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83 死亡フラグに殺される日~後半⑤~

「ユラ、どうして……?」


「やっと分かったから」


ユラの目は覚悟した者の目だと思った。今まで曖昧にしてきたもの全部と向き合う覚悟の眼。強い男の子の瞳。そんな目をしたユラの横顔は何とも頼もしかった。



今まで攻略が絶望的だったユラがここに来て動いた事に、事切れる寸前の3人が微かに顔を上げる。


開花リーファ


ユラがそう唱えると、無数の花びらが3人の視界を覆った。


「うわ、花と血の匂いが混ざって……ゴホゴフォッ、むせる……。イテテ……あれ、でも……」


「ユラの称号の力は治癒でしたか……。イメージ通りですね」


「助かった……」


隣に立つユラは3人の視線を独り占めすると、クスッと笑った。


「傷口は閉じたけど、無理をすれば開くから動かないでね。特にガゼロ。キミは無理をしない方が良い。ロゼスをどうにかする前に称号に喰われるよ」


ユラの顔は“本当に面倒なんだから”と言いながらも、迷惑には感じていないように見える。



腰を優しく抱いていた手が離れると、ユラは「やっと毒を解明出来たよ」とこっそり教えてくれた。


「え……本当に?」


「うん、それでこんなに遅れちゃった。ごめんね」


今まで私の誘いに乗らなかった理由がこれ程の理由なら、むしろしつこくしてごめんなさいと頭を下げたくなる。傷だらけになって時間稼ぎをしただけの事はあったのだと思うと、少しだけ報われた気がした。



もう少しユラと話していたかったけれど、研ぎ澄まされた殺気が私とユラの間を分かつように放たれている。ロゼスは無言でユラを見据えていた。ユラもまたロゼスに物言いたげな目をして睨んでいた。


ユラがロゼスを怒らせた事は明白だった。私が少し前へ出てロゼスの気を引くような行動をしても、ロゼスは視線をユラ以外に向けない。一点だけを見据えたその深紅の目は人形のそれと似ていて、何を考えているのか全く読めない。


直後、離れた所からロゼスは指先を真っ直ぐユラに向けた。






「あ―――だめっ――ぁああ――……」


一瞬だった。



届かなかった。



拳一つ分足りなかった。



ユラが来た事に少しだけ希望を持っていた私は、その光景を見て再び絶望へと突き落とされた。知っていた事なのに、少しでも浮かれていた自分が情けなくなる。



――――ロゼスの指先は、世界を滅ぼしてしまえる程の力があると知っていたのに。




「ユラあぁぁ…………。ああぁーん」


慟哭しながらユラを抱きしめる。ユラは話す事も辛そうなのに、私に「ごめ……んね」と言って涙を拭ってくれた。直視する勇気はないけれど、視界の隅は真っ赤だ。そこは赤で塗りたくったように、ただ赤が広がっている。



「どうしよう、止まらない。止まらないわ……」


――――病院? 救護室? 治癒魔法が使えたら……。貰った塗り薬は……? あ、さっきの開花リーファは自分に使える? ううん、だめだわ。この傷じゃどのみちもう……。



色々な案が頭を駆け巡るけれど、もう助からないのだとどこか諦めの思考が入り混じる。それがすごく嫌だった。



3年間努力して頑張ったのに。


アカネイラ先生という上級の家庭教師ガヴァネスにどれ程しごかれようとも、耐えて強くなったのに。


ロゼスの前では為す術もないなんて。守る事さえ出来ないなんて。そんなの――――。



「ロゼスの馬鹿ぁ。称号の馬鹿ぁ……」



血の匂いが鼻に付いて、鼻を取ってしまいたかった。押さえても押さえても滲み出る赤色に、私の手は染まるだけで無力だ。



「ロゼ……こと……頼ん……よ……」


ユラの最後の言葉にただただ頷いた。言葉は出なかった。ユラには私のその姿が見えていたのかは分からない。あっという間に逝ってしまったから。





変化は突如として表れた。ぶわっと毛穴が開くような感じと似ている。


身の内に少しずつ溜まっていったそれは、甘美であると同時に狂暴性や矛盾性を秘めている。アウラがそれに反応して、意識していなくても身体から漏れ出していた。


紫色に紅色、そして黒色。


混ざり切らないそれらの色は、他の色を寄せ付けずに自己主張し合っている。私の心を映したアウラの色はそんなどうしようもない色だった。



ユラの亡骸をそっと地面に置く。綺麗な顔はさらに青白く人形のようになってしまった。私はユラの手を取り別れを告げた後、巨大植物ジャイアントプラントに目配せした。






それから、ユラと距離を取った。



――――ロゼスに勝てなかった。称号の力にも勝てなかった。死亡フラグも折れなかった。ユラは呆気なく死んでしまった。



悲しい。



悲しいはずなのに、爛れて化膿して腐っていくこの病んだ心が、今は……。




毒々しい色のアウラから剣を作り出して、ロゼスに向ける。輝きという意味を持つアウラとは思えない程禍々しい。でも、アウラで作った剣は本物と遜色なく光沢があり金属音を響かせる。


私だけの愛剣。


「後どれくらい悲劇を繰り返せばいいのかしら……。ね、ロゼス?」


「…………」



ロゼスを恨む気持ちはこれっぽちもない。この先誰が死のうともきっとそれは変わらない。ただ私が上手く攻略出来なかったから、結果がこうなっただけ。そんな自分に腹が立っていたけれど、今はそんな事より……。



「…………なんて思うのはおかしいかしら?」


まるで自分ではない何者かが私を突き動かしているみたい。



ロゼスの懐に飛び込むと、「私」は迷わずに剣を振るった。ロゼスも手から鉱物を出す。それを剣の形にして、私と剣を重ね合った。



――――ああ、剣戟の響きさえ今は愛おしいわ。



ロゼスはこんな攻撃では死なないと知っているから全力を尽くせる。ロゼスがそれをかわすのも、躱してから攻撃される事も全部分かる。


気を付けるのは剣だけじゃない。指先もだ。指先それさえ気を付けていれば致命傷にはならない。それ以外の傷は全部受ければ良い。


あっという間に私の身体は、小さな傷が幾つも出来た。その傷が重なり合い、広がり、大きな傷となっていく。早く死んでやり直せばいいのに、私はこの時間を手放すのが惜しかった。もう少しだけ先送りしたかった。



どうしてそう思ったのか分からないけれど。



痛々しい身体の傷は不思議と痛みがなかった。こんなに傷が出来ているのに、死とか血とか恋とか愛で毒されて、病んでしまったのかもしれない。単調なロゼスの攻撃は思考回路をそんな風に鈍らせた。


剣戟の音が私たちの想いを代弁しているように響き合う。無口な私たちはそんな最後の時間を楽しんだ。それを何十回続けた所で、遂にロゼスは声を上げた。






「うわあぁぁ」


武器が地面に落ちた。風向きも変わった。


ロゼスは耳を塞いで、何かに耐えているように奇声を上げる。今のロゼスは称号の力に乗っ取られている。それなら、そのロゼスの手を止め、苦しめ発狂させた身の内にいるのが本当の――――。



「ロゼスなの?」


問いかけると、頭が小さく縦に振られた。


「ロゼスが優しい事、私知っているわ。泣き虫な事も。でも、駄目よ。ちゃんと殺してくれないと」


ロゼスの耳元で囁くと、ロゼスの指先が彼方へ向けられる。



「……嫌だ」


その言葉と一緒に、私の真横を掠めて力が放出される。私から滲み出ている毒々しいアウラと剣が薙ぎ払われ、世界の一部もまた一瞬にして消えた。


ぐちゃぐちゃな心と毒気で作られたアウラは薙ぎ払われたせいだろうか。徐々に毒々しい人格が消えていく。






いつの間にか私の周りには、ガゼロたちが集まっていた。


「私たちと戦っている時とは明らかに違いますね。2人とも」


「ああ、リコリスの変化にロゼスが動揺していた。なぜだ?」


「やっぱり……愛とか?」


「それにしても、貴重な情報を手に入れる事が出来ましたよ」


「そんな事より、今は絶好の機会だろ。ロゼスを殺すのに」



3人とも好き勝手に話をしている。ガゼロは爛論やアラトマとは違い、随分と冷えた声だった。ロゼスにやられた傷口を押さえて、睨んでいるその目には一筋の金色が残っている。


ガゼロの様子を一通り確認すると、私はロゼスを隠すように前に立った。



「どけっ!」


ガゼロの怒号が飛ぶ。


ガゼロはロゼスに向かって攻撃していたけれど、その攻撃を私に阻まれて怒っていた。ガゼロの神炎のせいで背中辺りが熱気に包まれる。熱い。それを見たロゼスは冷笑して、仕込んであった隠しナイフで自分の首に刺そうとした。


「駄目よ」


力いっぱいロゼスの手を押さえた。手にアウラを纏わせなかったら止められなかっただろう。今でさえ力が拮抗していて、ロゼスと私の手は震えている。



――――ったく、ガゼロもロゼスも油断ならないわね。



「リコリス、放っておけ。どの道ロゼスは助からない。世界が滅ぼされるよりロゼスが死んだ方が良い」


「残念だけど俺もそう思う。ロゼスの力は魅力的だけど、マズイよ。称号に喰われちゃったら、もう助からない。ペテロ帝国の兵士か原初の国の使者が来てロゼスが連れていかれたら、大戦争開幕の最悪のシナリオだ」



ガゼロもアラトマも、今するべき事や今の状況を真剣に考えてくれているのが分かる。



――――でも、全然分かっていない。そりゃそうか。私が何も教えなかったのだから。過去をやり直せる事を私は皆に言わなかったから。ロゼスが今ここで私を殺してくれなければ、終幕は変えられないというのに。



「ロゼス、私なら平気。もう終わりにして」


「おい、そりゃどういう意味だ!? リコリス!」


「…………ガゼロ。リコリスの首にチョーカーを付けてください」


助け舟を出すその声は、躊躇いも迷いも一切なく放たれた。



――――今、何て?



ロゼスの手を押さえながら、斜め後方にいる爛論を見る。


「は? こんな時に何言ってんだ? 爛論」


「早く……! 後で説明しますから」


「ロゼスの言う事を信じる訳じゃねぇけど、俺がチョーカーをリコリスに付けるとリコリスが死ぬらしい。だから断る」


「ガゼロ、お願いします。私は貴方の頭脳ブレーンなんですよ。こういう時こそ私の言う事に従ってください!」


「はあ? そんなに言うなら分かるように説明しろ!」


「はぁ、分かりました。説明しますから、先にチョーカーを付けてください」


「ハハッ、なんかめちゃくちゃな展開だなぁ。イテテ、笑うと傷口が……」


「ガゼロ、私からもお願い。チョーカーを付けて。それで私がどうなろうとガゼロは何も悪くない。むしろ未来のために良い事をしたと思うわ」


「ったく、どうなっても知らねぇからな!」


自棄やけくその台詞を吐いて、ガゼロは私の真後ろに来た。両手が塞がっている私の代わりに、私の髪の束を左右に分ける。露になった首筋にガゼロの手が触れた。



誓輪セイリン


ガゼロが小さく呟くと、私の首にはチョーカーが付けられていた。


それを見たロゼスが抵抗をやめて、自身に向けていたナイフを落とす。私の首を凝視している深紅の目が滾ったように見えた。



指先が空中を彷徨う。



「やばい。終わりだよ、リコリス」


「おい、爛論、リコリス、説明しろ! この状況を!」




私の耳を持ってしても、外野の声は遠くなるばかり。


目的もなくロゼスの指先は彷徨い、気まぐれに世界を滅ぼしていく。ロゼスの目だけは、はっきり意志を持って私を見据えているように見えた。



「ロゼスになら何をされても怖くないわ。過去で待ってる」


そっと別れの口づけをした。ロゼスは私の両手を掴んだまま、アウラを垂れ流す。



涙のようなアウラが世界を飲み込んでいった。身体が飲まれても痛みを感じない。随分と優しい殺し方だ。




最後にまた声が聞こえる。


「リコリス、キミなら今度は絶対に攻略出来るよ」



BAD END ②

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