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85 3年前へ②

「用件は何だ? その腕に免じて話だけなら聞いてやろう」


アウラの剣を消すと、ルカスは偉そうな物言いになった。


置かれた状況を分かっていないのか、11歳の子供とまだ見くびっているのか――――どちらかしら? この男のロゼスに対する忠誠心は評価したいけれど、今から話す事はそんな態度で聞いてもらっては困るわ。甘やかしはしない。


念のためにアウラで練り上げた小型ナイフを手に忍ばせておいた。


立膝をついて覆い被さる私とルカスの顔は、触れそうな程近い。私の長い髪が、ルカスの顔に触れた。小さく息を吐く音がする。ルカスは目を瞑る事も怯える事もしないで、睨み続けていた。その視線だけで嚙み殺されそうな程。血色の目が余計にそう思わせる。


私とルカスの視線は絡み合い、暫くは互いに譲らなかった。だから、そのまま話を続ける事にした。


「……私も必死なのよ、ロゼス様のために。貴方もそうでしょう? 貴方もロゼス様を大切に想っているし、絶対に裏切らない。そうよね?」


「当たり前だ。特別騎士に選ばれる前から、ずっと心を捧げてきた人だからな」


「絶対に裏切らない覚悟をこれからも持ち続けるというのなら、今ここで誓ってくれないかしら? 私の代わりに、ロゼス様に言葉をかけ続けると」


「ククッ、何を言い出すのかと思えば、そんな事か。くだらんな。剣の使い方は習っても、言葉など知らん」


言葉の代わりに忍ばせておいたアウラの小型ナイフを振りかざした。それが綺麗に地面に突き刺さった瞬間、土くれが飛び散った。()()()ルカスの目に入る。


「う……」


片眼を閉じたルカスに対して、もう一度同じ事を伝えた。


小馬鹿にする態度も、理解しようとする努力をしない態度も、次は許さない。

死線をくぐり抜けてきたルカスなら、その意味が分かるだろう。それを前提の上で話を続けた。


「ロゼス様が完全無欠の王の称号を手にすると、感情が希薄になるわ。それに反発し続けて感情を持ち続ける事は、逆に寿命を縮める事になる。最後には称号に喰われてしまうわ」


「……希薄になるとは聞いた事があったが、それ以外は知らない情報だな」


「ルカスにはロゼス様が称号を手にする前、そして手にした後もずっと、ロゼス様に言葉を掛け続けて欲しい。寄り添い続けて欲しいわ」


「何故だ? それだけで何かが変わるとでも?」


ルカスは鼻で笑った。


「きっと変わるわ。自分の事を想ってくれる人がいるだけで、世界は輝くのよ! あたたかい言葉は自己肯定感を高める栄養の素だわ。時期が来ればきっと芽吹く筈だから」


「…………娘、名をリコリスと言ったか? そこまでしてロゼス様を思うなら、何故お前がそうしない?」


ルカスの正論が痛い。その言葉は急所にするりと突き刺さる。


「わ、私では…………」



涙がはらりと落ちた。ルカスの顔を濡らす度に、視界が悪くなる。嗚咽しそうになるのを堪える為に、唇を強く噛んだ。痛みで昂る感情を何とかせき止める。


地面に立膝をついたせいで、折角のドレスは土まみれだ。ぼやけた視界の前に自分の手を持ってくると、その手も薄汚れている。とても惨めな気分だった。自分の顔も洋服もぐちゃぐちゃで、心も疾うに毒色だ。



「…………したかった。…………出来るなら、そうしたかったわ」



私がロゼスにしてあげたかった。

言葉を交わしロゼスの涙を拭く。大戦争を止めると約束をして、恋に落ちる。一途に想い続けて3年後に再開したかったわ。


それが私の辿ってきた道であり、もう二度と辿る事が出来ない道。私が今関われば、ロゼスは無理をしてしまう。

称号に抗い続けて、ああなってしまった。エリューの事件が起こる日が、ロゼスの命日と運命付けられてしまった。ロゼスが無理をしないようにするには、私と出会ってはいけない。見守るだけに留めないといけない。


――――これがきっと正解の道。



学園の入学日、ロゼスには感情を希薄にして、絶対的な存在として振る舞ってもらわなければいけない。死期を遅らせる為に。

その間に称号について猛勉強をするわ。活路を見つける。



「フッ、おかしなじゃじゃ馬令嬢だ」


「……え? じゃじゃ……馬!?」


「泣いたと思ったら、もう目に強い意志を感じる。気に入った」


がばっと上半身を起こしたルカスは器用に私のアウラを解き切ると、手の鎧(ガントレット)を外して私の涙を拭ってくれた。


「事情を全て話せ。そうしたらロゼス様の状況を手紙に記して送ろう」


「……ありがとう。でも裏切ったら殺すわよ」


殺す覚悟が出来ていなかった半人前の私が、いつの間にかそんな言葉を口にしていた。

やり直す度に私の内側に溜まる毒が、私を変えている気がする。


「良いだろう。裏切るつもりはないが、次会う時はもう一度手合わせ願いたい」


そう言って笑うルカスの顔はとても凛々しくて恰好良かった。


「実は――――」


全部を話そうと決めた時、懐かしい声が聞こえてきた。


「ルカス・ジュ・エネフィラ様? 一体何が――――!?」


地面に縫い留められ気絶している兵士達を避けながら、ユラがこちらへやって来る。


「あ、すみません。お取込み中でしたか?」


ユラと目が合った。


上半身を起こしたとはいえまだ地面に座り込んでいるルカスは、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いている私に寄り添っている。

ユラは黙っていたけれど、私とルカスを交互に見て白い肌を紅潮させた。


それでも死にゆく青白い肌より全然いいと思えたし、誤解も解けば何て事ない。生きている事が一番大事だ。ぐちゃぐちゃな顔であろうと気にせずに駆け寄った。


「ユラ……ユラ・フィラ様……。良かったぁ……。生きてるって……素晴らしいわね。ユラともう一度……お話出来るなんて……」


やっぱり泣いてしまった。嬉しくて声が震えている。何とか涙を拭いてから、悪い夢を上書きするように今のユラの姿を焼き付けた。


「あの、どこかで……お会いした事ありましたか?」


「あ! ごめんなさい。先程まで貴方と一緒にいたから」


「え? それは……人違いではないでしょうか?」


真っ向から否定しいぶかし気な視線を寄越すユラに対して、私は首を横に振った。ユラにも今まで秘密にしていた事を言おう。



私は心の奥でずっと――――過去をやり直している事を伝えるのは、禁句タブーだと思っていた。規則を破るような感じがして、真面目だった私には選択出来なかった。

それに皆に過去をやり直している事を伝えると、人間関係が自由ではなくなる気がして嫌だったし、過去に囚われる気がして避けたかった。大人数に真実を話すのは、リスクもある。


けれど、断片的にも情報が集まった今なら、その選択も出来る気がする。私の一挙一動に心を動かすロゼスもいない。


それならば――――今この場から運命を変えていこう。


「ルカス・ジュ・エネフィラ様。ユラ・フィラ様。改めてご挨拶申し上げます。私はステラ島の貴族の娘、リコリス・オーレアと申します。今から話す事は、11歳の子供の言葉と聞き流さずに、信じて下さると嬉しいです」


うやうやしく挨拶をすると、私を見る2人の目は確かに変わった。


それから私は、全てを話した。


抑揚を付けて、なるべく噛み砕いて話す。事実だけではなく、その時の自分の心情も絡めながら、なぜこういう行動に出たのかさえも全部話した。ルカスやユラの質問には、誤魔化さずに嘘偽りなく答えた。


最初、ルカスとユラは「過去をやり直す力」というものを信じていなかった。その説明が一番大変で、どう信じてもらうかが私の話力にかかっていると思うと、つい熱が入ってしまった。話下手な私でも、人を動かす言葉というものをその時ばかりは実感出来て、嬉しかった。



お父さまみたいに出来なくても、少しは近付けたかしら……。私、成長していますか? 前世よりも水が合うこの場所で、私はちゃんとやれていますか、お母さま。



腕を組み眉間に皺を寄せているルカスも、何かを考えるようにして空を仰いでいるユラも、段々と私と視線が合う事が増えてきた。心を開いてくれているような気がして、それがとても嬉しかった。





「それで、私は3年前のこの日に戻ってきました」


事の顛末を告げると、私達の間を風がすり抜けた。



「……信じられないな」


「エネフィラ様? 僕は……信じますよ」


ユラがにっこりと笑う。


「いや、最初は信じられなかった。それは事実だ。でも話を聞いている内に信じたくなったのも事実だ」


「ルカス様……。ユラ様もありがとうございます」


「呼び捨てでいい。それに砕けた話し方にしろ。“位”なんてものを気にするな」


「僕の事もユラと呼んで下さい。それから話し方も気軽に……。3年後と同じように接してください」


私はその提案に頷いた。


「リコリス、お前は入学前のこの3年間の間に、ぺツィート王国の第二王子、ガゼロ・ギガトと、ユリネス大公国の次期大公候補、紅爛論にも同じ事を話せ。それと、アンドーラ国の治者、アラトマにも」


「僕もそれがいいと思います」


「……分かったわ。私も丁度そう思っていたの。本当にありがとう2人共」


「いえ、僕も嬉しいから。これから毎日ステラ島のリコリスの屋敷へ足を運ぶよ」


「え? 毎日?」


「島では歳の近い子供がいなくて退屈だった。でも、リコリスの話が本当なら、僕たちは友達で同じ目的を遂行する仲間だよね」


「うん、そうね」


ユラがぐいぐいと距離を縮めてくるのが分かる。

前回と前々回のユラの攻略が上手くいかなかった事を話したから、気を遣われているのかもしれない。それでも、きっかけをもらえた事が嬉しい。攻略に手間取っていたのが嘘のようだった。


「頑張って毒についても勉強するよ。3年後の僕が毒を解明出来たのなら、今の僕にも出来ると思う」


「若いな……」


ユラの頭をぐちゃぐちゃに撫でて、ルカスは呟く。


「それはそうと、ルカス。貴方は幾つなのかしら? 私たちより随分年上よね? ロゼス様も私より年上だったから、それより3つ程上かしら?」


「ん? 秘密。3年後もまだ俺の事が気になるなら、手紙にでも書いてよこせ」


好奇心を煽る言い方をして、ルカスの顔が近付いて来る。


「俺はロゼス様のものには手を出さない主義だからな」


私の耳にルカスの息がかかる。顔を上げると、忠誠心溢れるルカスの顔が見れた。出会いは最悪だったけれど、今のルカスなら信じられると強く思った。

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