86 心見の森~思い出の上書き~①
一通り話終えた私たちは、ロゼスの出来事の場所へ行く事にした。
「ロゼス様は心見の森の最奥に?」
ルカスが横目でちらりと見ながら話しかけてくる。
「そこで泣いていると思うわ。3日前にお母さまが亡くなられたそうだから……。実の父でもあるペテロ帝国の皇帝に厳しい事を言われ、人知れず泣ける場所を探して心見の森に……。でも、この事は秘密にしてね。ロゼスの泣き顔も思い出もこの場所も、全部私の胸の内に仕舞っておきたいくらいの宝物だから」
独占欲丸出しの発言にも、2人はちゃんと聞いてくれる。
「そんな事まで知ってるのか。真実味が増すな」
「実を言うと、ロゼス様に心見の森の話をしたのは僕です。一人になりたい時にうってつけの場所があると教えました」
「ユラが? ユラとロゼス様は親しい関係なのかしら?」
「えっと、話し相手、かな?」
ユラは少し濁したような答え方をした。
話し相手ではなくて、どちらかというと何でも言い合える友達だと思っていたわ。本当の所はどうなのかしら……?
「…………おい、本当にこの道であってるのか?」
ルカスの声は良く通る。その声に森は反応して幾つにも道が分かれた。
「ルカス、心を落ち着けて。心見の森が反応しているわ」
「そういえば、入り口のキノコの色はルカス様のせいで真っ赤でしたね」
ユラが無邪気に笑う。私とユラはルカスを同時に見た。
「原因は俺だって言いたいのか?」
実際、ルカスの足音は誰より賑やかだった。私の背後をとろうとした時のような動きではなかった。
特別騎士として常に緊張している分、意識していないとどこまでも気が緩んで、鎧の金属音をガチャガチャと鳴らしてしまうのかもしれない。
普段のルカスがそういうガサツさを持ち合わせているのだと思うと、面白くて可愛いと思った。
「ふん。悪かったな、うるさくて」
それだけ言うと、心見の森はおそろしく静かになった。
「珍しいですね。ルカス様が素直になるなんて」
「俺だってロゼス様が心配なんだ」
「でも、さすが特別騎士だわ。心見の森が一本道になった。精神統一の修行をした事が?」
「当たり前だ」
ルカスがにやりと笑う。
「この精神修行のやり方をロゼス様にも教えてあげたいくらい」
私が半分冗談で言うと、なぜかルカスとユラは黙ってしまった。
それから数分後に、私たちは目的の場所へ辿り着いた。
心配事も考え事も頭の中の事全部、目の前の花畑に占拠される。
子供の私の腰くらいまである背丈の高い花の中へ入ると、思い出の花々が出迎えてくれているような錯覚に陥った。
「ルカス様、どうかこの場所は他言無用でお願いします」
「分かってる」
「ユラ、貴方はこの場所がどういう所なのか知っているのかしら? この5種類の花の意味を――――」
言いかけている私の唇に、ユラの指がそっと触れた。その先を言ってはいけないと言われているようで、私は口を噤む。ユラは「ごめんね」と言った。
ミステリアスなユラの考えは分からないけれど、まるで砂のようだと思った。形がなくて掴めない。掴んだと思ったら両手から零れていくそんな存在。
「おい、どの辺にいるんだ? ロゼス様は」
「えっと、ここを真っ直ぐ行った先に、ダンゴムシのように丸まっているのがロゼス様よ」
「ダンゴムシ……そうか。行ってくる」
「ルカス。私は行けないから、せめてこれをロゼス様に渡して欲しいわ」
ピーロットで渡された黒いハンカチをルカスに渡した。
前は受け取ってもらえなかった物だった。
「私は何も出来ないけれど、このハンカチでロゼス様の涙を拭ってあげてくれる?」
「分かった」
ルカスは踵を返すと、言われた通り真っ直ぐロゼスの方へ向かって行った。
「ユラはルカスと一緒に行かなくていいの?」
「リコリスと一緒にいるよ」
「……どうして?」
「リコリスが泣きそうな顔をしてるから。ロゼス様はルカス様が慰める。僕までロゼス様を慰めに行ったら、キミを慰めるのは誰もいなくなってしまうから……」
そう言ってユラは私の手をずっと握ってくれた。優しくて温かい手だった。
意地でも泣かないと決めていたのに、ユラの言葉で私の涙は止まらない。声も上げずにぽろぽろと泣いた。
遠くでは、ルカスがロゼス様を見つけたようだった。ルカスが手振りで知らせてくれた。
これで良かったのかは分からないけれど、私は泣きながらも遠くに見えるルカスやロゼスを花の影から見つめていた。
「ロゼス、3年後にまた……」
小さな声でそう呟いた。
◇◇ ◇◇
先程まで穏やかだった風が強くなってきた頃には、私の涙も止まり感情を落ち着ける事が出来た。
ルカスはまだロゼス様と話をしているようだった。
私の耳でも聞こえない。何を話しているのか気になるわ。
試しに主人公特権の“見渡せる目”の力を使ってみると、11歳の私でも遠くの音が拾えた。本来なら13歳という年齢にならないと手に入らない力だったけれど、過去をやり直している私にはそれが使えるらしい。私はロゼスやルカスを肉眼で確認しながら、2人のやり取りを盗み聞く事にした。
「ロゼス様、大丈夫ですか?」
ルカスは私が渡した黒いハンカチを使い、ロゼスの涙を拭いていた。
「やめろ! どっかいけ」
「ロゼス様、皆、心配しています」
「嘘だ! どいつもこいつも利用する事しか考えていない!」
ロゼスの頑なな態度にもめげずに、ルカスは一つ一つ丁寧に接していた。
『剣の使い方は習っても、言葉など知らん』と言っていたルカスとは思えなかった。それ程までにロゼスの事を大切に想っているのだろう。騎士の鏡だ。
「ロゼス様、私だけではありませんよ。貴方には貴方の事を誰よりも想ってくれている人がいます。今は分からないかもしれませんが……。このハンカチを渡してくれた小さな令嬢だって――――」
そう諭したルカスの目は、気付けば私を真っ直ぐに見据えている。
ロゼスに気付かれてしまうわ、ルカスはどうしてそんな事を……。
ルカスの言葉は、まるで私に言っているように聞こえた。
心臓がバクバクと音を立てている。花の下に蹲って隠れなくてはいけないのに、ルカスから目が離せない。
――――その時だった。
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