必死に停戦を訴えているうちに、いつの間にか私の優先権は終わっていた。
優先権を得た黒だるまには、まだリソースが2つ残っている。
つまり、コスト2の《暗黒の小剣撃》を打つことができる。
15点ダメージ。
15点ダメージだ。
なるほど、15点ダメージね。
6点で、こんなに動けなくなるぐらいに痛いのに。
15点ダメージかぁー。
しかも《暗黒の小剣撃》は、あの剣で斬りつけてくるんだよね。
いや、すごいな。
もう想像もできないぐらい痛いだろうな。
どうなるかわからないな、はは。
ちょんぎれたりして。腕とか。
私は、もう他人事みたいにぼんやりと考えるのだった。
黒だるまは、しばらく、もちもち、もちもちと動いた。
どうするのか、決めかねているように思えた。
もしかしたら、私の必死の訴えが通じてさ。
このまま相手も優先権を放棄してくれるんじゃないかなー、なんて、わずかな希望を浮かべたりもしたけれど。
黒だるまの剣が、《暗黒の小剣撃》のカードに触れる。
あー。だめですねこれは。
うへへ、と、変な笑いが漏れた。
やっぱり私は、カードゲームの腕も、コミュニケーション力も、ろくなもんじゃなかったなー、と思い知らされた感じがして。
これから食らう15点ダメージは、それのペナルティなのかな、なんて、自虐的に考えてしまった。
……ペシッと。
本当に軽い感じで、ペシッと。
黒だるまが、《暗黒の小剣撃》を、頭上から叩き落とした。
それからついでみたいに、隣の《防御》のカードも叩き落とした。
つまり、黒だるまの手札は、ゼロになったということになる。
私と同じ、ゼロに。
え?
あ、えっと。
脳みそが、その状況を理解するのに少し時間を要したけど。
私と、同じことをしてくれたってこと?
手札を全部捨てて。
それはつまり、もうやめようって思ってくれたってこと?
その思いに呼応するかのように、全ての手札を失った黒だるまが、剣をカチャリと鞘に戻した。
そして、ももーっと、アピールするように、どうだ?みたいに、体を広げた。
その姿はひどくユーモラスで、なんか可愛くて。
さっきまで、敵モンスターだと思っていたそいつが、急にゆるキャラのように見えてきたのだった。
ぶわあ!っと、痛み由来ではない涙が、両目からこぼれ出した。鼻水もだ。
顔面をぼろぼろべちゃべちゃに崩しながら、私はただ、ありがとう、と、途切れ途切れに呟くのだった。
一瞬遅れて、お互いのデッキや手札、墓地のカードが全て消滅する。
本当に、この戦いが終わったのだ、ということが実感できた。
まだ痛くてろくに動けない私の元に、黒だるまが、ももももも、と近寄ってくる。
剣と鎧で武装した、黒いモンスター。
それなのに、もうすっかり恐怖を感じることはなくて不思議だった。
私って、結構ちょろいんだなーと思ってしまう。
私はどうにか、よっこらしょと、姿勢を変え、地べたに座り込む。
ももも、と、興味深そうに、私を覗き込む黒だるま。
それを眺め返しながら、ジャラリと、ポケットに何か入ってることに、今さらながら気がつく。
いたた。
何かゴツゴツした塊がゴリッと、尻を痛めたんだよね。
その塊をポケットから取り出すと、何やら小さな革袋。
袋の中を覗き込むと、綺麗な青紫色の小さな石が、いくつも詰まっているのが見えた。
ふむむ、なんだろう、これ。
お金かな?
当然、私にこの世界の通貨の知識なんかあるわけもないから、まあ置いとくか。
再びポケットにそれをしまう。
それより、目の前の黒だるまだ。
兜から露出した顔部分……目も口もないけど、たぶん顔。
その柔らかそうな、もちもちしたほっぺと思わしき部分に手を伸ばしてみた。
危険かな。嫌がられるかな、と思ったけど、黒だるまは抵抗せず、私の指を受け入れてくれる。
もにゅり、もにゅり。
もにゅにゅにゅにゅ。
すっごい、大福だわこれ。
気持ちいいなあ。
ずっと触ってられる。
鎧とか着てるのにライフが10点しかないのは変だなーと思ったけど、本体がこんなに柔らかかったらそんなものかも。
むにーっ、とつまむと、さすがにちょっと嫌だったのか、黒だるまが体を震わせて拒否する。
はは、ごめんよ。
と、そんな、もちもち感を楽しんでいる私の前に、ひゅんと、謎の選択肢が浮かんできた。
その質感は、先ほどまでのカードバトルと同じ。
多分私にしか見えていない選択肢なんだろうな。
【100ポイントで取得しますか?】
【はい】【いいえ】
あまりにも説明不足の選択肢じゃん、と私はツッコミを入れた。
いや、何を取得するんだよ。
100ポイントって、何の100ポイントだよ。
しかし、そこは私もゲーマーなんでね。
なんとなく、言いたいことはわかる。
これはつまり、バトルリザルト画面なんだ。
今回のバトルで得た何らかの報酬を取得しますかって聞いてるに違いない。
と言ってもこんな、べちゃべちゃになりながらやめようって言っただけのバトルで何を取得できるんだよって話ですけどねぇ。
まあこんなのはね、もうスキップです。
はい、はい、全部はいでOKなの。
その瞬間、ポケットの中がパーッと光った気がした。
え、え、なに?
少し驚いたが、さっきのあの革袋が光ったに違いない。
慌ててそれを取り出してみると、驚いたことに、その革袋は、本当に革袋だけになっていた。
中に入っていた、青紫色の石は、一つたりとも残っていなかった。
あっ……ああ、なるほどね?
これが、100ポイントだったってこと?
なんかわからない通貨を、なんかわからんまま使っちゃったってことなのかな。
まあ、別にいいけど。
わからんし。
もしかして初期ボーナスの特別な100ポイントで、今後手に入らない(またはとても手に入りにくい)ポイントだったとしても、惜しくないし。
……うそです。
あーっ、やっちゃったかな、これ!
やっちゃったかな!!!
ま、それはともかく。
私はさっきの100ポイントで、何を取得したのかな?
うん、切り替えていく。
ねえ黒だるまくん、私は君とのバトルで何を得たの?
もちもち。
もちもち。
えへへ。やわい。
っと。
パァッと、黒だるまくんが眩しく輝いた。
私はうおっ、と手を離す。
光は一瞬だけで、ぱさり、と小さな何かがその場に落ちて。
あれ?黒だるまくんが消えたが?
それなりデカめのぬいぐるみくらいあったのに、影も形もない。
ともかく、落ちたものを確認する。
よいしょ。
あー。うん。
四角い、薄い、このやつね。
このやつ……さっきまで触ってた、まあ、カードだね。
テキストはね、
《暗黒のスライム》。
もちろん、コストや能力も気になるけどね。
それより何より、カードイラストがね。
鎧と兜と剣を装備した、二頭身の黒い雪だるまみたいなね。
「黒だるまくんのカードだッッッ!!!!!」
私がなけなしの100ポイントで取得したもの。
それは新たなカードであり。
少しだけネタバレするなら、これからずっと頼りにしていくことになる、大切な相棒だったのだ。
あと1話で第1章が終わりです。
次回、黒だるまくんに名前をつけるので、当ててみてね!




