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84 3年前へ①

この負の攻略ループに片足を突っ込んでしまった苦労人とは私の事だ。ご褒美と愛の為に、過去をやり直している健気な少女とも言う。全ては“青春を謳歌し、平和な世界で一途に私を思ってくれる人と、幸せな結婚生活を送る”という目的の為に……。



私は今、3年前のステラ島にいる。


目覚めた場所は、前回と同じ小川だった。それから舞い戻りの扉を探し、植物の蔓を辿り戻りたい場所へ戻った。その後、3年前の自分と重なった。


外見は11歳に若返ったけれど、中身は前世とやり直し分を合わせるとそれなりだ。


先程ピーロットという店で、お父さまから買ってもらったこのドレスに着替えた。美しい海を思わせる緑と青の中間色のこのドレスも、この薄茶色の髪も髪飾りも、この宝石の飾りと花模様があしらわれたこの靴も、全部あの時と同じだった。


ただあの頃と違うのは、私の表情かおと心。


純真無垢で夢と希望に満ち満ちていたリコリスは、今や毒気たっぷりに病んでいて、それでいて一途に性懲りもなく突き進む真面目さも、まだ一応ある。


満たされていなくてご褒美不足だったけれど、生憎私には休む暇などなかった。やるべき事が山程ある。


「このドレスの意味も、今なら分かるわ」


両手でスカートをつまんだ。


私が死後目覚めた場所は、あの花畑に挟まれた小川だった。その時の服装は死ぬ前に来ていた黒装束ではなく、今着ているこのドレスだった。前回の私は、このドレスに着替えていた事を死装束ラストドレスの代わりに着せられたのだと勘違いしたけれど……。


「このドレスを着ていたあの日に戻れっていう意味だったのかもしれないわね」


そんな風に解釈した。



待ち焦がれたステラ島の鐘が3回鳴る。

その音は心に直接響き私の身体を反射的に動かしたけれど、それに逆らうように深呼吸して目を閉じた。心を落ち着ける為に。もう失敗しない為に。


目を瞑ると、瞼の裏に心見の森の花畑とロゼスが見える。愛おしい思い出。泣きそうになる目で空を見上げた。


「思い出の花の物語は、やっぱり残酷だわ」


私はモナス島国へ続く橋に向かった。





靴音を鳴らして渡り終えると、左へ進んだ。道を阻むように立てられた低い柵を乗り越えさらに進むと、道はどんどんと細くなり景色は鬱蒼としてくる。


「今は平時だろうと有事だろうと、何でもやれる気がするわ」


はっきり言って自信しかなかった。3年前の無力だった私はもういない。ペテロ帝国の兵士くらい簡単に片付けられる実力がある。


「見つけた、ペテロ帝国の兵士……」


前の私なら気付かれないように迂回した。今度はどうしようかしら。

堂々と道を歩いて行くのもいい。影の跳躍(シャドウリープ)で突っ切るのもいい。


けれど、どうせなら派手な方がいい。そんな方法を思い付いた私の顔は、とても悪い顔をしているかもしれない。

木の影に身を潜めると、心の中で15秒数えた。それからとびっきりの笑顔で勢いよく後ろを振り返る。



「ごきげんよう」


「――――な!」


「貴方がルカス・ジュ・エネフィラ様? ロゼス……様を守る特別騎士かしら?」


「…………お前、何者だ!?」


特別騎士であるルカスは、動揺しているようだった。

気配を消して近付いたのにもかかわらず、11歳の子供わたしに気付かれてしまったルカスは今どんな気持ちだろう。どんな表情だろう。

バイザーの付いた被り物が邪魔で、見る事が出来なかった事は残念だったけれど、私に警戒心を抱いた事は間違いない。


その点については、上々だ。



「私はステラ島に住んでいる貴族の娘、リコリス・オーレアと申します」


右手を心臓に当てて軽く頭を下げた。


「何をしていた? 木の陰に隠れて」


「モナスベリーを摘みに……」


「フッ、かごも持たずに、か?」


鼻で笑う所は、相変わらずだった。


「ねぇ、その被り物、取ってくださらないかしら?」


「私の顔が気になるのか? 取れるものならやってみろ。殺されても良いのならな」


そう挑発しておきながら、ルカスはあっさり踵を返した。


「――――いいのかしら?」


その背中に向かって、殺気を投げかけた。

ルカス・ジュ・エネフィラは前々回、呼吸を奪い私を殺しかけた人だ。恨んでいないと言ったら嘘になる。


「…………好きにしろ」


それでもまだルカスは背中を見せるので、私はもったいぶるのをやめた。


「――――なッ!?」


ルカスは歩みを止めて、勢いよく振り返った。

私の心に反応したアウラが周りの木々を揺らし、遠くにいるペテロ帝国の兵士の紋章飾りの鎖を断ち切る。異変に気付いた兵士たちの目は、やっと私に向けられた。


駆け寄り事情を聞きに来る兵士がいなかったのは、ルカスがいるからだろう。

皆、私をルカスに喧嘩を売った愚か者だと判断しているような目をしていた。その反応も当然かもしれない。


ペテロ帝国の特別騎士だもの。ロゼスを守れるくらい強くなくては困るわ。


馬鹿にしたような笑いが兵士達の間で飛び交う。命知らずの貴族の子供ガキだと馬鹿にされても、私はルカスだけを見つめてアウラを放った。

ルカスだけには、私に対する考え方を見直して欲しいと思いながら。


「こんな子供がアウラを使えるなんて、見くびっていたな。毒のようなアウラだ」


「誉め言葉と受けとめておくわね。ふふっ」


ルカスの嫌味をにっこり笑って返し、アウラを向ける。それに対抗してルカスもまたアウラを私に向けた。拮抗していた力は、徐々にルカスのアウラを飲み込んでいく。


「フンッ」


私のアウラに押される前に、ルカスは帝国の剣を抜いた。その剣にもアウラが纏わせてあった。


立派な鎧を着ているにしては、素早く無駄のない動きで斬りかかってきた。癖の強い性格と暴力的な振る舞いをするルカスの剣は、意外にも単純で。ただ、女子供に向ける剣ではなかった。一切の迷いなくそれは振りかざされる。


けれど、そう上手くはいかせない。


「ほぅ……アウラの剣か。だが筋力が弱いな」


「まだ11歳の子供だから仕方ないわ」


とは言ったものの、それは自覚していた。

ルカスの剣を受け止めるには、確かに私は筋力が足りなかった。11歳の私と年齢不詳の男騎士とでは、性差と大格差だけでもスタートラインが違っている。比べる対象すらならない。

それでも剣を弾き飛ばされる事なく受け止めれたのは、アウラのおかげ。筋力が足りない分をアウラ影の跳躍(シャドウリープ)で補っている。


つまり、補えば勝てる。


「何――――!?」


「残念だったわね」


今の私の腕には制御装置がない。前回死んだ時にはしてあった制御装置は、過去に舞い戻った後の私の腕には、付いていなかった。指輪は付いてあったというのに。

制御装置って意外と馬鹿に出来ないのよ。こんな私でも、体調がすこぶる良い時の全力を簡単に出せてしまうのだから。



――――ひらり。

影の跳躍(シャドウリープ)で背後を取り、首に剣を突き付ける。一睨みすると、ルカスは抵抗をやめて大人しくなった。


「はい、おしまい。私の勝ちね」


アウラで身体を拘束すると、ルカスはバランスを崩し仰向けに転がった。そんな身動きの取れないルカスの喉元に剣を当てた。


すると、それを遠巻きで見ていた兵士達が、蟻の群れのように群がって来る。

「ルカス様ー!!」と雄々しい声が、鬱陶しい。


「……少し静かにしてくれるとありがたいわ」


私が軽くアウラを放つと、一瞬で兵士達の身体は後方へ吹っ飛んだ。地面に横たわる彼らをアウラで縫い留めると、呻き声を上げてから気を失った。それを見届けて、私は喉元に当てていた剣をルカスの顎へ移動させる。


思い切り顎から頭の方へ剣を突いた。

バイザーごと頭部の鎧を剥ぎ取ると、ルカスの隠されていた顔を見る事が出来た。


やっぱり美形だわ。「思い出の花2」に出て来る攻略対象かしら?


私がしつこく目線を這わせると、ルカスはあからさまに嫌な顔をして目を背けた。

あんなに横柄な態度だったのが嘘のように、今では沈黙している。黙っていれば、ロゼスにも少し似ているかもしれないと思うのは、金色の髪の所為だろう。

襟足だけ伸びた髪に、ルカスは血色の目をしていた。


顔を歪めながら屈辱に耐えるその姿は、3年前の私が最も見たかった顔だった。


いい気味だわ。


そんな事を思う私は、おかしいのかもしれない。少なくとも今まで他人を恨む事はあっても、やり返した事はなかった。毒されてしまったのはきっと前回の終幕のせい。


ルカスの真横に剣を突き立てると、地中に埋まっている石に当たった。驚いた様子でルカスは私を見た。


「私のお願いを聞いてくれないかしら? そうしたら貴方を解放するわ」


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