32 ガゼロの部屋
「案内図は、さすがにないわね。ここには5人しかいないから、仕方ないか」
見渡せる目の力で気配を辿っていくと、ガゼロと爛論が4階にいる事が分かった。同じ部屋にいるのかもしれない。
眩暈と頭痛に耐えながら、拘束した男を風で一気に4階まで吹っ飛ばした。
「ちょっと乱暴過ぎたかしら?」
その男が飛ばされた4階まで、地道に階段を上がっていく。3階まで上がると足を止めた。
「ん? 誰!?」
私の背後を複数の視線が舐め回すように見ている。
特別寮にやって来た命知らずな私と男を観察しているのだろう。なされるがままに立ち尽くしていると、程なくしてその嫌な感じは終わった。
――――大丈夫。主人公と攻略対象者という結び付きがある限り、余程の事でなければ学園側に告げ口されたり、身を売られたりする事はないはずだわ。
やっと4階まで階段を上がり終えると、男はまだ気を失ったまま地面に転がっていた。
「吞気なものね……」
男が倒れている近くのドアが開いて、ガゼロが姿を現した。
「やっぱり、リコリスか」
私服に着替えたガゼロは、突然の訪問に全く驚く事なくそう言った。バスルームでシャワーを浴びていたのだろう、髪の毛が少し濡れている。
艶っぽさと石鹸の香りに、寄り掛かりたくなるような居心地の良さを感じた。
――――良い香り。
入浴後の男に人にも色気があるのだと思いながら、目線を少し下げた。
「この男がガゼロに花粉を付けた犯人の情報を知っているわ。尋問するなりして話を聞き出せる。それと、この男の仲間が教室棟の1階で眠っているから、その処分もガゼロと爛諭に任せるわね」
「……そういう事だ、爛諭」
奥の部屋から爛諭が顔を出した。
「そうですか……。手間が省けました」
笑みの中に悪意を隠すようにして爛諭は笑った。
「ま、こいつを問い詰めれば一件落着だ。爛諭、教室棟の仲間を今から捕まえて、こっちに連れてこい」
「…………」
爛論は黙っていたけれど、その目付きは獲物を見る目そのものだった。
爛諭が蛇なら、さしずめ私はその蛇に睨まれた蛙だろう。目の前の蛙に手柄を奪われて、爛諭の怒りを買った事は間違いなさそうだった。そんな蛙を見つけてしまった蛇は、いつ美味しく蛙を食べようかと策略を巡らしているに違いない。
ガゼロの言葉が届かない程に、爛諭は私に執着しているように見える。
「爛諭」
「…………」
「紅 爛諭!」
ガゼロの凄まじい怒号が部屋を駆け巡ると、野獣のような荒っぽい風が部屋の物を壊した。
漸く爛諭は意識をガゼロに向けて、「行ってきます。その女に付け入る隙を与えないようにしてください」と小さな声で呟き、部屋から出て行った。
「……気を悪くするな。爛諭は相手が誰でもあんな感じだ」
「……だ、大丈夫よ。私の方こそ勝手な事をしてごめんなさい」
「謝らなくていい」
ガゼロは私を招き入れた後、倒れている男を引き摺り、部屋の中へ適当に転がした。それから魔法で鍵を閉める。
通された部屋は、不必要なものが一切ない洗練された部屋だった。赤と黒で統一された部屋は、まるでガゼロのようだ。
「それはそうと、オーレア家はステラ島の由緒正しい貴族の家柄だと聞いている。そんなオーレア家が、いつから暗殺稼業に手を出すようになったんだ?」
「オーレア家は関係ないわ。私個人で動いているのよ。私のやろうとしている事は表立って出来る行為じゃないから、裏で暗躍して動くしかない。それに、ガゼロは私の犯人捜しを手伝ってくれると言ってくれたから……」
ガゼロに近付いていく。
「だから私も、ガゼロの犯人捜しを手伝いたいと思ったのよ。でも、もう半分の理由は、身の潔白のため。爛諭は私を疑っているようだったから」
目の前で止まると、ガゼロをじっと見つめた。
「……知ってたのか、俺の目の事」
「貴方は私の目ばかりを見ていて、話を聞いていない様子だったから……。何となくね」
「察しがいいな。確かに俺は、嘘を見分けられる目を持っている。視力も、百獣の王並みに良いしな。お前の目は、全て嘘がなかった」
ガゼロはクローゼットの方へ歩いて行く。それから、その扉を勢いよく開け放ちこう言った。
「この島に入学する奴ら、そのほとんどがペトロトリア法を守ろうとしていない。俺も貴族もだ。さらに言えば、この特別寮で寛いでいる他の4人もクローゼットにこうして軍服を隠し持っている。これがどういう意味だか分かるか?」
ガゼロは軍服を引っ張り出すと、身体に合わせて見せてくれた。
「ガゼロは信じているの? 大戦争が必ず起きるって」
「ああ、そうだ」
「どうして?」
「どうしてって……。むしろどうして知らないんだ? ぺツィート王国ではこんな噂が立ってる。2年後、月兎の刻と白魔の刻が合わさり千年時計が鳴った瞬間、大軍を率いてペテロ帝国が滅ぼしにやって来るってな。裏もちゃんと取れている」
「あ……」
――――そう言えば、“思い出の花2”の粗筋にそう書いてあったわね。
軍服をクローゼットに仕舞うと、ガゼロは不思議そうな顔をした。
「こんな事も知らないのに大戦争を止めると啖呵を切ったのか? 無知である一方で、俺に眠り草の花粉を付けた犯人の仲間は、すぐに見つけてきた……か。変な奴だな、リコリスは」
「そ、それは……」
顔を上げると、床で転がっていた男が目を覚ました。男の虚ろな目がガゼロを捉えた瞬間、大声で叫び出した。
「うるせえ、黙ってろ」
ガゼロが風で素早く口を塞ぐと、男は涙目になった。
「後でじっくり聞いてやるから」
ガゼロは鋭い眼光で、男を黙らせた。
それから、大きなため息をついて天井を睨むと、もう一度「うるせえ」と言った。
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